勝見洋一(1949.6.18-2014.4.17)『ラーメン屋の行列を横目にまぼろしの味を求めて歩く』朝日新聞出版 2009年7月刊 228ページ
勝見洋一(1949.6.18-2014.4.17)
『ラーメン屋の行列を横目にまぼろしの味を求めて歩く』
朝日新聞出版 2009年7月刊
228ページ
https://publications.asahi.com/product/10538.html
「品切れ・再販未定
1980年代に「B級グルメ」の立ち上げに参加し一大ブームを起こした
著者は、文化大革命時代の中国で本場の味を体験もし、その後
フランスではミシュランの覆面調査員もつとめたという
「世界を食べつくした男」。
1990年代という味にとっても「失われた十年」を経て、
世は美食ブームから遥か遠くへと移る。そんな今、あらためて問う
「まぼろしの味」とは? お金では買えない本物の豊かさを呈示した
珠玉のエッセイ。」
https://www.amazon.co.jp/dp/4022506121
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784022506122
「ジャンクな味とボキャブラリーの貧困がダメにしたこの国の食文化に、
大人の舌と言葉であらためて問う…
「ほんとうの豊かさ」とは何か。
目次
第1章
まぼろしの味とは何か
まぼろしの味の度合い
「男の料理」と「おふくろの味」 ほか
第2章
限界点の味
職人の精神風土の味
鮨職人の極め方 ほか
第3章
まぼろしの中国料理
岩塩の羊脂炒め
麻婆豆腐伝説 ほか
第4章
まぼろしの味を求めて世界を歩く
ベニスの味
スパゲッティ ほか」
https://ja.wikipedia.org/wiki/勝見洋一
福岡市総合図書館蔵書
2009年10月17日読了
初出が表示されていないので
何に掲載されたのか分からない
食べ物エッセイ31篇。
還暦を過ぎた著者の、
昔食べたものの味が変わってしまったという嘆きと、
まだ残っているかもしれない昔の味を求めての東奔西走からなる本。
年寄りの繰り言かもしれませんけど、食べ物の描写は美味しそうです。
「蕎麦屋のご隠居さんに秘密を聞いた。
「最近のカツ丼? ありゃ肉が立派になりすぎたよ。
昔はダシが出る腿肉の薄いやつしか、オレたちは使わなかったけどねえ。
オレたちのカツは、言ってみればニセモノだったの。だけれど、
カツ丼にすると旨い、わざと作ったニセモノだったんだよ。」
厚さというか薄さは、2ミリから3ミリがいちばんおいしいのだけれども、
まあ、客の文句も考えて5ミリ。しかしそれ以上に厚くしてはいけない。
仕上がりのときに急速に味が落ちるのだ。
さて、それにうどん粉たっぷりの溶き粉にパン粉をつけて、使いまわして
深く色のついた油を高温にして表面だけを一気に揚げる。
油にはじめから「焼き色」がついているのだからあっという間に
「揚がったような色」がつき、堅い衣になる。
それでいて中の豚肉はまだ生だ。
そして油鍋からあげてしばらく放っておく。
冷まさないと油がツユをはじいてしまうのだ。
それを玉葱の上に寝かせてツユをひたひたにかけて煮るわけだ。
煮るにしたがい、豚肉からは衣を通して豚のエキスがツユに出て行く。
豚のダシと衣の油が溶け出して、ツユはどんどん乳化し
その甘いツユにさらに玉葱の甘味が加わり、さあ御立ち合い、
今度はその濃厚なツユが糖分ごと衣に入っていくのだ。
衣はどんどんツユを吸い、そこに熱が加わって、
衣の角は飴化して堅くカリカリになる。
このカツの主役は衣なのだ。豚肉ではない。
すべてが衣をおいしくするための料理法なのだ。
その一瞬にゆるく溶いた卵をかけまわす。
黄身を先に、少し遅れて白身をカツの上にかけるのがコツである。
なぜか。カリッとした衣には、黄身よりも白身の味があう。
そして丼の御飯の上にあけ、すぐに蓋をする。その結果、
「衣が旨い」カツ丼ができあがる。
蕎麦屋のカツ丼、あれは正しくは「トンカツの衣丼」だったのだ。
旨かった。衣がカリカリしていて、いろいろな味がした。
それがカツ丼の「パワー感」と「特別感」を醸し出すもとだった。
実に実に、凝縮された虚実皮膜の芸を知り尽くした食べ物だった。」
p.64
「カツ丼」
美味しそうでしょう? でも、そんなカツ丼が今ではもう食べられない、
まぼろしの味だと、1949年生まれの著者は言います。
1955年生まれの私はそんなカツ丼を食べたことがないなあ
と思いますけど、皆様、如何でしょうか?
「中国に唐辛子がもたらされたのは、
たった三百年から三百五十年前であります。
あ、唐辛子と言うから唐だと思ったら大間違い。
それにこれは日本人の命名で、
日本人にとって中国とは、
明治時代まで通称「唐」=もろこし、だったのですね。
つまり唐辛子が日本の奄美諸島を経由して
中国に入ったのは三百年から三百五十年前。
なんとなくシルクロードから中国に入ったと思われているけれど、
中国には厳格な命名法があって、
シルクロードを伝わってきたものには
必ず「胡」がつく。胡とはペルシャあたりのこと。
つまり胡椒はペルシャから来た山椒。
胡瓜も胡麻も、そして楽器の二胡も、
そしてペルシャ人の座り方の胡坐も。
そして海を渡って渡来したものには
「洋」とか「海」がつく。
唐辛子は清の時代には
「海椒(ハイジヤオ)」です。
「洋」には日本の意味もあります。
唐辛子はシルクロードからではなく直接に海からもたらされた。
清王朝成立とほとんど数十年のズレで中国に唐辛子が入った。
たった三百数十年前まで、中国大陸は唐辛子を知らなかった。」
p.155
「麻婆豆腐伝説」
南米原産の唐辛子が南蛮貿易で日本に渡来して、
それが朝鮮半島や中国大陸へ渡って行ったことは知ってましたけど、
当時の中国で海椒と呼ばれていたのは知りませんでした。
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“恐るべき新人”だった文春時代 57歳の早すぎる死
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