当たり前など何もないと気づいていますか?!先人に感謝しなければと思う。

最近、事あるごとに『当たり前など何もない』と思うようになった。

私には明治生まれで戦争に行った祖父が居て…私が小学校5年生の時に病気で他界。享年76歳。

多くを語ることがない祖父で、気難しい雰囲気がして気軽に接することが出来なかった。なので、戦時中の話しなどは一度も聞いた事はなく。ただ、何かに貢献して勲章🎖️を戴いたと祖母から聞いた記憶くらいしかない。顔は写真も残っているので認識は出来るが、どんな声だったのか?どんな風に話す人だったのか全くと言って良いほど覚えていない。癌が見つかって、あれよあれよと言う間に痩せこけて逝ってしまった。暑い夏の日だった。

我が家は当時6人家族で…祖父、祖母、父、母、私、弟がひとつ屋根の下に暮らしていた。戦時中に焼け残ったと言う古い平屋の家で、改築しながら住んでいた。

冬は畳の下から冷たい風が入って来て、それはそれは寒かった。当時は羽毛布団もなく、重い布団を何枚も重ねて押しつぶされそうだったのを覚えている。お風呂も半分外にあるような環境で、薪を焚べて沸かす昔ながらの檜風呂。後に急に電気温水器になったのでびっくりした(笑)

金銭的には決して豊かとは言えない暮らしだったが、当時は特にお金に困った記憶もなく淡々と時が過ぎて行った気がする。

祖父は病に倒れるちょっと前まで働いていたような気がするけれど、定かではない。お金には縁のない人生だったと聞く。

北海道に産まれて、どうやってその後静岡に来て、天竜川で渡し船の船頭になったのか見当もつかないが…そこで祖母に出会ったようだ。

結婚して3男(1人は子供の頃に亡くなったらしい)2女の父となり、第二次世界大戦の際、徴兵されて外国に兵隊として行っていたらしい。

この間、祖母は女1人で家族を守り、どうやって暮らしていてのだろうか?戦況に一喜一憂し、常に夫の安否を気遣い、生きて帰って来る保障のない人を待つしかない境遇。戦後だいぶ経って生まれた世代には考えも及ばない世界が、そこには確かにあった。

現在、私達は命の危険を感じることなく、明日と言う日が全ての人に訪れると信じて生きている。寒くても暑くてもエアコンが効いた快適な空間で過ごす事が出来、蛇口を捻れば水が出て、毎日お風呂に入り、掃除や洗濯は電化製品任せ、一家に一台どころか下手したら1人に一台乗用車を保有している。(都会では公共交通機関が発達してるので車を持たない人も増えてはいるが…)とにかく、あげればキリがない程恵まれた環境にあると思う。コンビニや飲食店が至る所にあり、おひとり様であろうと食事にも困らない。これって、世界的に見て当たり前のことなのだろうか?!しかも、落としたお財布が手元に戻り、夜中に女性が外出出来る程の治安が維持されている。(一部の地域では難しいかもしれないが…)

戦争が終わった1945年当時、焼け野原だった日本。貧しくて食べるものも充分ではなく、敗戦の痛手を国民全員が背負い、復興に向けて大いに頑張って生き抜いて来たであろう道筋は、並大抵の苦労ではなかったと想像に難くない。それでも頑張った。敗戦国になってしまったけど、経済では負けないと踏ん張った。そして、見事に復興して経済大国に。一時は、大国アメリカをも打ち負かしそうな勢いだった。  

その後日米経済戦争が勃発して、対米輸出黒字を随分叩かれて大変だった時代を経て、日本の富が海外にどんどん流出していく仕組みが作られ、現在に至る。

戦争前、日本は輸入に頼らず食料の自給率を保っていたが…現在は約38%と目を疑う程に自国の食料調達を海外に頼っている有様。

民主主義、資本主義が良いものとして取り入れられ、お金中心の世の中となり、お金があれば何でも出来ると財産によって幸福度を計るようになってしまった。
 
儲けを確保する為にコストを下げようとすると安全性が疎かになり、自社のものは食べられないと言う食品会社の社長までいると言う。

終身雇用が終焉を迎え、能力主義と聞こえは良いが、これもコストカットの一助なのだ。

家長1人働いて家族全員を不自由なく養って行けた昔を思うと、家長の権威は失墜し『亭主元気で留守がいい』と家に居場所がなく、肩身の狭い思いをする男性が増え…非正規雇用率が高くなったことも手伝って、生涯独身を通す男性の多いこと。本当にこれで良いのであろうか?!

先人達が血と汗と涙で築いた礎の上に胡座をかき、自分の食料さえも自力では作り出せない現代の日本人。

生活の全てを、どこかの誰かに依存して生きている訳で…奴隷のようにやりたくない仕事だけどお金の為に働き、ひたすらお金を稼いで、老後の為に困らないだけの貯金をするなんてのが一般国民のスタンダード。

1945年の終戦から7年間、GHQによって占領政策がとられていた日本。ここでは詳しいことには言及しないが…隅から隅までよくも研究し尽くして、日本を二度と立ち上がれないように国民の精神性を貶め、骨抜きにしてしまった。いよいよ最終章。

一応、独立国になったことになってはいるが、まだ、日本独自での国の運営は出来ていないのが現状。政治家の中にも、かつては日本のことを憂い、日本国民の為に活動してくれていた方々は存在してしたけれど…現在は残念ながらほとんど駆逐されてしまっている。政治家も官僚も自分の為にだけ働くのが、もはや普通のこと。

明治時代に生まれて、激動の時代を生き抜いた祖父母の事を思うと…生きている時に感謝の言葉を伝えられなくて、本当に申し訳なかったと思う。せめて、次の世にちゃんとした日本を残して行きたいと強く願う今日この頃。残された時間⏰はどれくらいあるだろうか?!

せめて、先人達に感謝する気持ちを常に持ち、心の底から『ありがとう』と言う思いを伝え続けたい。今、私達日本人にもっとも必要なのは…何事にも感謝する心を持つことだと思う。当たり前のことなど、何ひとつ存在しないのだから。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?