「奇跡のコース」ACIMレッスン172
しばらく、復習期間になります。
日に、二つずつ、過去のレッスンを振り返ります。
レッスン172のアイディア
今日のレッスンのねらい
この世界は攻撃し、また攻撃し返すことが蔓延していると気づく。
そして、防御の姿勢を生じさせていると気づく。
神は常に、1日中そばにいる。その思いは防御を忘れさせてくれる。
神は、あなたに、任せた役割がある。その任務を代行すること。
レッスンのポイント
防御とは、攻撃であると今一度、心得る。
何かをうまく対処しようとする行動の中にも防御の気持ちが隠れている。
自我(エゴ)がいう役割でなく、ホーリースピリットが使者となって届ける神の任務を代行すること。
レッスンの具体例
3つのアイディアをそれぞれ、ゆっくり自分に言い聞かす。
できれば、1時間に1度、神の代行者としての神が求めていることに耳を傾ける。その後に訪れた任務を注視する。
レッスンの進め方
*レッスン153より参照。(レッスン161〜185まで同じ。)
毎日、できるだけレッスンに心を向けて1日をスタートする。
5分をその時間に捧げる。(10分、そして15分ならなおよい。)
夜にも、感謝と喜びの気持ちとともに、時間をとる。
また、日中は、1時間ごとに、心を神に向ける時間を持つ。
1分でも良い、また時々は忘れてしまうかもしれません。
それでも、1時間ごとに、神の声に耳を傾けるようにする。
まとめ
「奇跡のコース」では、わたしたちひとりひとりが神だと表現しています。
神の一部、とも言えるし、神の分身とも言えるし、つまり神と同じ素材でできているといえるのです。
そのようなわたしたちであるにもかかわらず、自分の価値を判断したり、時には傲慢になったり、偽りの謙虚さに陥ったり、と愚かなことをしているのではないでしょうか。
自分にとって、何が、どのような役割がベストなのかを知ることはできないのだし、もっとおおきな神の采配によってわたしたちの役割は割り当てられている、そう考える方が、肩の荷が降りて軽くなる気がします。
自分の弱さが他人への優しとなったり、自分の強さが傲慢につながったり、他人を見下したりすることが時にはあります。
何が良いか、悪いかと判断することを超えて、神の采配に委ねる時、力が抜けて、神の代行者としての役割を素直に引き受けることができるのかもしれません。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます♡
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