盆先生の不老不死観を受けたドラルク像について
至らぬラジオ#24で石黒先生とお便りバトルをした中で、盆先生が不老不死について語られていました。
https://youtu.be/sFJjFn0n3VI
番外で、内容の書き出し(概要)を記載しています。それを受けて、衝撃を受け、打ちのめされ、私の中のドラルク像が少し変わったので、なんとか書き連ねてみます。
「ロナルドは吸血鬼になるか、人間のまま死ぬか」論争
吸死を読んでいると思わず思いを馳せてしまうこと。人にとってそれぞれの考えがあると思います。
今はドラルクもロナルドくんも笑って楽しいハチャメチャ新横浜生活をしている。けれど、人間は百年程度で死に、吸血鬼は遙かに長い時間を生きる。
そして本編内では、
・二百年ほど前に人間の友がいたドラルクの祖父が「人間の友人を大切にな」とドラルクに伝える
・ダンピール(人間と吸血鬼のハーフ)は吸血鬼に100%でなることが可能。多くのダンピールは吸血鬼になることを選ぶ
・吸血鬼と人間の文化の研究を長年していた教授(呵々屋敷先生)は元人間ではあるものの吸血鬼になった
等のいくつか暗示するような描写が多々ある。
今までの私は
・ロナルドくんは吸血鬼にならないで人間のまま死ぬ
・ロナルドくんの死後もドラルクは変わらず新横浜で笑って生活をしている
と考えていた。それに変わりはない。
でも、これはロナルドくんの視点でしか考えていなかった。
退治人のロナルドくんは人間から吸血鬼に変わることを願わないし、ドラルクはその考えを尊重する。そしてロナルドくんほどのかっこいい魅力的な人間ならば、自らの死後もドラルクを楽しませるだろう。
ここにドラルクとしての視点を考えられてなかった。
吸血鬼という人外として、人間の観点からは「不老不死」にやや近い存在として、
至らぬラジオで盆先生の不老不死観を聞いて感銘を受けた私が、ドラルクの観点を考慮し、上の考えを補完します。
人外である吸血鬼としてのドラルク
そもそも吸死第1死の時点で、ドラルクはロナルドくんのことを個人としてではなく、「人間」という種族としてしか捉えてなかったのではないか。
1話では、ロナルドくんは「ドラルク」という名を繰り返し呼んでいる。でもドラルクは「退治人君」としか呼ばない。恐らく、ドラルクは「ロナルド」という名前を覚える気がなかったのでは。
ロナルドくんは機械にすら自我を芽生えさせるほどに「個」として接する包容力があり温かみのある人間。だから、当然最初から吸血鬼のドラルクのことも、「個」として接する。
一方、ドラルクはあまり接したことのない人間に出会った。人間という種族としてロナルドくんと接した。
たぶん1巻くらいまではロナルドくんとやり取りをして、「人間って面白いなー」と思ってた。
それが段々と、「人間ではなく、『ロナルド』が面白いのでは」と思って、「ロナルド」という個人を面白いと思い始めた。
きっと、第1死ではドラルクはロナルドくんの名前を覚えていない。恐らく、ロナルドくんがロナ戦を置いていってた(あるいは爆発してなくなっててもロナ戦のインパクト)からロナルド事務所まで辿り着けた。
それこそ、最初は「お前すぐ死ぬの!?」とかロナルドくんにツッコまれても「オケラがなんか言ってるな〜」くらいにしか思ってない。
一回しか死ねない人間が何か言っていると。
人間と吸血鬼、種族としての価値観の違い
きっとこういう人間と吸血鬼としての感覚の違いは絶対に埋まらない。
今後もロナルドくんとドラルクの二人は相棒だけど、どこか根本的に考え方が違う。
でも、一緒に暮らして笑い合って楽しい生活はできる。
こういうどう考えてもシリアスにしかなりえない部分を、思い切りギャグとして描くところが、吸血鬼すぐ死ぬにおいて、たまらなく面白くて、しんどくて、つらくて、胸がいっぱいになって、すごく好きなところです。
でも、どう足掻いても違いが埋まらないのは、同じ人間という種族であっても同じか。
同じ人間という種であっても、完全に分かり合えることなんて絶対にない。考え方や価値観、感じ方は人それぞれで違う。でも、一緒に笑い合うことはできる。
(余談:ロナルドくんとヒヨシさんがとても好きなのですが、この二人はコミュニケーション不足による行き違いが多すぎる。もう少しなんとかならないの?とか思うけれど、どれだけコミュニケーションを重ねても完全に理解はできないんだからいいかとここで納得した)
長命かつ死んでも蘇ることができる(個体にもよる)吸血鬼と、短命で一度死んだら終わりな人間。根本が違うからこそあり、根本的な考えの違い。
数百年後のドラルク
きっと、本編から百年後のドラルクは、ロナルドくんとの生活が楽しかったなーとは思ってる。でも、ではそこに帰りたい?ずっとそうしてたい?と聞かれても、きょとんとすると思う。そんなことは思わない。だって、吸血鬼と人間ってそういうものだから。
オケラを飼って家族のように思っていても、いつかはオケラは先に死ぬ。だって、オケラだもの。それを人間にしたいと思いますか?
(ここは個人の考えによると思います。私は「しない」。でも「する」と答える人だっていていい。
どちらの方が愛情が深いとかそういう話ではないと思います。)
この問いに対して、「する」と明確に思い、それに突き進んでいるのがヨモツザカさんだな。(うわ、今後の展開の不穏要素~!)
吸血鬼すぐ死ぬってギャグで大きく包まれつつも、その奥深い世界観でここまで激ハマりさせる
人間と吸血鬼という種族の違い。
共に暮らして分かろうとしたいからこそ、人間が吸血鬼になりたいと願ってもいい(例.呵々屋敷先生)
でも、なりたいと思わなくても、分かり合えてなくても、共に笑うことはできる。
どちらを選んでもいい。どっちも認められる。そんな優しい世界であって欲しい。
吸血鬼としてのドラルクが、人間としてのロナルドくんを大切に思ってて、その限られた時間を力いっぱい楽しみ、その時間が終わったら、また次の楽しいことを探しに行く。そんな過程に、私は、思いを馳せる。
その過程で悲しみに暮れることもある。なんでと思うこともある。
でも最終的には、「ま、そんなものよね」とある意味で「忘れて」、「受け入れて」欲しい。
ただ、「忘れる」とは言うけれど、ロナルドくんと出会って過ごしたからこそ変わったドラルクの内面は確かにずっと残っていく。
今後、ロナルドくんの死後数百年が経って、写真は朽ち果て記憶が薄れ、ドラルクがロナルドくんの顔すら思い出せなくなっても、ロナルドくんと過ごして笑った時間は確実にドラルクの中にあるんですよね!
結論
吸血鬼すぐ死ぬ、好き。
こんなに奥深い世界観の作品をギャグだけと言われるのなぜですか? めっちゃくちゃシリアスじゃないですか!!(自分でも狂っているとは自覚済み)
それにしても盆ノ木至先生、やりやがったな!!
番外(至らぬラジオ#24不老不死のやりとりの書き出し)
33:47~
「人は不老不死に憧れを抱くものでありますが、実際に不老不死になったら精神的に耐えられないのでは精神ががらっと変わってしまいそうで怖いです。盆ノ木先生は不老不死についてどのようにお考えですか?」
36:00頃~
不老不死のレベルによって違ってくるのではないか
フィクションで、不老不死の高次元の存在を人間が哀れんだり、高次元の存在の方も不老不死には苦しみがあると言ったりもするけれど、
例えば道を歩いていて、道ばたのオケラが「80年もの長き生になんの意味があるのでしょうか、私はあなたがただ哀れです」と言ってきたとしても「何を言ってるんだオケラ」としか思えない。
人間の精神構造として、少なくとも基本的に生きている限り死を意識しないじゃないですか。例えば明日朝起きたら死んでいるかも、隕石が降ってくるかもしれない。でも基本的にそんなことを怯えたり考えたりすることはない。
あと、過去のこともどんどん忘れて生きている。20年以上前のことは、はっきりと思い出せない。それを思い出しても、繰り返し思い出したり他人から言われたりすることで実際とは変わっている記憶。
不老不死になり友がいなくなったり周りが変わったりした悲しいなんてことはいうて大丈夫では?
友人の訃報を聞いても、うちのじいちゃんは「まじか」と言いつつ「この歳になると、ガンガン死ぬわ」と羊羹を食べている。人間の延長線上で不老不死になってもあまり変わらないのでは?
(ここで石黒先生がドライで危ねえなと止めに入る。ドラルクの精神性をドライに語っているぞ)
ドラルクに関して、吸血鬼全般に関して、……ああこれ、話すとすげえネタバレになるやつ
(石黒先生がまた止めに入る)
石黒先生:吸死を読んでいるうちに吸血鬼は性格的に享楽的になるだろうな、ドラルクのような生活をするだろうなと思う。
自分が不老不死になった場合、なにをするか。フィギュアを集めても朽ちていくし、愛する人も老けていくし、自分はいくらでも時間はあるし……と思うと、吸血鬼は永遠のニートだなという結論にたどり着きドラルクの生き様にたどり着いた
吸血鬼ってどの作品でも妙に金を持っている。
金を持ってなかったらしんどいかもしれない。血は人を襲って吸うか、吸血鬼すぐ死ぬの世界だと吸血鬼が飲むようの人工血液が作られていてそれが自動販売機でも売られている。スーパーで売っているのも実際の血液が果汁数%程度でドバドバ売られている。そういうのを買うために稼がないといけない。
長生き大変だなあ
(石黒先生:基本的に夜の仕事になるしね)
ああそうか、だと時給がいいんじゃないですかね
(石黒先生:そうやって延々と生きていくのもめんどくさいなああ)
なんか、なんか……少なくともなんだかんだ楽しいのでは
不老不死がどれくらい健康課にもよると思うんですよ。不老不死でも病気にはなりうるかも。
ある程度の健康レベルが保たれるとする。そうするととても楽しいと思う。
一日中ずっと走り続けられるかも、太平洋を泳いで渡れるかも。
不老不死、調整が難しいですね
石黒先生:わりと楽しそうね、それの上に吸死があると分かったので……!
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