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柳澤健(1960.3.25- )『2016年の週刊文春』光文社 2020年12月刊 528ページ  追悼・勝谷誠彦[1960.12.6-2018.11.18] “恐るべき新人”だった文春時代 57歳の早すぎる死  文春オンライン 2018/12/30   勝谷誠彦 『イケ麺!』新潮社  2006年4月刊 192ページ

柳澤健(1960.3.25- )
『2016年の週刊文春』
光文社 2020年12月刊
528ページ
https://www.amazon.co.jp/dp/4334952143

「いま、日本で最も恐れられる雑誌と、愚直な男たちの物語。
花田紀凱と新谷学。
ふたりの名編集長を軸に、昭和、平成、令和の週刊誌と
スクープの現場を描く痛快無比のノンフィクション。

目次
序 章 編集長への処分
第一章 会えば元気になる男
第二章 週刊誌記者
第三章 疑惑の銃弾
第四章 花田週刊
第五章 マルコポーロ事件
第六章 殺しの軍団
第七章 二〇一六年の『週刊文春』
最終章 文春オンライン
あとがきにかえて――二〇二〇年の『週刊文春』

柳澤健(やなぎさわ・たけし)
1960年東京都生まれ。ノンフィクションライター。
慶應義塾大学法学部卒業後、空調機メーカーを経て
株式会社文藝春秋に入社。花田紀凱編集長体制の
『週刊文春』や設楽敦生編集長体制の
『スポーツ・グラフィック ナンバー』編集部などに在籍し、
2003年に独立。
2007年刊行のデビュー作
『1976年のアントニオ猪木』は高い評価を得た。主な著書に
『1985年のクラッシュ・ギャルズ』
『日本レスリングの物語』
『1964年のジャイアント馬場』
『1984年のUWF』
『1974年のサマークリスマス
 林美雄とパックインミュージックの時代』
がある。」

2021年2月11日読了
福岡市総合図書館予約7人

『小説宝石』
2018年1月号~2020年5月号
連載加筆修正

「私は[『週刊文春』の]ふたりの編集長を主人公、
あるいは狂言回しにすることを思いついた。
花田紀凱[はなだ かずよし 1942.9.13- ]と
新谷学[しんたに まなぶ 1964.9.1- ]である。

20歳以上年の離れたふたりを主人公に、
『文藝春秋』100年の歴史と
『週刊文春』60年の歴史を一望する。
この国と密接に関わり、社会現象をいくつも作り出してきた
稀有な出版社の盛衰を、人物と時代背景を同時に動かしつつ描く。

雑誌編集者という仕事について何ひとつ知らない読者に向けて、
ときに笑えるエピソードも含めて紹介する。

私[柳澤健 やなぎさわ たけし 1960.3.25- ]は
元文春社員で、花田さんとも新谷とも同じ編集部で働いた
経験を持っている。社内には知り合いも多い。
うまくいけば、おもしろい読み物になるかもしれない。」
p.519「あとがきにかえて 2020年の『週刊文春』」

「勝谷誠彦[かつや まさひこ 1960.12.6-2018.11.28]
が肝不全で亡くなった。57歳だった。

夕方6時前、勝谷の一期下で文藝春秋ウェブ事業部長をつとめる
柏原光太郎から電話が入った。
『文春オンライン』に追悼文を書いてほしいという。

承諾すると、まもなく
『文春オンライン』の竹田直弘編集長から、
改めて原稿依頼のメールが届いた。

ウェブサイトの原稿を書くのはこの時が初めて。
私は一時間半ほどかけて、次のような原稿

[「追悼・勝谷誠彦
 “恐るべき新人”だった文春時代 57歳の早すぎる死
初めて会ったのは1985年の春、
場所は創刊直前の『Emma』編集部だった。
勝谷誠彦は早稲田大学おとめちっくクラブ出身。
私が大学時代[慶應義塾大学法学部]に
まんが専門誌『ぱふ』に関わっていたと聞くと、
竹宮恵子ファンクラブ『さんるーむ』会員番号No.1の
会員証を見せてくれた。

私は目を丸くして驚いたが、そんな反応をするのは、
当時の文春社内でも私くらいだったろう。」]
https://bunshun.jp/articles/-/10115
を書いた。」
p.483「最終章 文春オンライン」

「19時31分送稿。
20時44分20時56分
プレビューページ
(原稿と写真をレイアウトした校正ゲラのようなもの)着信。
20時56分訂正送稿。
3分後確認メール
「二点修正。10分以内にアップロードします」。

「入稿から90分以内に、すべての作業が完成した。
雑誌で育った人間にとっては、
驚天動地のスピードだった。」
p.485「最終章 文春オンライン」

https://ja.wikipedia.org/wiki/勝谷誠彦


勝谷誠彦
『イケ麺!』
新潮社  2006年4月刊
192ページ
https://www.amazon.co.jp/dp/4104462047

「日本のどこかで、私を待っている「イケ麺」を求めて——
雑誌、テレビなどで活躍中のコラムニスト・
勝谷誠彦による、全国食べ尽くし麺道中!
この国で生まれ、食べ継がれてきた「地麺」こそが「イケ麺」である。
横手市・太田市の焼きそば、長崎のちゃんぽん
といった「メジャー麺」から、
熊本の太平燕、長崎のシモン麺などの知られざる「イケ麺」まで、
食べに食べたり約百種。
ガシリとした歯応えのコシ、つるりとした喉越しの「イケ麺」
を求めて全国津々浦々。
「麺の国」日本の心を探る。カラー写真多数掲載。」

2010年9月17日読了
福岡市総合図書館蔵書

『旅』2003年7月号~2005年9月号に掲載された
「カツヤの諸国麺遊記」と
「地麺's ウォーカー」全26回のうち15回分を収録。

北は北海道芦別市のジンギスカンラーメンから
南は沖縄浦添市のフーチバーそば、さらに
韓国春川(チュンチョン)市のマッククスまで、
カラー写真と文章がどれも美味しそうです。

巻末の編集者による「報告書」によれば、
雑誌連載では福岡の久留米ラーメンも登場したとのこと。
本書に収録されなかったのが残念です。

「鉄板の上にやおらジャガイモをぶちまける。
そう。このジャガイモこそが栃木焼そばの特徴なのだ。
「朝から家で圧力釜で炊いておいて持ってくるんだよ」。

キャベツを加えて麺を載せる。
そこに、かたわらの缶の中から何やらをお玉でかけまわす。
「これ? ダシだよお。
挽き肉とネギをいためたものからとるんだよ」。
ジャガイモにしろ挽き肉にしろ実に質素というか貧しい。

正直いって、私はジャガイモが苦手である。
それがゴロリと入っているさまは、麺との相性はどうなのよ、
といいたくなる。半信半疑で箸をつける。
ジャガイモと麺を、一緒に口へ……。うまい!
いやはや驚いた。

ジャガイモなのに実に麺と親和性があるのだ。
もっともそれはひとえに柔らかく茹でる
という下ごしらえがしてあるからで、
固いまま炒めたならばもっと口の中で違和感があるだろう。

舌で潰れるほどの柔らかさの中にソースがじんわりとしみている。
それでいてかみしめるとジャガイモ独特の
あのちょっとしたエグ味があって、
全体がお子さまっぽくなることから救っているのである。

肉っ気がないのに、うまみがしっかり麺にしみ込んでいるのは、
挽き肉とネギのダシが効果を発揮しているのだろう。」
p.124
栃木市「大豆生田(おおまみゅうだ)商店」
の名物じゃがいも入り焼そば300円。
町おこしと地麺がつなぐ味な線


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