サッカーを楽しみ、成長し、感謝の気持ちを表現したい#FC今治でプレーする 安藤一哉
鋭いドリブルで右サイドから切れ込み、利き足の左足から強烈なシュートを繰り出す。前へ、前へと突き進む安藤一哉選手のプレーは、実に爽快です。今、サッカーをする喜びを全身で感じている安藤選手だからこそ、勝負のシーズン終盤、チームの大きな力になってくれるに違いありません。
FC今治からオファーを受けたときの気持ちから聞かせてください。
僕はその前のシーズンが終わったとき、ガイナーレ鳥取との契約を解除、退団して、所属チームがない状態でした。そんな中でFC今治から話をいただいて、「これでサッカーを続けることができる」と本当にうれしかったですね。
それから鳥取でもお世話になった理己さん(髙木理己前監督、現AC長野パルセイロ監督)がFC今治の監督をするということで、また一緒にサッカーができることもうれしかった。「今治でもたくさん怒られるんだろうな」とも思いましたが、それも含めて(笑)。
僕がプロになって初めて出会った指導者が理己さんで、最後まで戦う姿勢だったり、あと一歩を踏み出す大切さを教わりました。そして、自然と自分の武器や最大値を伸ばしてもらえたと思っています。
プロ1年目、鳥取では20番を着けてプレーしました。FC今治での背番号は21番ですが、鳥取時代の自分を一つ、上回りたいという思いをこめています。
28節を終了した時点で20試合に出場し、2得点。ここまでの数字について、どう捉えていますか?
今治に来て感じたのが、個々の選手の能力の高さ、それからトレーニングの強度の高さです。強度に慣れるまでが、とにかく大変でしたね。
数字に関しては、まずは試合のメンバーに入ることが目標だったことを考えれば、ある程度、納得しています。もちろん、満足はしていないですよ。
FC今治の強度の高さを、どういうときに感じますか?
トレーニング中にボールを持つと、これまでであれば3つ、4つと選択肢がある中でプレーできていました。でも今治では寄せが速いし、球際も厳しい。すぐに詰められてしまいます。せいぜい2つ選択肢を持てればいい、というくらいの圧を感じます。
しかも、強度の高い寄せが次から次へと連続しますからね。トレーニングのメニュー自体は、理己さんが鳥取でやっていたものと共通していました。それだけに、今治の強度の高さが余計に実感されましたね。とにかく、毎日トレーニングが終わると、めちゃめちゃ疲れているんです。
ただ、そこはやっていくことで適応していけるという思いもありました。ひざのけがと手術の関係で過去2シーズン、ほとんど試合に出られなかったことを考えれば、まずはコンディションを上げて試合に絡んでいくというのが、自分にとっての目標でもありましたし。トレーニングを重ねれば、やがてチームに貢献できる手応えがありましたね。
鳥取、そして今治で指導を受けたことを考えれば、8月の監督交代は安藤選手にとって大きな出来事だったと思います。
何か、無理やりにでも気持ちを整理したり、切り替える必要はないと思うんです。プロサッカー選手でいられる時間は本当に限られていて、どんな状況でも自分に意欲さえあれば成長できる。それを僕は身をもって知っていますから。FC今治が昇格するために、自分が力になれることを精いっぱい、やりたいですね。
直さん(工藤直人監督)が監督になって、後ろからボールをつないでいくこと、そのために良いサポートを取り続けることが、あらためて求められるようになりました。だけど最後、相手ゴール前の局面では、個の力が勝負を分ける。そのときは存分に特長を発揮してほしいと直さんには言われているし、理己さんにも言われていたところです。自分のストロングポイントを出すことと、監督が求めることを理解してプレーすること。監督が誰であっても、そこは変わりません。
サッカー以外の、今治の街や暮らしについて、少し話を聞かせてください。
この街に暮らし始めて8カ月がたちますが、今治のみなさんは本当に優しくて、温かいです。ご飯を食べに出かけたときも、「応援してるよ」と、たくさん声を掛けていただきます。しかも、地域リーグのころから応援しているという方がけっこういらっしゃるんですよね。
基本的に外食ですか?
半々ですね。自炊もします。全然、たいしたことないんですけど。見栄えも悪いし。栄養士の河南こころさんに、いろいろ聞きながらやってます。
どういう質問をするのですか?
自分の献立を伝えたうえで、栄養バランスとか、プロテインを飲むタイミングはいつがいいか、とか。それから僕はパスタが好きなんですけど、市販のソースだとカロリーが高すぎる。それでこころさんにサバの水煮缶を使ったソースの作り方を教わったんですけど、それはちょっと自分には合わなかった。教わった通りに作りましたが、ほとんど味がありませんでしたね(苦笑)。味がしないのはさすがに厳しいので、今はツナ缶に塩と醤油でちょっと味付けをして、ブラックペッパー、ねぎをかけたパスタをつくってよく食べています。
自炊は以前からしていたのですか?
今治に来てからです。僕は野球が大好きなんですけど、WBC(ワールド・ペースボール・クラシック)のときに、ダルビッシュ有選手が自身の動画配信で「今の若い選手は打球を遠くに飛ばしたり、速いボールを投げることばかり気にしているけれど、そのためのアプローチをしていない。例えば、息抜きでお酒を飲みに行くのはかまわない。でも、それによって栄養的に自分の中で何が失われ、何を補給しなければならないか。そういうことを分かっていない選手が多すぎる」という話をしていて、グサッと突き刺さったんです。
それで調べ始めてみると、良い筋肉を作るにはグルタミン酸が大事だとか、ペプチドって何だろう? とか、どんどん面白くなってきて。今では楽しみながら、いろいろ教わりながら、自炊の献立を考えています。
この街に暮らし、サッカーと向き合う日々を送る安藤選手にとって、FC今治初ゴールは第3節のFC琉球戦で生まれました。途中出場し、90+5分に利き足の左足でズバリと決めた劇的なゴールに、今治里山スタジアムは大いに盛り上がりました。
ベンチスタートでしたが、試合を見ながら『本当にいいスタジアムだな』と思っていました。サポーターのみなさんの熱が、ダイレクトに伝わってくるんですよ。交代出場してからは無我夢中で分かりませんでしたが、スタンドのみんなが前のめりになって手拍子や歓声を送ってくれて、押せ押せの空気を作ってもらえました。
試合としては先制したけれど、後半、逆転されて、自分が出て最後にゴールを決めることができた。最高の気分でしたね。これで少しは自分も認められたかな、という気持ちにもなりました。
とにかくアドレナリンが出まくっていて。その夜は全然、眠れなかったです。それくらい自分も興奮していたし、一生忘れられないゴールになりました。
シュート自体は、自分の技術で決め切るのは不可能なものでした。トミ(冨田康平選手)のクロスが相手選手に当たって、わけの分からないボールの回転になって自分のところに来たんです(笑)。それをしっかりミートできたのは、チームメートやサポーターのみなさんのおかげです。決めたのは僕ですが、みんなの思いが乗ったシュートでした。
いよいよ勝負の終盤戦に突入します。意気込みを聞かせてください。
僕はプロ1年目のとき、鳥取で昇格争いを経験しています。そしてシーズン終盤、それまでなかった重圧を感じて、堅くなってしまったんですね。勝てば2位になるという試合で、ガチガチになって何もできなかった。それを知っているからこそ、今回、自分にできることがあるはずです。あの経験を、プラスにできれば。
「この試合で昇格が決まる」とか、「可能性がしぼんでしまう」というところに目を向けていては、堅くなるばかりです。そうではなくて、プロサッカー選手としてプレーできる時間は限られています。だからこそ、目の前の試合を全力で楽しみ、成長につなげること。何より、サッカーをする自分を支えてくださるみなさんへの感謝の気持ち。それらのことを、僕はプレーで表現していきたいです。
取材・構成/大中祐二