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The Youthful Memories⑥

6th track 『追憶のマーメイド』

 朝はチーちゃんの家の居間で寝ている所をユミコさんに起こされた。優しいパンの香りが部屋を包んでいた。カーテンで部屋は暗くされていたが、その隙間から強烈な朝日が差し込んでいた。僕は寝ぼけ目でユミコさんに挨拶と泊めて貰ったお礼をして、顔を洗いに行った。チーちゃんはまだ寝ているようだ。『もうすぐご飯出来るからチヒロを起こして来てくれない?2階の奥の部屋』ユミコさんにそう言われ僕はチーちゃんを起こしに行った。ノックを2回し、小さな声で
「チーちゃん?起きてる?」
と言ってみたが無反応だった。僕は勇気を出してドアを開けた。チーちゃんの部屋はシンプルであまり女の子らしさを感じなかった。白とモスグリーンを基調にした物の少ない部屋でチーちゃんは夏なのにタオルケットに全身くるまっていて蛹のような体制で壁に顔を向け丸まっていた。
「チーちゃん?」
まだ無反応だ。僕は部屋のドアを静かに閉めてチーちゃんの顔を覗き込んだ。スヤスヤと平和そうに眠るチーちゃんは子猫みたいに見えた。僕はチーちゃんの事が愛しくなって、タオルケットを肩まで剥いで頬にキスをした。起きるまで何度もした。10回くらいのキスでやっとチーちゃんは起きて、最初は状況理解してなかったようだが急に理解をして『お母さんは?』と聞いた。
「下で朝ごはん作ってるよ。もう出来るってさ。お父さんは朝市に行ったって。おはよう。」
僕はそう言うともう1度チーちゃんを抱いてキスをかわそうとしたが、チーちゃんに拒まれてしまった。
「今日からはまた今まで通りにしないと。。。」
「。。。そうだね。チーちゃんの寝顔が可愛かったから、つい。ごめん。」
僕はそう言って部屋を出て行こうとした。
「待って。」
チーちゃんが追いかけて来て、僕の手を引き振り向かせキスをしてきた。僕は素直にに応え抱き合った。触れる頬が冷たい。肩も小刻みに震えている。チーちゃんは泣いているのか。僕も悲しみが込み上げ泣きそうになった。長いディープキスの後チーちゃんは身体を離して、
「全部お母さんに言って認めてもらっちゃおーか。」
と泣き笑いの顔で言った。
「そうしたいけど。。。」
『無理だよ』の言葉は声にならなかった。
「ウソ。わかってる。」
「うん。オレももう覚悟したから。」
「次が最後のキス。2人ともこれで全部忘れよう。」
「うん。」
そう言うと僕たちは2人抱き合ってまた長いキスをした。2人とも声に出さず泣いていた。チーちゃんの温もりと香りと柔らかさを深く記憶に刻み込もうと、強く強く抱き締めた。
「カケルくーん?チヒロ起きたー?」
ユミコさんの声で僕たちは引き離された。まだまだキスを続けたかったし、抱き足りなかった。だけどもう時間がそれを許さなかった。チーちゃんはくるりと背を向けると
「さ、行って!私も着替えてすぐ行くからさ!」
と言って涙声に無理やり作った明るさを乗せて言った。僕は『うん』と言って洗面所に向かい、涙で濡れた顔を洗いユミコさんのいる居間に戻った。勤めて平静を装ったが、心は激しく乱れていた。
「チヒロなかなか起きないでしょう?あの子昔から寝起き悪いのよねぇ。」
「うん。。。」
「カケルくんパンは焼いていい?」
「うん。。。」
まともな返事が出来てなかった。

 朝食を済ませ少し休んで早々に僕はチーちゃんに送ってもらう事にした。今日の13時の東京行きの新幹線に間に合わせなければいけなかった。時計はもう10時を回っていた。帰りの車の中の2人は無言だった。名残惜しさが作った静寂の海が満ちていて、何かの言葉がきっかけで涙のトリガーを引いてしまいそうな緊張感だった。車内を流れるイエモンの『追憶のマーメイド』が僕ら2人の事を歌っているように聞こえた。

空が太陽を抱き まどろむ君は僕に
しつこいほどディープな キスをせがみ

”ねぇ私は誰よりも 貴方を愛してる”と
僕より残酷な 歌を歌う

はかない人魚のように夜が明けたら
海の中消えてゆく ああ

ああ 僕はまだ若さを裏切る事できずに
君の中に咲いた欲望だけ見た

やわらか乱れ髪に指をからめて
泳いでく誘惑の海に

まぶしい身体にこの胸を焦がして
溺れてくどこまでも時を止めたまま

海より激しく苦しいこの恋よ
追憶のマーメイド Forever

夕闇せまり最後の夜が明けたら
泳いでく静寂の海に

眩しい笑顔にこの胸を焦がして
溺れてくどこまでも強く抱いたまま

海より深くて苦しいこの恋よ
二人は記憶に永遠のカギをかけ

さよなら真夏に燃えて終る恋よ
追憶のマーメイド Forever

僕は車を降りる時に一言、
「チーちゃんありがとう、大好きだよ」
と言った。チーちゃんは涙声で
「ありがとう、私も大好きだよ」
と言った。僕は助手席のドアを閉め涙目で車を見送った。チーちゃんは潤んだ瞳で僕を少しだけ見つめ、その後無理やり笑顔を作り車を発進させた。そして振り返る事なく家へと向かって行った。

 さようなら。真夏に燃えて終わる恋よ。チーちゃんは僕の追憶のマーメイドになろうとしていた。歳上の人魚姫はもう夜が明け静寂の海へと帰ってしまった。今の2人には昨晩の記憶に永遠の鍵をかけ、宝物として大切にすること以外出来ることはなかった。



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