スタジアムに複合福祉施設が生まれるまで。障がいの有無に関わらず、誰もが分け隔てなく集えるコミュニティづくりを目指して
瀬戸内海の豊かな自然に恵まれた愛媛県今治市に拠点を持つFC今治は「次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する。」を企業理念に、サッカーの枠を飛び越え、環境や教育など幅広い分野での地域貢献に取り組んでいます。
2023年1月に竣工した本拠地「今治里山スタジアム(現:アシックス里山スタジアム)」。“365日にぎわいを生み出すこと”を目指して建設されたこのスタジアムの敷地内に、複合福祉施設があることをご存知でしょうか。
「障がいの有無に関わらず、誰もが分け隔てなく集い、心の拠りどころとなる場所を創りたい」という想いのもと、社会福祉法人来島会と連携し、数年にわたる取り組みの集大成として誕生した複合福祉施設「コミュニティビレッジきとなる」。今治里山スタジアムが目指すあり方を象徴する施設の一つです。
今回は、これまでの両社の取り組みの歴史と、きとなる誕生に至ったきっかけや今後の展望について、今治.夢スポーツ執行役員の中島 啓太と社会福祉法人来島会 業務執行理事 越智 人史さんに伺いました。
“福祉施設の外”にも交流できる場所をつくりたい
ーー両社の連携した取り組みが始まるきっかけは何でしたか。
中島:
もともと来島会が主催する今治福祉園での夏祭りにFC今治の選手が招待されていました。選手は餅まきに参加するなど、地域貢献の一環として毎年お手伝いしていた形です。
2017年頃からパートナー(協賛企業)としても応援してもらえるようになり、少しずつ活動の幅が広がっていきました。野外体験や野菜販売など、さまざまな取り組みにチャレンジしています。現在はレディースの選手が施設で働くなど、深い関わりがたくさん生まれていますね。
越智:
障がいのある方々とサッカー選手、普段はつながらないような方々が取り組みを通して交流し、新しい関係が生まれることは非常に意義があると感じています。
多様な関わりが生まれることで障がいを抱える方の心の支えにもなるのではないか?FC今治との取り組みを重ねるごとに、そういった交流のきっかけを作る場所を“施設の外”にも作っていきたいと考えるようになりました。
ーーそこからスタジアム内での福祉施設づくりに発展したのでしょうか。
中島:
そうですね。2019年頃から今治里山スタジアムの構想を社外にもお伝えできるようになりました。越智さんと構想についてお話しするなかで「もしスタジアム内に福祉施設があったら面白いよね」と意気投合し、二人の夢としてスタートしました。
越智:
以前から来島会は、福祉施設の中に留まらず地域と連携してさまざまな活動に取り組んでいました。私たちは「障がい」を制度上のものだけでなく“障壁”として捉え、例えば地域において何かしら生きづらさを感じている方など、施設の外にも支えるべき人たちがたくさんいると考えています。
中島:
スタジアムの構想を伝えたとき、越智さんが「今までの福祉は色んなものに線引きをすることだったが、本来の福祉は“インクルーシブ”にすることだ」と話してくれました。まさに今治里山スタジアムが目指しているあり方と一致すると思い、とても共感したことを覚えています。
スタジアム内での福祉施設づくりを、“二人の夢”から“みんなの夢”に
ーーその後、どのように構想を現実のものにしていったのでしょうか。
中島:
自分たちの夢を、どのように「みんなの夢」に変えていくかを考えていました。まずは身近な接点を増やすことが大切ではないかと。そこで、夢スタ(ありがとうサービス. 夢スタジアム)の散歩会を開いて、知的・発達障がいのある方や高齢者の方などを招いて交流する機会をつくりました。
そのほかにもホーム戦のボランティアへの参加やブース出展などの関わりしろを増やし、役に立っている実感を得てもらえるように促しました。花壇づくりはまさに代表的な事例だったと感じています。一つひとつの取り組みを重ねて、3年間で1015名もの関わりを創出しました。
こうした接点が増えるなかで「実際のお仕事も手伝ってもらえるのではないか」と考えるようになり、2021年〜2022年には、施設外就労としてホペイロ(サッカーの用具整備)の業務を依頼する形に発展していきました。
ーーそれぞれで関わる方々にも変化はありましたか。
中島:
そうですね。FC今治として、こういったインクルーシブな社会づくりを目指していましたし、会長の岡田からのメッセージもあり、自然と受け入れていく方向に動いたと感じています。その後は、具体的にスタジアム構想にどう組み込むかを考えていき、きとなる建設が現実のものになりました。
越智:
最初の頃は私たち二人だけで企画を考えていたところから、段々と施設のスタッフからも意見が出るようになり、少しずつでしたが法人として取り組んでいくように変化していきましたね。
中島:
来島会の皆さんの変化は非常に感じていました。「こういうのやりませんか?」と今までの取り組みの延長線上でない新しいアイデアも飛び出すようになってきて、とても楽しみに感じています。
日常的な出会いや交流が生まれる、開けた福祉施設に
ーーきとなるはどんな場所になることを目指したのでしょうか。
越智:
福祉施設には閉ざされたイメージを持つ方もなかにはいらっしゃいます。近隣や地域の方々と関わる機会が少なかったですし、周囲の方々も関わりにくさを感じられていた方もいらっしゃると思います。きとなるではそれを打破できないか、と考えています。
私たちがイベント時に出向くだけでなく、日常的にスタジアムのなかで関わりながら関係性が生まれること、そして施設をご利用いただく方々にとって福祉施設のスタッフ以外にも身の回りに支えてくれる関係性があることが大切だと感じていました。
適切な支援があるなかで、より多くの人と関わることできる環境をつくることで、施設をご利用いただく方々にとっても自ら成長する機会を増やせるのではないかと考えています。
ーー実際にきとなるの運営が始まって、どんな光景が生まれていますか。
越智:
スタジアムを散歩したり、カフェに来たりした流れでさまざまな方との交流が生まれるなど、予想はしていましたが嬉しい驚きがたくさんありました。
日常的な場で出会う大切さがありますね。きとなるをご利用いただく方々からも「たくさん人がいらっしゃるので、交流できるのがよかった」「一般的な施設と立地が違うので、ふれあいができるのが良い」などの声をもらっています。
中島:
夕方にはランドセルを背負った子どもたちが走り回っていたり、ドッジボールをしている人がいたりと、本当に多様な空間ですよね。一般的なスタジアムだと試合がないと訪れないですし、少し近寄りがたい雰囲気がある場所もありますが、今治里山スタジアムはその逆の開かれた空気感が流れています。
越智:
まずはその場所に多様性があることが重要です。そこから多様さをインクルージョンしていく社会に徐々に変わっていくのではないかと考えています。
「サッカー×福祉」で、新しい社会のあり方をつくる
ーー今後、きとなるをどのような場所に育てていきたいですか。
中島:
常に対話をしながら次の取り組みを模索しているので、ロードマップを明確には置いていません。ただ、スタジアムの緑化を進めて、それをきっかけにもっと人が来る流れをつくっていきたいですね。また、芝生や花壇、農園づくりも計画中です。
そのほかには、FC今治と来島会の2社だけでなく、他の企業や団体との連携を広げていきたいと考えています。きとなるを活かしながら複合的な連携につなげることで、より社会的で独自の取り組みが生まれるのではないかと期待しています。
私たちが取り組んでいることは「社会づくり」です。イベントがきっかけになりながらも、スタジアムにおける日常、当たり前の風景になっていくことが理想ですね。
越智:
まだまだ「障がい」というくくりがあることで参加できていない方もいると思っています。障壁を下げていきながら、誰もが参加できる公益的な取り組みも増やしていきたいですね。
中島:
「サッカー×福祉」は、サッカーの新しいあり方、福祉の新しいあり方であり、新しい社会のあり方だと感じています。
越智:
サッカーは感動を生んだり人々の幸福を増やすもの、一方でわれわれ福祉は人々の不幸を減らす使命があります。その両者によるシナジーが発揮されることでより良い社会につながっていくと感じていますね。
取材・文/小林祐太
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