ここには求める熱量がある #FC今治でプレーする 阿部稜汰
大学最後の大会でチャンスをつかむと、チームとしても優勝という最高の結果を出した阿部稜汰選手は、意欲をみなぎらせてFC今治でプロキャリアをスタートさせました。今は試合メンバーに入るために鍛える日々。ですが、悔しいからこそ熱い思いがいっそう強まるのです。それこそが今治に求めている環境であり、大学の偉大な先輩サイドバックから学んだことを胸に、チームの勝利に貢献する存在になることを目指します。
■大学最後にチャンスをつかむ
中学、高校は日章学園、大学は明治と、サッカーの強豪、名門を経て、今シーズンFC今治の一員となりました。今治との縁は、どのように生まれましたか?
去年、大学4年生最後の冬のインカレ(全日本大学サッカー選手権大会)前に、強化部の小原(章吾スポーツダイレクター)さんに練習を見に来ていただいたところから始まりました。
声を掛けていただいて、率直にうれしかったですね。一般の就職活動をして、内定をいただいていましたが、やっぱりプロに行きたい気持ちが強かったので。
僕は大学に入ってから、うまく行くことの方が少なかったんです。4年生になって、試合に出るようにはなりましたが、スタメンに定着するわけではありませんでした。チャンスを与えてもらいながら、なかなか生かせず、とうとう大学最後のインカレを迎えて、焦る気持ちもありました。
でも、『これが大学最後だ』と思うと、少し吹っ切れたというか。大会を通して自分らしいプレーを出せるようになっていって、しかも優勝という最高の結果を得ることができました。
最後のインカレでチャンスをつかむまで、さまざまな試行錯誤があったと思います。
試合に絡めなかったのは、自分の特徴を出せなかったから。それに尽きます。大学では4バックの左サイドバックや3バックの左ウイングバックでプレーしていましたが、守備よりも攻撃が得意で、どんどんオーバーラップして攻撃参加するのが自分の特徴です。
でも、うまく行かない時期はプレーが前向きではありませんでした。ボールを持っても前を向こうとせず、すぐ後ろに下げてしまったり、オーバーラップするタイミングを逃したり。特徴をまるで出せませんでした。
インカレで自分の持ち味を発揮できたというのは、大会に入る前にFC今治が自分に期待していることが分かって、それがプラスに働いたということですか?
それもありますが、一番は、『これが大学生活最後の大会なんだ』と思うと、何だかとても力が湧いてきたんです。ミスしないように一つ一つのプレーにこだわるのは当然なんですが、たとえミスしたとしても、それで気持ちを乱している場合じゃないぞ、という。そんなひまがあったら、1秒でも早く切り替えて次のプレーのために走ろう。後悔しないプレーをしよう。そういう気持ちが強くなって、前向きなプレーも自然に増えていきました。
FC今治が自分に関心を持っているということは、インカレでのプレーが一つの入団テストのようなものですよね? へたなプレーはできないという緊張はありませんでしたか?
不思議と、そういうことは考えなかったですね。もちろん、インカレでのプレー次第で自分の将来が大きく変わることは分かっていました。でも、自分はインカレを明治大への恩返しの大会にしようと考えていたので、それまでの自分のことや、将来のことが頭によぎることはほとんどありませんでした。
明治大でサッカーをやって、つらいこともありましたが、サッカーだけではなく人としても大きく成長できました。仲の良い同期がいて、尊敬する監督、コーチ、スタッフがいて、本当に大好きなチームでした。自分を大きく成長させてくれた明治大に、最後、結果で恩返ししたい。その気持ちは大会に入るときからとても強かったです。
■長友先輩から学ぶこと
実際、インカレではスタメンとして奮闘し、チームは優勝。最高の結果を出しました。
優勝したときは、もう大号泣でした。勝って泣いたのは、後にも先にもインカレの決勝だけですね。大会を通してチームの空気が変に浮つくことなく、いつもと変わらずに練習できていたのが良かったと思います。ダメなミスが出れば、みんなが『それじゃダメだ!』と真剣に怒る。いつもやっていることが大会期間中もできていたから、チームの隙の無さにつながったのだと思います。
インカレで結果を出して、改めてFC今治にどういう部分を求められていると感じましたか?
まず、攻守におけるハードワーク、あとはピッチ内外問わず、できることがあるというのが自分の考え方で、そういう人間性の部分も求められていると思います。
正直、声を掛けていただくまではFC今治について、よく知りませんでした。どういうサッカーをするかも分からなくて。
声を掛けていただいて試合を見てみたら、走力で相手を上回ろうとするところ、気持ちで負けないというところがすごく伝わってきました。プロでやるなら、ただうまいだけでなく、熱量があるチームでやりたいとずっと思っていたので、求める環境が今治にはあると感じました。
こういう言い方は偉そうかもしれませんが、プロになる以上、クオリティーがあるのは当たり前だと思うんです。それにプラスして、プロとして取り組む姿勢の部分が、とても大事だと思います。
明治大学の先輩サイドバックが、FC東京でプレーする長友佑都選手です。
自分にとって、本当に大きな存在ですね。大学時代、試合でも練習試合でも、常に長友さんが比較対象だったんですよ。
入学してすぐの練習試合のハーフタイムに、栗田(大輔)監督から「長友だったら、もう何十回もオーバーラップしてるぞ!」と言われて衝撃を受けたのをよく覚えています。『明治でサッカーをするということは、長友さんと比較されることなんだ』と、すごく刺激になりました。
実際、長友さんはシーズンオフに明治大のグラウンドで自主練をされたり、サッカー部員に話をしていただいたり、交流するタイミングがありました。長友さんが学生時代どうだったのか、プロに行って、どういう環境でサッカーをすることになったのか、とても貴重な話を聞かせていただきましたね。
大学途中までは試合に出られず、決して順風満帆のキャリアではなかった長友さんが、明治大在学中にFC東京でプロになり、やがてイタリアに渡ってビッグクラブのインテルでタイトルを取り、トルコの名門·ガラタサライでもたくさんのタイトルを取った。そんな話を直接聞けたのは、大学でなかなか試合に絡めていない自分の大きなモチベーションにつながりました。やり続けることが大事だと長友さんは話していて、まさにその通りだな、と。
プレーの話も、とても参考になりました。1対1で負けず、運動量を生かして攻撃参加する。自分もサイドバックとして、そこはこだわっていますから。
FC今治に加入するとき、長友選手の出身地・西条市が今治の隣町であるというのは知っていましたか?
いや、まったく。こちらに来て、初めて知りました。こんなに地元が近かったのかと、ちょっと驚いています。
■プロにとって大切な切り替える技術
シーズン開幕前のトレーニングから非常に調子が良く、左サイドバックとして存在感を発揮していました。
そうですね。思い切ってプレーできていました。ただ、次第に求められていることを意識しすぎるようになったというか、自分の持ち味がちょっと出せなくなっていったんですね。もったいなかったと感じます。
今はまだ試合メンバーに入れませんが、プロとしてやっていくために、通らなければならない道でもあると思っています。明治では求められなかったことも、今治では求められますし。ポジショニング、パス、トラップ……、もっともっとこだわっていかなければならないです。
同時に、ミスすることに変に過敏になるのではなく、ミスしてもいいから、いかに早く切り替えられるかが、自分の特徴を出すことにつながると思っています。ハットさん(服部年宏監督)が現役時代、左サイドの選手だったこともあって、求められる体の向きやボールの置きどころはとても参考になるし、自分でも考えながら、日々のトレーニングでいろいろチャレンジできていて。自分のものにすることで、運動量を生かして勢いを持って出ていくプレーを、より自分らしくできるんじゃないかと思っています。
プレシーズンのトレーニングで、左サイドバックとしてしっかり持ち味を発揮できていただけに、開幕からしっかり試合に絡んでいくイメージが膨らんでいたのでは?
ベンチにも入れず、悔しさはもちろんあります。だからといって、一喜一憂している暇はないです。大学時代も、僕はうまく行っている時期の方が短かったですからね。メンバーに入れないからといって、特別、落ち込むことはないです。
だいたい、プロになってすぐにメンバー入りできるとは思っていませんでしたから。まだまだ高めなければならない部分はたくさんあるし、そういうところから少しずつ、やれることを増やしていこうとすぐに頭を切り替えました。
スタジアムのスタンドから試合を見るのは、めちゃくちゃ悔しいですよ。でも、そう思えることがうれしくもある。それだけ本気で試合に出たい証拠だし、まだまだ自分が腐っていないことを実感できますから。それで試合観戦を終えて帰宅して、訳が分からないくらい筋トレをしたり、変なやる気のスイッチが入ったりします(笑)。
切り替えることは、昔からうまいと思います。そのスキルがないと、なかなか生き残っていけない世界でもあるし。特にプロサッカー選手というのは、客観的に自分を見る力がとても大事な仕事だと思います
そういう意味で、同じく今シーズン、FC今治に加入した左サイドバックの加藤徹也選手のプレーは、大きな刺激になっているのでは?
徹くんは僕が苦手なビルドアップ、賢くポジションを取ってボールを動かしていくところが非常に長けています。相手もよく見えているので、空いているスペースもしっかり使える。ぜひ、盗みたい部分ですよね。競争相手であるのは当然ですが、吸収することがたくさんあります。
徹くんのプレーは、里山スタジアムのスタンドからいつも注目して見ています。それからサイドバックがインサイドにポジションを取るやり方をJリーグでいち早く取り入れた横浜F·マリノスで、今、明治大の2年先輩の加藤蓮選手が左サイドバックとしてプレーしています。そういうこともあって、マリノスの試合もよく見ていますね。
阿部選手自身は、FC今治で選手としてどのように成長していけると感じていますか?
自分は信頼される選手になりたいんです。チームがピンチのときに、『こいつを使ったら、絶対に相手の攻撃をはね返してくれる』『攻撃でチャンスを作ってくれる』と信頼されて、ここぞというときに使ってもらえる選手になりたいです。
ハットさんに求められることをしっかりやりつつ、特徴を出していかないと、自分が今治にいる意味がない。そこは今、一番、意識しています。一対一では絶対に負けず、上がるタイミングを絶対に逃したくないです。
そして、点を取れるサイドバックになりたいですね。勝手な自分のイメージなんですが、強いチーム、魅力的なサッカーをするチームでは、サイドバックが得点源になっていると思うんです。もちろん守備の選手ですから、ディフェンス面でやるべきことはたくさんありますが、それにプラスしてアシストだったり、自らの得点でFC今治の勝利に貢献できるようなサイドバックになりたいです。
取材·構成/大中祐二