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#50.私の成長(母/娘) ※加筆


今日は少しやり過ぎたかもしれない。…

そう後悔しながら、隣にいるお母さんを見る。

私の見つめる先、運転席では、お母さんが真っ直ぐ前を向き、ハンドルを両手で支えていた。

「…はっ!……」

見上げていた視線を一瞬で落とす。

顔色を注視するあまり、お母さんは私に見られていると勘づいたようだ。

お母さんは何も言ってこない。

私は左肩から右腰に掛けて伸びるロープをぎゅっと両手で握りしめた。

車は私の心境など知らずに2人を家まで連れていく。

無言の中、お母さんの一言が私の頭の中をずっと駆け巡っていた。

「帰ったらお仕置きだからね」

お母さんがそう言うのは、本当に悲しんでいる時、そして、本当に怒っている時。

大抵のイタズラやワガママは何でも許してくれたお母さん。

汚れた服で帰ってきた夕方も、おねしょをした朝も、忘れ物を持って来てくれた昼も、お母さんはけらけらと笑い飛ばし、私を許してくれた。

おねだりしたお菓子も、ショーケースを見つめていたアイスも、なんでも買ってくれた。

そんな優しいお母さんの口から出た一言に、私は心の底から後悔を知った。

唇を噛み締める。

お母さんがこのセリフを言うのは年に1.2回程度。

人を悲しませた時、人の物を盗った時、そして、弱いものいじめをした時。

お母さんは決まってそう言う。

そして今日、私はその3つを全て満たしてしまった。

私の幼稚園では毎日決まった時間に園児みんなで遊ぶ時間がある。

年長さん、年中さん、年少さん、年齢がもっと下の子達と、共同で遊ぶ時間。

年長の私はその時、年中の子が遊ぶぬいぐるみを横から奪い取り、取り返してくるその子をぶってしまった。

その子は泣き出し、気づいた先生が別室へ連れて行った。

私はどうしてもそのぬいぐるみで遊びたかった。

私はぬいぐるみを両手で抱き締め、同じ目線に屈んだ先生に叱られた。

そこから、不貞腐れた私は部屋の隅で1人、そのぬいぐるみをじっと見つめていた。

私が叩いたあの子の泣き声が頭をループする。

欲しかったぬいぐるみがあっても全然楽しくない。

そのままの気持ちを引きずったまま、帰りの時間が来た。

迎えに来たお母さんと先生が私の方をチラチラ見ながら話している。

お母さんの驚いた顔、そして、先生に深々と頭を下げたお母さんが、私に向かって歩いてきた。

叱られると思った私。

近づいてくるお母さんから目線を落とし、床をじっと見つめていると、お母さんのつま先が私の視野に入った。

「お待たせ。かえろ?」

いつもと変わらないお母さんの声が降ってくる。

「……え…?」

視線を上げる私。

緊張から緩んだ私の両手近くでは、握られてしわくちゃになっていた服がゆっくりと元へ戻っていった。

「夜、何が食べたい?」

そう言いながらお母さんは私の手を取り、幼稚園の出入口へと私を引っ張っていく。

私は何も答えられなかった。

優しく握られた私の片手。

挙手しているようにピッと伸びた私を連れて、いつもの道を2人で歩いた。

そして、お母さんに導かれるまま、私は車に乗った。

無言で車を発進させるお母さん。

2人の体は小刻みに揺れ、たまに大きく右へ、左へ傾く。

到着まで半分を切った頃、何も言わなかったお母さんが静かに口を開いた。

「今日あったこと、ほんと?」

お母さんは、例え先生から話を聞いても、私の口からイエスと言わなければ信じない人だった。

人伝えで物事を判断する人ではなかった。

お母さんの言葉に、私はドキッとした。

お母さんはその後、始終無言のまま、ハンドルを握り続けた。

「……ぅ…」

私の返事を静かに待つお母さん。
最後まで信じてくれるお母さん。

込み上げてくる後悔を吐き出して楽になりたかった。

私はユラユラと揺れる足先を見つめている。

「……ぅ…ん…」

私の口は、無意識に動いていた。

お母さんはその後も無言でアクセルを踏み続けた。

今度は私がお母さんの言葉を待った。

私はまた、服をくしゃくしゃと手のひらに集める。

「帰ったら」

私はビクッと肩を上げ、お母さんの横顔を見上げた。

「帰ったら」

お母さんの目は悲しそうに外へ向けられた。

また真っ直ぐ前を見る。

その眼差しはいつものお母さんだ。

「帰ったら、お仕置きだからね」

私の目は一瞬で潤んだ。

その言葉を最後に、私は1度もお母さんを見ることなく、家へ到着した。

車から降り、とぼとぼと歩く私を、先に着いたお母さんがドアを開けて待っている。

時間をかけて真下を通過する私を見送ったお母さんはドアから手を離した。

ガタンッ

「手と足、洗ってきなさい?あと、うがいもね?」

私の背中に話しかけるお母さん。

私は無言で浴室へ向かうと、シャワーのツマミを回した。

いつも通りの帰り道、いつも通りのお母さん、帰った後も、いつも通りの習慣なのに、私の心はとても重かった。

リビングに戻ると、エプロン姿のお母さんが正座をしていた。

「…ぁ……あらってきた…うがいも…した…」

私は落とし続けてきた目線を少しだけ上げ、お母さんを見つめる。

「うん、いつも、偉いわね」

お母さんの明るい声。

やっとあげた目線の先には、にっこりと微笑むお母さんの顔があった。

その笑顔が、一瞬だけ、〝あの〟セリフを忘れさせてくれる。

「おいで?お話しよ?」

お母さんの言葉に、夢見心地だった私はすぐに体を固める。

「……ぅ………は…ぃ…」

目の前の床をトントンと鳴らすお母さん。

私は服を握り締め、重たい足を前に出す。

お母さんの指によって鳴らされた地点をじっと見つめ、私は少しずつ近づいて行った。

私の瞳は、遠くから下方へ移動する。

「座って?」

お母さんが音を鳴らした地点を踏む私。

私は床から目を離すことなく、お母さんと対面して正座した。

震える私から、お母さんは私の後悔を見透かしているようだった。

私の頭の頂点を見つめ、お母さんが口を開く。

「今日あったこと、自分の口で話してごらん?」

「…うっ……」

お母さんの問いに、ビクリと肩を揺らす私。

私は、お母さんの膝と、膝の上に置いてある両手まで視線を上げ、ポツポツと、浮かんだ単語を繋ぎ合わせた。

お母さんは言葉に詰まる私を途中で制することなく、最後まで静かに話を聞いてくれた。

事実だけでなく、私の言い分も、私の心情も、すべて、すべて、聞いてくれた。

「……それで……それで……うっ………うぅ……ひっ……」

話し進めるたび、後悔に襲われた私は、すすり泣きながら続けた。

私の話が止まると、小刻みに揺れる私の肩に手を置き、少しだけ、少しだけ撫でてくれた。

お母さんの体温が肩から全身へじんわりと伝わる。

「うん、そうだったの。わかった」

お母さんの手が私の肩から離れていく。

「…………あっ……」

離れてゆくお母さんの手を、私は名残惜しそうに、体で追った。

遠のく手に近づこうと、前のめりになった私に、お母さんは続けた。

母「自分から来れる?ここ」

私が追い続けた手は、お母さんの膝の上で2回、上下に振られた。

「…っ…」

体にビクッと力が入る。

前のめりによって浮いたお尻が、だるくゆっくり、踵の上に戻っていった。

「良い子になろ?ね?」

お母さんは決して、急ぐことも急かすこともなく、私が自分から決意できるまで静かに待っている。

「……うぅ……ぅ………」

年に1.2回しかお母さんのお膝に乗せられない私。

お父さんに怒られた時も、子供のすることじゃん、元気な証拠だよ、と庇い、笑い飛ばしてくれるお母さん。

そんな優しいお母さんが、本当に悲しんでいる時、本当に怒っている時しか言わない単語

〝お仕置き〟

お母さんの覚悟と私の自責の念。

体の芯から湧き上がる感情に、私の服はすでに、何滴かのシミを作っていた。

「おいで?」

お母さんの優しい声がまた降ってくる。

これ以上優しくされたら、頑張って抑えていた声が漏れちゃう。

ボロボロと零れる雫を手の甲に受け、意を決した私は、ついに、大きく、ゆっくり、首を縦に振った。

「うん、おいで?」

お母さんは指先でエプロンを2.3回払うと、私が乗るスペースに手招いた。

「……」

お尻を浮かせ、痺れた足でお母さんの横に行くと、お母さんの横で両膝を着き、お母さんのお膝にお尻を乗せる。

スカートはめくられ、パンツを掴まれ、膝裏まで下ろされた。

お腹はお母さんの体温をひしひしと感じる反面、私のお尻は冷たい風に晒されていた。

お腹とお尻の温度差に小さく震える私。

いつの間にか、私の腰には、お母さんの片手が優しく置かれていた。

お母さんのお膝は大嫌いだ。

痛いし、恥ずかしいし、何より怖い。

でも、このまま後悔し続けるのはもっとつらい。

複雑に入り交じる不安に整理が着くまで、お母さんは、私の腰から膝裏まで、何度も撫で続けた。

何度も、何度も、お母さんの手が私のお尻を通過する。

1分ほど経った頃、ついに私のお尻から、お母さんの手が離れた。

「んっ!…」

私はお母さんのお膝にギュッと抱きつき、そのときを待った。

「………………」

目を瞑り、体をカチカチに固め、つま先まで床にしっかりと着け、意識をお尻へ集中させる。
そして

パシンッ!

「…あっ!」

リビングに響く乾いた音と共に、私のつま先が床から離れる。

ジーンと熱くなる片方のお尻。

片目を開き、ダメージを吸収し切れていない中、次の手が飛んできた。

パシンッ!

パシンッ!!

「……ぁぁ!………っう!……」

後方で破裂音がする度に、私の腰はビクンと跳ね、つま先は宙へと運ばれる。

私の反応とお尻を叩く力を確かめながら、お母さんは続けて、パシンッ、パシンッ、と私のお尻をすくい上げた。

「んぁ!んぅあ!」

お腹の温度とお尻の温度。

初めは全く違った温度が、パシンッ、パシンッ、と鳴るにつれて、徐々に近づいていく。

脚は交互に跳ね上がるけれど、私の手は必死にお母さんの膝にしがみついていた。

パシンッ!!

パシンッ

「…ぁん!!…んうっ!」

厳しすぎず、優しすぎず、お母さんは私の泣き声とお尻の色を確かめながら、威力を変えていく。

お尻を揺らされる度に端に水滴が集められ、耐えきれなくなった水量が、瞳から落ちてくる。

リビングの絨毯、私の目の下には、丸く、大きな円が、何個も黒く染まっていった。

パシンッ、パシンッ、 ポタッ、ポタッ

お尻に何度もお仕置きされる。

絨毯は私の涙を吸い続けた。

「痛いだろうけど、頑張れるね?」

お母さんはそう言い、ピンクのお尻を撫でる。

パシンッ!

パシンッ!!

「……ひゃぅ!!……いぅぅ!!」

無意識に、ビクッ、ビクッ、っと腰が跳ねる。

撫でた時に熱が分かるお尻の両側。

お母さんはそこを着実に狙って手を振り落とした。

パシンッ、パシンッ!

パシンッ、パシンッ、パシンッ!

強弱のつけられたお母さんの手のひら。

複雑に入り交じっていた私の頭の中は、いつの間にか【痛い】に占領されていた。

パシンッ、パシンッ、パシンッパシンッ

パシンッパシンッ

パシンッパシンッパシンッ!!

「……痛いよぉ…おかあさん…うぅぅう……」

一打一打、火を吹き続けてきた私は、ギュッ、ギュッ、っとお母さんの膝を強く抱き締め、いつの間にか声を上げて泣いていた。

パシンッ!

パシンッ、パシンッ!!!

パシッッ!!

パシッッ、パシッッ、パシンッ!!

「………うわぁん………ごめんなさぁあぁい!!…ごへんな………さぁい…………」

天井に叫ぶ私。

壁が私の泣き声を拾い、跳ね返してくる。

「なにがごめんなさいなの?」

パシンッ!!

「…あぁんっ!!」

脚がピョコンと上がり、優しく床にタンッと戻っていく。

「……う………うぅ………ぬぃ………ぬいぐる……み………盗っ……て……下の子………たたい……て……ひっ…………先生たちも………悲しませた………の…………ごめんな………ぅう………ごめ……な………さ……さ……」

お母さんは小さくため息をつき、私のお尻をジッと見る。

パシンッパシンッパシンッ!!!

「……!?」

パチッ、パチッ、パチンッ、パチンッ!!

パシッッ、パシッッ、ペシンッ!!

「きゃんっ!あんっ!!痛いーーー!」

お母さんはまだやめてはくれなかった。

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