39歳早発閉経 旦那さんの夢を叶えた、わたしの人生の師匠の話
死ぬかと思った😭
毎度のことながら、月はじめから14日間だけ飲まなければならない『黄体ホルモン剤』
カプセル状のその薬を2錠、寝る前に飲むのだが、いつも喉のどこかに引っかかる
大量の水を飲んで、なんとか食道を通過させるのだが、年齢とともに飲み込む力が弱ってくると聞く🤔
正月になると、餅をのどに詰まらせて窒息死という話も聞く
その黄体ホルモン剤は、通常のカプセルよりも大きく、飲み込むのがやっとなのだ
38歳の時に、若年性更年期障害と診断され、ずっとホルモン剤を飲み続けている
薬に頼らない自然療法もあるが🤔
38歳早発閉経、その後は子宮がん、乳がんリスクが他の人に比べて倍になる。そのため、自然療法ではどうすることもできないのだと、婦人科医に言われたのだ
ホルモン補充療法を38歳からずっと続け、それは今も現在進行形だ
30代で早発閉経が増えていると聞く🤔
その理由は、初潮年齢が早まっているからというのもあるが、原因は他にもある
わたしが勤めていた大手洗剤メーカーで共に営業職で世話になった方も実は、39歳で閉経してしまった
彼女の人生話を聞いて、わたしは彼女のような『自立した人』になりたいと思ったのだ
もしかすると、彼女の影響を受けて🤔わたしも38歳で閉経したのかもしれない
そんな彼女の人生について綴りたいと思う
▶︎故郷は札幌
彼女との出会いは、某大手洗剤メーカーの営業職
わたしの先輩だ
彼女から、営業のノウハウや、販売のコツを学んだ
そして彼女の人生観に惹かれた
彼女の故郷は北海道札幌
それを知った時、とても親近感が湧いた
というのも、わたしも生まれは北海道帯広
関東で、北海道出身というだけで親近感が湧く
彼女は5歳年下の旦那さんがいるが、一緒に生活はしていない
その理由を尋ねたら、『彼は学者なの』と
詳しくは聞かなかったが、学者としてアメリカ単身飛んだらしい
そして、旦那さんはその学問に没頭し、援助だけでなんとか食い繋いでいるという話だった
彼女はそんな旦那さんのために、日本で必死に働き、仕送りしているという生活だ
もう5年以上会ってないわよ
だけど、連絡を取り合ってるから何も問題ないわよと
ともに生活をしていない夫婦
それは夫婦と言えるのだろうか🤔
当時23歳のわたしはそう考えた
夫婦は一つ屋根の下で共に生活をしないといけないって、誰が決めたの😆?
あなたはまだ20代だから、わからないでしょうけど
夫婦っていうのはね、互いを思いやる心で繋がっていればいいのよ
…と彼女から教わった
年に1回は帰ってきていた旦那さんが5年以上日本に帰ってこない🤔
不安じゃないんですか?と質問してみたのだが
ま、女の1人ぐらい浮気相手作る甲斐性がなかったら、男じゃないわね
笑いながら話していたのを、今でも覚えている
彼女と旦那さんの出会いは、大学のスキーサークル仲間だそうだ
互いに札幌出身で、気の合う仲間として交流を深め、そして結婚したそうだ
旦那さんは学者タイプで、どうしてもアメリカで学び直して論文を発表したいと申し出てきたそうだが、それを聞いた彼女は一言
わたしが生活費から全部工面するから、行ってこい!
と彼を単身アメリカへ飛ばしたのだった
やっぱり、道産子女は強いのだ
▶︎20代で結婚して子どもを産みなさい
彼女はわたしの人生の師匠だ😌
30歳以上離れている彼女から、たくさんのことを学んだ
彼女は子どもを作ることをしなかった
旦那さんが学者ということもあり、毎月決まった額の給料が手元に入るわけではない
彼女は家庭を持つというよりも、惚れた旦那さんを支えようと思ったのだろう😌
子ども?考えたことは一度もない🤔
お互いに自立した夫婦になりたいと思っていたからね
どうしても専業主婦になってしまうと、社会から孤立してしまうと考えたのよ
だから、結婚してもずっと互いに支え合いながら、自分でお金を稼ぐ力を身につけて生きていこうって決めていたから
彼女はまだ20代のわたしに対して一言
早く結婚して、子どもを産みなさい
あんたは、結婚した方が絶対いい
会うたびにいつも言われ続けていた言葉だ
わたしは20代の頃、彼女の人生観にかなり影響を受けていた
結婚しても自立した夫婦であり続けたい
それが叶う相手と出会うまでに、そこから10年以上という月日が必要だったが
わたしに対しては、子どもを産みなさいと言ってくるが、当の本人は子どもがいない
一度でもお子さんが欲しいと思ったことはないのですか?
わたしは彼女に尋ねたのだ😌
そうしたら、彼女は一言
わたし39歳で閉経したのよ
▶︎卵子を残したまま閉経を迎えた
婦人科で検査をした結果、彼女の卵巣の中に卵子がまだ残っていて、その卵子を残したまま閉経してしまったそうだ
卵子を残したまま閉経とは🤔?
わたしの場合は①に該当する😭
彼女の場合は②に該当する🤔
閉経したって、わたしをみてごらんなさいよ
こんなにピンピンしてるでしょ😆
いいのよ、女はね閉経した後が、本当のいい女になれるのよ
あんた、その意味わかる?
20代のわたしには全く理解できなかった
毎月、ひどい生理痛に悩まされ、その都度自分のカラダに違和感を持ち続けていたわたしにとって、生理がこないというだけで羨ましいと思っていたのだ
だが、今現在46歳のわたしにとって、生理がどれだけありがたいものだったかを、思い知らされている状態だ
そして、卵巣には卵子がひとつもない状態の閉経
彼女とは全く別の状態だ
わたし、旦那がすごい学者になって、世界で活躍するその日を夢見て、毎日頑張ってるのよ
一緒になったのもさ、何かの腐れ縁だと思ってるわけ
5年以上共に生活をしていない
これは夫婦と言えるのだろうかと、わたしはその時思った
だが、今だからわかる
夫婦とは共に一つ屋根の下で生活を共にし、子を育て、人生を共に歩むことが全てではない
互いを信じ合い、互いを尊重し合い、認め合い、そして、これからの人生をどう歩んでいくのか
互いを信じ合っているからこそ、遠いアメリカに5年以上いる旦那さんの帰りを待ち続けることができるのだと思ったのだ
彼女が稼いだお金も、仕送りとして送金している
なので、彼女は安い都営住宅にひとりで住んでいた
旦那さんが学者として華を咲かせるその日まで、一生支えようと決めて結婚したのだから、その苦労はわたしの想像を超えるものだったに違いない
そして、面倒見のいい彼女は、わたしにとても優しく、時に人生の厳しさも教えてくれた師匠のような、母親のような存在だ😌
わたしが、会社を辞めるまでずっと面倒をみてくれた
母のこともよく知っていて、統合失調症で入院した旨を話したら
この関東で辛い思いをたくさんしたんだろうね
最後は故郷の北海道に帰るべきだと思うよ
故郷は同じ北海道😌
最後の最後まで、母のことを気にかけてくれた
▶︎ついに学者として華を咲かせる日が来た
エレベーターの無い、4階建の都営住宅に住んでいた彼女はある日、エレベーター完備の10階建のマンションに引っ越した
その都営住宅に30年近く住んでいて、引っ越すことを知った近隣の住民から嫌味を言われたらしい
やっと旦那が稼ぐようになったのかぃ、羨ましいわぁ〜
今まで、近所付き合いで仲良くしていた近隣住民から、嫌味を言われ、さっさと出ていけとばかりに、最後はお別れの挨拶すらなかったと言っていた
旦那さんの努力が実り、学者として華を咲かせたのだ
そのおかげで、彼女は30年近く住んでいた都営住宅から引っ越すことになったのだ
旦那さんを信じて、必死に支え続けた彼女はわたしに一言
ここまでが長かった
やっとだよ、やっと彼の夢が叶ったんだ
あぁ、本当にこれで肩の荷が降りるってもんだ
もう十分頑張って働き続けた
そろそろ、引退してもいいのでは?と思って聞いてみた
あんた、何言ってるの?
自立した夫婦を目指しているといったじゃないのさ
わたしは生涯、働けるまで働き続けるよ
道産子の強さを改めて感じた瞬間だった
何があっても、彼女のような芯の強い人になりたい
わたしはそう思ったのだ
アメリカから日本に帰国した旦那さんと、これから同じ屋根の下で生活するのかと思いきや😳
一緒には住まないらしい
▶︎わたしたちは最後の最後まで自立した夫婦でありつづけたい
なぜどうして😳と思った
ようやく学者として華を咲かせ、日本に帰国した旦那さんとこれからの人生を共に歩んでいくものだと思っていた
旦那さんは、某国立大学の教授として招かれ、それも関東ではない😳
そのため一緒に住んでいないということだった
彼女曰く🤔
老後資金は、自分たちで稼いで貯蓄しておくもんだ
前にも言ったけど、旦那を頼っていてはいけないんだよ
いつどうなるかわからないじゃ無いのさ
だから、働けるうちに、元気良く働いて、もっと人生を磨いておくことが大事
あんたみたいな20代の若い子とこうして、いろんな話をして、いろんな考え方を知って、自分の人生をもっと豊かにしようって思うから
人生は一生学びつづけないとダメだよ
このパワーの源はどこから来ているのだろうか😳
彼女はその質問に対して、こう答えている😌
卵子がまだ卵巣に残ってるでしょ
これよこれ😆
卵子のおかげよ😆
旦那がいつどうなるかなんて、わからないじゃないのさ
だから、自分で生き抜いていく力を今から養っておくことだね
彼女のそのパワーに魅了され、憧れを抱いた
わたしも彼女のような、強く逞しい人になりたいと思ったのだ
わたしも彼女も、子どもを作ることを拒んだと言っていいかもしれない
それは、自分の人生において別の道を選択しただけのことだ
彼女のすごいところは、早発閉経後、更年期の症状がひとつも出なかったことだ
更年期?そんなこと言っていられる状況じゃなかったの、あんたもわかってるでしょ
あんたも苦労人だからね
更年期なんて言ってる状況じゃなくなるぞ?
その年齢が来たら、わかるよ
夫婦ってもんは、共に苦労をして、共に喜び、共にその喜びを分かち合い、そうやって人生を送るもんだっていうことがね
そして、最後に
今、交際している男はダメだから、さっさと別れた方がいい
彼女の言う通り、その男とは結婚しなかった
さすがはわたしの人生の師匠
わたしは今でも、彼女の生き方から人生について多くのことを学ばせてもらった
それが今、こうして活きているのだ
どんなことがあっても、困難を乗り越えて、わたしは生き抜いていく
それは道産子の誇りだと思っている😌
23歳で人生の師匠に出会えたことが、わたしの人生を大きく変えてくれたのだ
今現在、彼女はもう70を過ぎている
今も元気に仕事を続けていると思う
わたしも生涯現役で、好きな仕事で飯を食っていくと決めている
彼女のような人生を目指して、わたしはこれからも自分を信じて前進するだけなのだ
佐方ともみ
美容業界28年目 エステティシャン
IOB認定オーガニック専門家
食べて痩せるオーガニックダイエットBioeat(ビオエット)®︎協会代表
フェミニンケア×更年期プラクティショナー養成講座主宰兼講師
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