【悶々斎日誌】息子をスーパーマーケットで蹴り上げまして、、、
一瞬で「てめぇこのー!」と
怒りがぶち上がった
のです
息子をスーパーマーケットで蹴り上げまして
今日は雨だったので
高1の息子のお迎えで
「はらへったー」というので
100円ショップの買い物のついでに
食品コーナーへ
息子がチーズを手にとって
見ていたのですが
それを、放るように
棚に戻しまして
そこで、ワタクシ
「何やってるんだよ!」
「商品をなげるな!」
と怒りのスイッチがON!
顔をしかめて
スタコラ向こうに歩いて行く
息子の後を追って
尻を思い切り蹴り上げ、、、
ほんとは
ジャンボ鶴田級の
ジャンピングニーを
お見舞いしてやりたかったのです
(飛べないので、しかたなく)
そして
無言で500円を渡して
「じゃ、クルマにいるからな」
と、ムカムカ店を出たのです
、、、
「なんだ、あのふてくされた態度は」
「ま、冷静に冷静に、、、」
、、、
その後
戻ってきた息子が
ワタシの開いた財布の小銭入れに
小銭をまた、投げるように入れて
数枚、こぼれたのです
ワタシ「こぼれてるよ!」
怒り、再点火
息子『あー暗くて、よく見えなかったから』
ワタシ「はー、なんだとー!」
・・・・・・・・・・・
もう、ムカムカがピーク
クルマを出て息を整えて
いろいろ思考が駆け巡るワケです
(ビューティーペアのように)
「反抗期といっても、ありゃダメだ」
「オレの子とは思えない」
「アノ投げやりな態度はなんだ、、、」
「おれが、投げやりな態度を取るようなことをしたのか?」
「育て方がいけなかったのか?」
「保育園の頃はかわいかったのに」
「中学生になってから、あの感じで
なにかいけなかったのか?」
「おにいちゃんは、あんな態度一回もない」
「ふつうに、あいつとは友達にはなれないな」
「もういいや、あと3年で家を出る」
「そしてら、縁を切ってやる」
「どんな、大人になるんだ、、、」
「友達といるときも、あんなのか?」
「反抗期って、みんなこんな態度取るの?」
「いや、あれは人としてダメだ」
「言っても聞かない、でもココはガツンと」
「でも一方的に言ったらまたこじれるか、、」
「でも、あの行動はクソだ」
「ゆるせん!親として、、、」
「あの息子の行動はおれになにか
教えようと、天の示唆か?」
「おれは、誰かを邪険に扱ってるのか?」
「えー、、、そんなオレ、イヤだ」
「小さい頃、一緒にいる時間が少なかったからなー
なんか負い目があるのか、オレ」
「厳しすぎるのか、あいつに」
「期待しすぎ?」
「オレ、自分に期待してない?」
でも
「なんなんだ!あの矢げやりな態度は」
「あー、ムカつく」
もう、、、無限にループなのです
ココロに重い鉛のような
イヤーな感じを抱えたまま
無言で、重ーい雰囲気のまま
家までクルマで帰る
「ふん、スマホ漫画ばっかり見てやがって」
「今夜ぜったい、説教だ」
ココロに重い鉛のような
イヤーな感じを抱えたまま
クルマを降りるのです
・・・・・・・・・・・・・
「あー、むかつく」のまま
家に帰ると
すべてムカつくのです
「おかえりー」の声さえ
「うっせえな!」と返したいくらいに
この俺のイヤなキモチの代償は
後できっちり息子に払って」もらう
「ふざけるなよ!」
と、思うのです
・・・・・・・・・・・・・
さて、庭に出て
ワタシは何にこんなに怒ってるんだろう?
と
考えるのです
「投げやりな態度」
「乱暴な態度」
怒りの先には、ホントは
何があるんだろうと、考える
「ガッカリしている」
またか、、、何に?
「悲しみ」、「心配」
もっと客観的に
「おれは今、何を感じているんだろう?」
シンプルに
「おれのキモチは今、
何にガッカリして、何に悲しんでいるんだろう」
・・・・・・・・
「ワタシは、言い訳して
素直に謝れないアイツにガッカリしている」
そうか、そうなんだ
・・・・・・・・・・・・・
すーーーっと、キモチが落ちつく
身体から
怒りのエネルギーが消えていくのがわかった
ひとつの目の前の行動から
怒り、攻撃、自責、ポジ思考
ぐるぐるしていた
重ーい体感が消える
「素直に怒りと悲しみを認めて、ソレをわかるだけ」
・・・・・・・・・・・・・・
責めるキモチがなくなる
比較して、ジャッジして
自分の正しさを声高に証明するキモチがなくなる
「アイツを正論でやり込めてやりたい」がなくなる
「親として、ココはビシッと言わなければならぬ」
が、なくなる
親子でなく、人として
ただ感じたことを話そうと思う
/////
部屋にいる息子のところに行く
「これは親子でなく、人と人として話す
聞いてくれ」
「ワタシは言い訳して
素直に謝れないあなたにガッカリしている」
(ついつい、「おとうさんは」と言って、言い直す)
「それが良い悪いでなく、そんな態度をする人を見て
ただワタシは悲しいと感じたんだ」
「以上です」
・・・・・・・・・・・・・
それだけ言って風呂に向かう
ココロは軽い
責めるキモチも
怒りのエネルギーも感じない
自分の意見を押し付けるキモチもない
「ただただ、そう感じたんだよ」
そこに意図も思惑も、
説教も親としての教育も
どう受け取って欲しいもなく
今のキモチそのままを伝えられた
自分でもおどろくほど
ココロは軽い
不思議に
そして、いつもの夕ごはんの時をむかえたのです
(夕ごはんは大好きな時なのです)