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"1st weekly" Sep.

交代浴が気持ちいい季節の某日某所。昔バスケをやっていた方との会話。

「最近走ってますか?」
「ヒザが痛いんで、走りたいですね」

「昔から走るのが好きだったんですか?」
「いやー嫌いでしたね。バスケとかわざわざ自分で走らなくてもめちゃくちゃ走りますからね」
「ほんとに走りますよね」

「そういえば、小さいころかけっこがすごい苦手でした」
「えーあんまり見えないですね」

「バレーボールをやってる子が体をぐいぐい入れてくるんですよ。それがすごい嫌で、コースを譲っちゃうんですよね」
「わたしも嫌でした。反射的に譲りますね。ああいうのってバレーの子だけじゃないですか」

「あいつら"ファウル"の概念がまるまるないですからね。"たとえ自分が勝つためであっても、相手にぶつかるのはあかん"とか微塵も思わないんでしょうね」

「絶対それですよ。そうか。ファウルがないせいです。ほんとに遠慮なく押してきますよね」


「こっちはプッシング5回で退場ですからね」
「そうですそうです」

「いやーあれはないですよね」
「思い出しますね」


(以下略)


この後、この方とバスケで1試合あたりいくつファウルをもらったことがあるかの話で盛り上がる。ちなみにわたしは最大4つだ。(この方は曰く「3つかな」)

すこぶる調子のいい日で少しだけ点を取っており「このまま退場してもべつにいいや」とまったく気にも留めなかった。交代もできるしいいだろ。もう好き放題やろう。みたいな。(典型的な気持ちがキレやすいタイプ)

しかし、今になってファウルのない競技のことを考えてみると、貰ったファウルの数はそれなりに気にした方がいいように思えてくるから不思議だ。


          **


日曜は問答無用でお休み。一応、すべての怪我や不調からの解放を感じるのも日曜日。

今週はたいして走れなかったなあ。

左膝も皿の奥の方が痛んだり、外側が痛くなったり、痛みが引く時期があったりとアップダウンをそれなりに感じた。非常に悔しい。

困ってるのでここはひとつGoogle先生にお伺いを立てる。


バスケをやめたのが大昔なせいで記憶が飛んでおり、この世から「テーピング」「固定」の概念が抜けていた。これではファウルのない競技を非常識だと笑えない。(いや、ありえないって笑ったりしてない)


続いて↓

筋力が足りないから膝が痛くなるのか。実にシンプル。

しかし、膝が痛いときに筋トレをやって良いものか。うーん。ランニングの世界の右も左もわからん。



最後に↓

人によってアドバイスも様々なんだな。
休養、筋トレ、フォーム、体幹、ドクター。

正直なところ、こういうときは身近に経験者の先輩がいたらあれこれ聞きたい。リアル神野さんのような存在が身近にいてくださったらいいなあ。(ゆえに現時点で理想の上司ランキング心のベスト10・第1位はぶっちぎりで神野さんな気がする)

筋トレ、体幹...どれを選んでいいか分からず自信がないのが窺い知れる日誌となったな。


痛みのある日は休む

3つの記事に共通するのが「痛みがあるなら休むべし」だった。歯痒いことこの上ないが、誰に対する歯痒さかなんてこの際マジでどうでもいい。

とっとと休養して、膝に負担がかからんように過ごし、体幹なり筋トレなりを文句を言わずに継続する。ここまでやってはじめて、フォームを改善するフェーズに行ける。



          *



ランナー膝。

いつも思いを馳せるのがスポーツ障害のネーミングセンスのどうしようもなさである。「テニス肘」「スポーツ心臓」「ランナー膝」...ピン芸人の芸名か。(病名にキレても仕方ないけどとにかく非常にお怒りのようです)


休むしかないというか、休むのも練習のうちである気がしてきた。せっかくだったら、どうせ休むにも楽しく休みたいところ。

寝坊しない程度にたくさん寝て、お好きなように過ごす。走っていたらできないこと、かつ膝に負担をかけず一切使わなくていいことに遠慮なくどんどん励もう。


走る次にやりたいことか。ずっと考えているのだが、さっぱり頭に浮かばないんだよな。筋トレを始めるまでは、走るのと同じくらいアドレナリンがバシバシ出るような行為がこの世にあるのだろうか。

己に考える隙を与えず、家事から勉強に至るまで人生のやるべきことを早朝に繰り上げるもよかろう。正直気が重いけど、こうでもしないと膝が治るまで完全に間がもたない。


ぐつぐつと煮えたぎるものを腹の底に感じる。悔しさだけで美味いシチューができそうだ。まだ暑いのにシチューかよ。

いっそこの煮えたぎるフラストレーションに味を付けてべろっと食べてしまいたい。


          ***

気を取り直して。


講義みたいで好きなムービー。

GKは言語化が上手な人が多い気がするが、普段やっていることがあまりに繊細な作業ゆえむしろそうならざるを得ないのかもしれない。


栗栖の言う「速いシュートいっぱいくるんだ」とは果たしてどんな感覚なのか? 言わんとすることは分かる気がするが、大体の素人は「シュート速い」と感じる前の段階でシュートは決まってしまうものだと思う。

つまり、シュートが速いかダルいかの判断もマツケン&栗栖レベルになるともはやエスパーの域で高速なのだろう。あのスピードで飛んでくるんだから、振る前にある程度ヤマは張りつつも、鬼のような反射神経で応じるのか。なんだかちょっとボクサーのようだ。

飛んでくるシュートを予測するのが楽しいのか、駆け引きが楽しいのか、逆をつかれても止めちゃうのが楽しいのか、なんだかんだ試合に勝つのがすごくうれしいのかによって同じ"止める楽しさ"は何千通りも語れそうである。ゴールを守って生きていく人たちは、もしかしたらこれら全部が悦びなんだろうか。すごい密度だな。



キーパーの選手は往々にして「このポジションを好きになったのは止めるのが楽しかったから」と言う。とはいえ、なんせチームに4人とかしかいないのでデータも少ない。

それに輪をかけるようにキーパー目線の解説も記事もすごく少ない。「どんな人がゴールを守っているのか」に関する認識には誤解も多いんだろうなあ。

だいたい「独特な感性」とか「マイペース」「孤高」で守護神が評される記事を見ると「この記者さんには切り込めない選手なんだな」とこちらもある程度は空気を読む。

でも、課金して記事を読むときは「本当は何がどう独特なのか」「どれくらいマイペースにこだわるのか」くらいは知りたいものである。



だからGK出身のライターさんとか解説者さんとかが増えると楽しいなあと思うし、キーパー経験者の人にはどんどん本を出してほしい。動画にもいっぱい出てほしい。わたしも読もう。

しかしわたしだって彼らがとりわけめちゃくちゃ練習するポジションだということくらいは分かる。繊細な仕事をしていると、一日があっという間でたとえ何時間あっても足りないものである。


みたいな感覚をマツケン&栗栖のムービーを見ていて思い出し、新しい週の始まりに思いを馳せる。

わたしががんばるのは明日から。(月並み)

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