足知
”陰”がそこにいる。
私はその存在が妙にたまらなく鬱陶しくて、
手中の電灯でそいつを照らす。
”陰”はそこからいなくなる。
けれども今度は、
その灯りが届かない、部屋の隅っこの方に、
また”陰”が佇んで居る。
私は息が詰まる思いがして、再び”陰”を照らして追い払う。
”陰”はそこからいなくなる。
また”陰”が佇んでいる。
私は照らして追い払う。
”陰”はそこからいなくなる。
また”陰”が佇んでいる。
私は照らして追い払う。
幾度も繰り返して、気が狂いそうだ。
”陰”が気になって仕方ない。
”陰”さえいなければ、私はもっと幸せなのに。
”陰”さえいなければ、私はもっと心地がいいのに。
それでも”陰”はそこにいる。
私はまた、そいつを照らす。
すると今度は、
”陰”は部屋中飛び回り、
部屋の隅から雨戸の隙間、ベッドの下を
ピョンピョン跳ねて、
私の身体の内側に、スッと入って来た。
私はなんだか、妙にあたたかい気持ちになった。
”陰”がいなくなった私の部屋は、
ちょっぴり寂しい感じがした。
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