ここでのプレーは大きなチャンス、チャレンジなんです #FC今治でプレーする トーマス・モスキオン
故郷のアルゼンチンから、遠く離れて大きなチャレンジが始まりました。決して大柄ではないけれど、球際の戦いを恐れない勇敢なプレーと、正確にボールを扱うテクニックを駆使して、中盤で存在感を発揮するボランチ、トーマス・モスキオン選手。FC今治の勝利のために、力の限りを尽くします。
■アルゼンチンとの大きな違い
先日の全体練習の後、横パスを受けて、体を開いて逆サイドに展開というプレーを、左右の両足でじっくり繰り返していました。プレーしていて、今、気になっているポイントですか?
気になっているところではありましたが、そのときはそれがやりたかった、というのが正しいですね(笑)。全体練習が終わった後、できるだけいろいろな個人練習をして、プレーを改善していこうと思っています。壁を使ってパスの練習を繰り返すこともありますよ。
本番で良いプレーをするためにできるだけボールに触るというのは、たとえばギターをうまく弾くためにチューニングするような感覚でしょうか?
そうですね。ボールタッチのフィーリングを高めたり、ボールコントロールの自信を深めることができるんです。できる限り質の高いプレーを、これからもFC今治のために発揮し続けたいと思っています。
チームは開幕から4連勝とすばらしいスタートを切りながら、ここに来て難しい状況に陥っています。トーマス選手は、どこに改善点があると感じていますか?
選手1人1人が、もっと質を上げていかなければなりません。それなくして、チームはレベルアップできませんから。そうはいっても、急にはうまくなりません。普段の練習から積み上げていくだけです。
日々、やり続けるしかないですね。僕たちはもっとうまくならないといけないし、もっと強くならなければなりません。
サッカー面でいえば、何よりも今、重要なのは失点を減らすことです。それから、後ろからつなぎながらフィニッシュに至る流れも改善しないといけない。
守備もビルドアップも、プレシーズンからみんなで取り組み、これまでうまくできていたはずです。ここから再びどんどん勝っていくために、今は原点に戻るタイミングではないかと感じています。
J3でプレーして、どのような印象を持っていますか?
とてもスピーディーなリーグです。切り替えが速く、フィジカル的なところも求められます。日々、良い刺激を受けながらサッカーをすることができていますよ。
アルゼンチンを離れて日本でプレーすることが決まってから、実際に来日するまで期間が短かったので、日本のサッカーがどういうものかイメージする時間は正直、ありませんでした。だから、こちらに来てとても驚いたんです。チームメートのクオリティは、とても3部リーグのチームとは思えないほど、高いですからね。
アルゼンチンとの大きな違いは、フィジカルにあります。アルゼンチンは球際が激しく、パワーが求められます。その代わり、ゆっくりしたテンポで、あまり走ることはない。日本はアルゼンチンほどパワフルではありませんが、切り替えがとにかく速いし、常に走り続けないといけない。そうした違いを理解して、日本サッカーのフィジカル的な特徴に適応しながらプレーしていきたいです。
実際、試合でのトーマス選手はエネルギッシュに走り続けています。日本のサッカーにしっかり適応できている手応えを感じているのでは?
デビュー戦から手応えはありました。常にベストを尽くしながら、少しずつJ3のサッカーを理解できつつあると感じています。
■勝利するためのプレーに徹する
サッカーのテンポということでいえば、ルヴァンカップで対戦したヴィッセル神戸は、J3で対戦するチームほどプレーを急がず、自分たちのプレーをすることに重きを置いていました。その分、FC今治も落ち着いてクオリティを発揮できたところがあったのではないでしょうか?
アルゼンチンも1部のチームは慌てることなくプレーするので、ミスが出にくいと思います。だからこそFC今治は日々、プレーを改善しながらJ2、J1と昇格して、自分たちのクオリティを見せていかなければならない。神戸に負けて、そう感じました。
昨年のJ1王者を相手に奮闘した神戸戦は、トーマス選手にとっても、チームにとっても自信になったのでは?
その見方には半分だけ賛成ですね。もちろん、FC今治の良い部分をたくさん発揮することができました。ですが、肝心のリーグ戦でそこから連敗に陥ってしまいました。チームは突然、どん底まで調子を落としたような状態で、できる限り努力を重ねて改善し、J2昇格という目標を見失わないようにやっていかなければなりません。
FC今治に来るまでのトーマス選手の歩みを教えてください。
本格的にサッカーを始めたのは8歳のときで、故郷の近くのチームに入りました。しばらくしてCAコロンの下部組織に移籍し、トップに昇格して、昨年までプレーしました。コロンは生まれ育った街から40キロほど離れたサンタフェ州の州都サンタフェを本拠地とするチームです。
ボールを蹴るようになって以来、サッカーは、ずっと喜びを与えてくれます。初めて優勝したとき、コロンのトップチームに昇格して、初めてベンチ入りした日、プロデビューを果たした日……うれしい思い出がたくさんあります。もちろんネガティブな出来事も経験しますが、サッカーをする日々を満喫しています。
好きな選手がブラジル代表のネイマール選手というのが、少し意外です。ネイマール選手がサントスでプレーしているときに好きになったということですが、アルゼンチンでもブラジル国内リーグの試合を見ることができる環境だったのですか?
いや、サントスの試合で見ることができたのは、コパ・リベルタドーレス(南米選手権)だけです。それでも僕がネイマールを好きになったのは、彼のプレーをたまたまブラジルに旅行していたとき、目にしたからなんです。
ホテルの部屋で休んでいて、何でもいいからサッカーの試合を見ようとテレビをつけると、偶然、サントスの試合をやっていました。そのときのネイマールのプレーには、本当に驚きましたね。すぐに彼のユニフォームを買ったし、サントスにも注目するようになった年のリベルタドーレスで、彼らは優勝しました(2011年)。ネイマールがスペインのFCバルセロナに移籍(2013年)してからは、彼のプレーをアルゼンチンでも見やすくなりました。
ネイマールのドリブルには、ただ驚かされるばかりです。テレビゲームの中のネイマールも、1人だけとんでもない能力の数値に設定されているでしょ? あの通りですよ(笑)。
だからといって、プレーをまねしようとは思いません(笑)。試合で一番に考えなければならないのは。派手に相手を抜いてゴールを決めることではなく、試合に勝つことですから。極力、勝つためのプレーに徹しています。
■サパタに強く勧められて
FC今治ではボランチとして正確にボールを集配し、奪い返すプレーで存在感を見せています。以前からボランチでプレーしていたのですか?
いや、最初は攻撃的なポジションでした。FWやサイドハーフ、サイドバックもありますね。ボランチでプレーするようになったのは10年くらい前からです。
ボランチでプレーする上で、特別に何かを意識するというより、監督から求められることを心掛けてきました。それが今のプレースタイルにつながったのかもしれません。できるだけボールに触り、プレーに関わる。けれども、できるだけ早くボールを離す。シンプルにプレーすることを、常にイメージしています。
ネイマール選手に注目することで、バルサの中盤の選手にも、自然に影響を受けているかもしれませんね。
それはあると思います。当時のシャビやイニエスタ、ラキティッチ、ピケが活躍していたバルサのサッカーはとても面白かったし、ヨーロッパ・チャンピオンズリーグで優勝したチームの印象は強いです。
FC今治からのオファーは、どのようなタイミングで届きましたか?
去年の終わりです。最初は、信じられませんでしたね。そもそも日本はアルゼンチンから遠く離れた国で、まったくイメージできなくて。ですが、だんだん話が進んでいく中で、日本でのプレー経験がある人の話もいろいろ聞いて、チャレンジすることを決めました。
誰に話を聞いても、Jリーグに好印象を持っているんですよ。その1人が監督のグスタボ・サパタ(1993年から96年まで横浜マリノスでプレー)です。サパタには今治に行くことを強く勧められましたね。日本のクラブがいかにしっかりしているか、設備が充実しているかも聞かされました。「自分は4年、Jリーグでプレーしていたけれど、もっといたかった。トーマスにとって大きなチャンスになるから、絶対に行った方がいい」と背中を押してくれたのがサパタです。
今、大きなチャレンジの真っただ中にいます。絶対にJ2に昇格したいです。そうすれば自分にとってもクラブにとっても、将来が大きく開けていきますから。
今治の街で、目標に向かってサッカーに全力を尽くす日々です。
今治での生活にもようやく慣れてきて、毎日がとても充実しています。基本は奥さんとの2人暮らしですが、少し前まで父と妹がずっといてくれました。今度は母ともう一人の妹、それから弟が今治に遊びに来る予定です。
天気のいい日に散歩すると、とても気持ちのいい街ですね。すぐ近くに海や港があって、緑豊かな公園もあります。少し前は、桜がとてもきれいでした。しまなみアースランドや藤山健康文化公園には、マテ茶を準備して、奥さんとよく出かけます。
あとは、今治でも犬が一緒にいてくれると、なおすばらしいのですが。アルゼンチンの実家では犬をたくさん飼っていて、今治に連れてこられるか調べたのですが、検査などで半年近く足止めされると分かって今回はあきらめました。
今治での大きなチャレンジが始まりました。この街で僕が実現させたい夢は、今シーズンが終わったとき、FC今治がJ3優勝、J2昇格を決めていることです。そのために日々の練習、そして試合に全力を尽くしてチームを助け続けます。自分の持っているすべてを、FC今治の勝利のために捧げます。
取材・構成/大中祐二