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プレシャス

2009年の映画「プレシャス」はたまに見返すことがある。友人と試写会で鑑賞したのだが、予想よりだいぶ重い社会派ドラマで、いまほど映画にはまってなかった私は友人とうまい議論もできず、お礼だけ伝え帰宅してしまった。

舞台は1987年のニューヨーク、ハーレム。主人公のプレシャスは父親に性的虐待されている。生活保護で生きていければいいと考える母親には憎まれ、殴られ、果てに父親の2人目のこどもを産む。1人目はダウン症で祖母が預かっており、月に1度、ソーシャルワーカーとの面会時だけプレシャスの家にやってくる。

生活保護担当のケースワーカー役にマライア・キャリー(ノーメイクでびっくり)教師役にポーラ・パットン、母親役がモニーク。そして主演の新人・ガボレイ、すべていうことなしの配役。スリー・ビルボードに出てたディクソン巡査の家族に通ずるところもあり、アメリカの貧困層の描き方は果てしなく上手く、なにより絶望的でもある。

プレシャスが出産でお世話になったナース・ジョン役はなんどレニー・クラヴィッツ。惚れ直すよね。もっと役者やってほしかったな


後半、父親から娘への虐待をなぜ許したのか、それをケースワーカーの前で延々と母親が語る場面。母親役のモニークのアカデミー助演女優賞はさすがとしかいえない。「あたしには亭主と赤ん坊がいた」「あたしを抱くはずの男が娘とヤってた」「じゃあ誰があたしを愛してくれるの」娘に亭主を奪われたと訴え、機能不全の母親の姿。自分を愛せないひとが目をつむれば、周りを不幸にする遠心力が加速する。


昔、まさにモニークのような母親から逃げてきたひとがいた。アメリカでインターンシップをしていた頃の同僚で、180㎝ちかくある大柄な黒人女性、アンジェラは26歳で10歳を筆頭に3人こどもがいて昼間はコミュニティカレッジ、夜はホテルで一緒にフロントデスクで働いていた。彼女の話を聞いていたら「プレシャス」は他人事には感じられなかった。長女の父親は母親の彼氏、次の双子はヤク中で死んでしまった彼氏の子。肝っ玉母さんぽい側面と彼氏が欲しいとぼやく少女のような素顔と、任せられた仕事をきちんとこなす性格があわさって、とても魅力的なひとだった。

彼女は高校在学中に妊娠したため休学し、学費を稼いでから24歳で地元のコミュニティカレッジに入学した。アメリカは成人してから大学に戻るひとが珍しくない。一般教養のアメリカ文学で学ぶ「ベオウルフ」や「シェイクスピア」のソネットを読んだ彼女は、目を白黒させていた。そのうち「新聞の経済欄が読めるようになった」「ヒストリーチャンネルの単語がわかる」と毎日語る姿が印象的だった。大学の授業で書いたエッセイを見せたら神扱いされて、宿題をみてあげることになって代りにブラックカルチャーを教えてもらい、私が趣味で参加してたポエトリーリーディングにも連れて行って、一緒にE.E. Cummingやバイロンを朗読した。アメリカの教育格差を肌で感じた出来事であり、学びのチャンスはあったら掴まなきゃだめだと強く感じたのがこのころ。


映画のプレシャスが通っていた代替学校で、迷える若者に教育の道を与えるブルー先生を演じるのはポーラ・パットン。父親のレイプにより2度目の妊娠、高校を退学になったプレシャスは校長先生の計らいで代替学校 - E.O.T.O Each One Teach One に通いはじめ、小学6年生レベルの読み書きもあやうかったプレシャスに学ぶ喜びを教えていく。

ブルー先生の【女性のパートナーがいる】設定には驚いたけれど映画原作となった小説「プッシュ」著者のサファイア自身もレズビアンらしい。

「みんなを照らす光をもつ人 そのひとがトンネルで迷ったら 自分の光しか頼るものがないんだ」「その長いトンネルを抜けたら またみんなを照らすんだ」「ブルー先生はあたしの光」

この瞬間ポーラ・パットンに恋におちました ええ 落ちましたとも(彼女がロビン・シックと結婚してたの信じられん)

プレシャスとブルー先生、その彼女


2人のこどもたちを引き連れ、前をむいて歩き始めるプレシャスに感じたものはなんだったのか、よくわからない。励まされたとか、勇気をもらったとか、そんなチープな感想ではなかった。

エンディングにでる字幕は、どこかずっしりと心にささる。

 - for precious girls everywhere すべての愛しい女の子たちへ 



写真はIMDBより。


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