若手裁判官の1日(火曜)
今回は、民事部左陪席裁判官の仕事のうち、合議事件の評議が行われる火曜の様子を描いてみます。任官して3年目までの若手の裁判官のリアルについて、気になる方は、別の投稿(「若手裁判官の1日(月曜)」)と併せて読んでみてください。
午前
9時00分登庁。いつものルーティンを済ませた後、合議メモや判決起案の最後のチェックをして印刷開始。部長、右陪席と担当書記官(ほとんどは主任書記官)にお渡し。
一息ついてから、配属されている修習生の様子を見つつ、先週出した事実認定の課題について起案を返し、講評・解説を行う。
合議事件の期日に向けてー合議メモ・判決素案の提出
前提として、開廷日についてお話ししておきます。
合議事件の場合、通常、開廷日(法廷を開いて弁論期日を行う日というくらいの意味です)は週に1日です(単独事件であれば、1週間に開廷日は2回であることが通常です)。各部で調整の上、曜日で決まっています。ただ、民事事件は、弁論期日のほか、弁論準備期日といった争点整理等の打合せを行う期日もあり、部屋が空いている限り、開廷日以外の曜日に期日を入れることは可能です。最近はウェブ会議で期日を実施できることもあり、柔軟に期日を入れることができるようになりました。
そこで、合議事件の場合、開廷日以外にも期日が入る可能性がありますが、いろんな曜日に合議事件の期日を入れると、その都度評議する必要があるほか、左陪席が判決起案や記録の読み込みを集中的にできなくなるといったデメリットがあります。そこで、開廷日以外に期日を入れるとしても、その曜日をあらかじめ決めておくことが多く、今回の例では、開廷日が木曜、それ以外の弁論準備等の期日は木曜又は金曜に集中的に入れるという運用を想定しておきます。
さて、合議事件の評議の前に、主任裁判官である左陪席は、期日の進行や暫定的な心証、今後の進め方の方針等を記載した合議メモを作成し、部長、右陪席と担当書記官に渡します。多くの場合、評議を行う日の前日夕方か当日の朝に渡すイメージです。担当書記官は、ほとんどが主任書記官(書記官室をまとめている管理職です)ですが、ヒラの書記官も、後述のレ号事件や一部の合議事件を担当することがあります。
合議事件には、通常の地裁民事事件(事件符号として(ワ)がつくため、ワ号と呼ばれます。事件番号は、「○○地方裁判所令和○年(ワ)第●号」のようにつけられます。)のほか、簡裁の判決に対する控訴事件もあります(事件符号として「(レ)」がつくことから、レ号と呼ばれます。)。レ号の場合、控訴事件であり、既に双方の主張と証拠は出そろっていて、控訴審での主張もそれほどありませんから、1回で結審、次回は判決言渡し又は和解となることがほとんどです。そこで、レ号の第1回期日の前に、左陪席は心証を固めておきます。それほど長大な判決にはならないにしても、悩ましい事件もないわけではなく、それなりの負担です。レ号については、評議の前に、合議メモとともに判決起案まで一緒に渡せるのがベストです。
評議は、合議メモをお渡ししたときに相談した結果、夕方16時30分頃と決まりました。
修習生への指導
配属されている修習生の面倒を見るのも、左陪席の重要な仕事です。若手の判事補であれば、修習を終えてからそれほど経過しておらず、最新の修習事情もよくわかっていますし、年齢的にも修習生の話し相手になりやすいですから。また、集合修習や問研起案を見越して、要件事実や事実認定に関する簡単な問題を出し、その解説・講評をするなどの指導も行います。
左陪席としては、合議メモを提出できれば、ひとまず仕事として一段落するといえますから、割と気楽に修習生と接することができそうです。
なお、要件事実の理解に関しては、修習生の間で相当な差があると感じています。できる人はかなり細かいところまで理解していますが、できない人は「要件事実ってそもそも何か知ってますか?」というレベルで理解できていません。マニアックな要件事実までカバーする必要はありませんが、よくそれで司法試験受かってますねっていう人もたまに遭遇しました。これに対し、事実認定は、それほど大きな差がありません。書き方や構造を知っているかどうかで差がついているイメージですね。
午後
昼休み明けすぐに、主任書記官から他の部の裁判官に対する忌避申立てが出たとして、申立書の写しを配られる。後ほどすぐに記録が届き、部長と相談して速攻で決定書を起案。
木曜の判決言渡しの事件について、主任書記官から判決書のチェックが終わったと報告。内容を確認し、修正箇所を部長に報告して、判決書の原本を作成。
夕方、予定どおり評議を開始。担当書記官にも入ってもらいながら、午前中のものから1件ずつ、左陪席が進行等を合議メモに沿って説明。部長から証拠の内容等の説明を求められるほか、期日進行をシミュレーションしながら、ときに厳しく詰められる。
評議が終わり、一息ついてから、来週に期日の入っている事件の記録読みや判決起案等。夜は同期との飲み会が入っているので、18時30分に退庁。
雑事件ー裁判官の忌避申立て
地裁における裁判官の忌避申立てに関する裁判は合議体ですることになりますから(民訴法第25条第1項、第2項)、これも左陪席が主任として担当することになります。
忌避申立ては、その申立てについての決定が確定するまで訴訟手続が停止することになるので(民訴法第26条)、さっさと片付けなければなりません。申立ての内容は様々ありますが、ぶっちゃけ、箸にも棒にもかからない申立てがほとんどで(代理人のついていない当事者が原告の訴訟(いわゆる本人訴訟)では、嫌がらせや裁判官への不満等を理由に、忌避申立てばかりする人もいます)、部長とすぐに相談して決定書の起案に取りかかり、部長に渡して修文してもらったら、書記官にチェックをお願いし、すぐに決定を出します。
忌避申立て以外にも、簡裁での移送決定に対する即時抗告など、さまざまな雑事件があります。裁判の形式としては決定なので、弁論を開く必要はなく、迅速に処理することが多いです。
判決書の原本作成
民事事件では、判決の言渡しは判決書の原本に基づいてする(民訴法第252条)とされていることから、判決言渡しの時点で原本が作成されていなければなりません。民事の判決言渡しの方式は、裁判長が主文を朗読すればよく、相当と認める場合に理由を朗読すればよいので(民訴規則第155条)、実際には主文だけ読んで理由は省略となります。なので、原本作成が間に合っていなくても主文だけ朗読することはできそうですが、これは違法です。これに対し、刑事事件では、判決書の原本に基づく必要はなく、宣告後に原本を作成することがほとんどですし、調書判決であれば判決書そのものを作成しません。
判決は、左陪席が起案し、右陪席にお渡しします。右陪席がどれだけ記録を読んで起案に手を入れるかは、右陪席のキャラクターや繁忙度によるといったところでしょうか。その後、部長にお渡しし、何度か部長と左陪席を往復して、判決言渡し期日の1週間前には書記官チェックに回します。書記官は、判決の当事者の表示や主文を中心に、理由についても、誤字脱字等をチェックします。漢字の誤りや用語の不統一といった点はよく指摘されます。判決起案の途中に、判決書が全部で何ページになりそうかを書記官に伝えておくこともあります(チェックの負担がどれくらいになりそうかをあらかじめ知らせておくという趣旨です)。
書記官チェックが終われば、裁判官名が空欄になった判決書を印刷し、左陪席から順に署名押印します。署名は、部長のスタイルにならうのが慣例で、毛筆(筆ペン)、万年筆、サインペンといったスタイルがあります。私は、単独事件をやっていた頃はもっぱらサインペンでした。左陪席ははじめに署名するので、失敗してもすぐやり直せるという安心感があります。
合議事件の評議
合議事件の評議のうち、当日の進行や結論等の心証について相談するようなものは、曜日や時間を決めて行なっていることがほとんどです。評議は、主任裁判官である左陪席が、合議メモに沿って1件ごとに説明しながら進めていきます。
第1回弁論である新件については、事件の概要や最初の印象、今後予想される進行等(早めに和解になりそうか、争点整理に苦労しそうかなど)を簡単に説明し、雑談程度で終わることが多いです(第1回弁論は被告欠席の場合が多く、実質的な議論ができません。最近は、このような第1回弁論を開くこと自体が無駄であるとして、弁論を開かずに弁論準備や書面準備にして、早期の段階から突っ込んだ争点整理を行うことも多いです)。ある程度争点整理が進んでいる事件や、尋問を行う事件では、暫定的な心証を左陪席から説明し、右陪席や部長からご意見をいただきます(それまでの期日前の評議が充実していれば、部長や右陪席からある程度の意見が出ていることもあり、それを踏まえて左陪席が徐々に心証を形成しているので、尋問直前にはほぼ合議体の結論が出ています。尋問は、その心証を実際に本人から話を聞いて確かめるというイメージです。もちろん、事実認定が微妙なケースで、尋問前に結論が決まらないこともあります。)。簡裁からの控訴事件であるレ号事件では、判決起案まで終えている場合もあり、評議において結論や判決内容まで議論できればベストです。また、レ号事件では、和解の可能性や心証に基づいた和解案も評議で検討します。
主任裁判官である左陪席は、一番記録を読んでいる立場にありますから、右陪席や部長から質問があれば、どの準備書面にその主張があるか、どの証拠にどういう記載があるか、時系列がどうなっているかといったことを即座に答えられるようにしておく必要があります。また、当事者が期日当日にどういうことを言ってくるかわかりませんから、いろいろとシミュレーションしておくことが重要です。左陪席は、自分が裁判長になったつもりで、当日の進行を考えておかなければなりません。しかし、裁判官としての経験が浅いうちは、実務の実情がよくわからず、評議において部長から詰められることもしばしばです。パワハラ的な詰め方をする部長もかつては多く、これはダメですが、評議でよく揉まれた左陪席は、その後、裁判官としてよく成長するそうです。
評議に担当書記官が列席するかは、部によると思います。いずれにせよ、当日の進行を書記官とも共有しておくことは大切です。
裁判官と飲み会
評議は上記のような感じなので、左陪席としてはかなり疲れます。1週間のうちで最もエネルギーを使う仕事かもしれません(特に部長が厳しい場合は)。ただ、事件の期日は来週にも入ってますし、次々に準備書面や書証が提出されるので、その読み込みに追われます。判決起案の右陪席への提出期限も待ってくれません。
ところで、裁判官で飲み会好きな人は普通に多いです。左陪席であれば、大きな裁判所だと同期が数人いることもあり、それぞれの仕事内容を報告し、場合によっては傷を舐め合い励まし合いながら酒を飲むなんてこともあります。部の裁判官や修習生と飲みに行く、書記官も含めた部全体で飲みに行く、隣の部の裁判官室メンバーと飲みに行く、裁判官会議後に全裁判官と飲みに行く(こちらはパーティのようなもの)など、いろいろなレベルの飲み会があります。
おわりに
いかがでしたか。次回の水曜は、令状当番の日です。日中の令状処理の実情について、紹介する予定です。