特集 「 余白 」 をふりかえる
こんにちは。
24号〜29号の3年間在籍したFASTNER.をこの度卒業する、デザイナーのMです。
最後だと思うとどうしても伝えたいことが溢れてきたので、少し長くなりますがお付き合いいただけると嬉しいです。
新刊のお知らせ
春の陽気に心躍りつつ、別れの季節でもある3月。
FASTNER.29号特集「瞳を閉じて京都を感じる」の発刊が近付いてまいりました。
瞳を閉じて思い出す京都の記憶、香り、音、人の温かさをぎゅっと閉じ込めています。卒業にともなってこれから京都を去る人、学生時代京都で過ごした人にぜひ届けたい一冊です。
京都を中心に少しづつ範囲を広げて設置予定ですので、お見かけの際はぜひお手にとってみてください。
前号特集、「余白」をふりかえる
さて今回は、新刊について語る前に、前号の28号特集「余白」について、込めた想いや制作の裏側をお届けしようと思います。
「余白を考えること自体、余白を見失わせてしまう」(誌面p8より)ジレンマによってなかなか意図を説明することが難しい一冊。編集部としても「余白とは何か」を考え続けた制作期間となりました。
実はこの特集は私が案を出して採用されたものになるのですが、メンバーたちが頭を抱えながら企画を練ってくれている姿を見て「こんな難しいのにしちゃってごめん….」と申し訳なく思ったりもしました。
それでも悩み抜いて完成された一冊は、過去まれに見る文章ボリューム、最大ページ数!余白を考え続けるとこんなにも豊かで鮮やかな誌面になるのかと、とっても面白い現象に出会った気がします。
それでは、そんな不思議な力を持つ「余白」にたどり着いた経緯をお話していきます。
影響を受けたもの
まず、FASTNER.と「余白」がぼんやり結びついたきっかけがありました。FASTNER.らしさって何だろう?そんな話をメンバー間で話していると、「なんか、落ち着いて静かなところで読みたいよね」という声が出てきました。
その分かりやすい理由の一つが、「デザインに余白があるから」ではないかということも話しました。
確かにFASTNER.の誌面のデザインを遡ってみてみると、余白を広くとったものが多いことに気付きます。それは特にそういうルールが共有されている訳ではなく、歴代のメンバーが各々で「心に余裕を持って読んでほしい」と思っていることが表れているのだと思います。
そして私が「余白」をはっきり意識したのは、無印良品のブランディングも手がけるデザイナー・原研哉の「白」という本を読んだことがきっかけでした。
色としての「白」を紐解くきっかけとして「空白」「空っぽ」「empty」という概念を考察するという内容です。その中にこんな描写がありました。
余白に美しさを見出してきた日本、そして日本文化の中核であった京都。京都に根付く価値観と、FASTNER.が大切にしてきた価値観に、もしかしたら共通点があるのではないか、と考えました。
「足りない」「何もない」ことは、意味がなく、生産性がないと捉えられがちで、「無駄で、余計で、いらないもの」として排除される対象にもなってしまいます。言葉足らずは補足され、ぼーっとする時間を過ごしてしまうと無駄だったと後悔したり。
FASTNER.は、学生目線、つまり「利益を考えずに時間をかけられる視点」を大切にしています。そんな視点で余白を見つめること自体に、意味があるのではないか。そんな抽象的な問いを立て、特集として提案しました。
この時、他にメンバーが出してくれた特集案は「学生」「寄り道」「散歩」「二十歳」などがありました。
「今の目線でしか作れないもの」「何か決まっているものから外れたものを扱いたいこと」という共通する想いを全体に感じました。「空白の1年」とも言われるコロナ禍を経験したからこそ出てきたのかもしれません。
たくさん出てきた特集を包括できる可能性があるという理由もあって、多数決で特集「余白」に決定し、制作が始まりました。
余白があるプロセス
そんな全員の想いを受け止める器となるべく決定された特集「余白」。実は制作のプロセスも、「全員の意志が反映される」ことを目指して、今号から改善されたのでした。
前号までは、特集の考案者が、特集の中身である細かいコンテンツまでも考えて発表していました。初めから具体的な企画が決まっていることは制作が進めやすい面もあったのですが、何人もいるメンバーそれぞれが主体的に考え誌面に反映させることが難しい状況にありました。
そこで今号からは、特集の大枠のみを投票で決定することになりました。つまり私が考えたのはコンセプトのみです。
そこから「企画・デザイナー・カメラマン」をワンチームとし、5つくらいのチームを作ります。どんなコンテンツにするかは完全にチームに託される、というしくみです。
結果的に、「心の穴」をテーマにした恋愛小説や、夢のつづきを見る方法など、私だったら絶対思いつかないような豊かな誌面になりました。これも、「全てを決めすぎない」余白の魅力だと思います。
ちなみに、これまで基本的に企画役職のメンバーのみが特集案を提出していたところ、「全員の意志が反映される」ことを目指したプロセスの改善によって、私みたいなデザイナーでも役職を越えて特集案を出しやすい雰囲気になりました。
改善に奔走してくれた代表に感謝です…!
見どころ紹介
表紙
私は撮影に立ち会えなかったのですが、表紙撮影は8月、大文字山で行われました。炎天下の中1時間かけて登山したそうです。
重い機材を抱えたカメラマン、過酷な登山をさせてしまったモデルさん、本当にお疲れ様でした。40度近い気温だったのにも関わらず、モデルさんは涼しげな表情で表紙を飾ってくれました。流石です...!
京都の街が一望でき、空の広がりが美しい表紙になりました。「余白」特集にふさわしい表紙です。
京都の余白
ライブハウスの聖地「coffee house 拾得」のオーナー・テリーさん、そして古道具屋「itou」オーナー伊藤さんにそれぞれお話を伺いました。
本来雑誌の取材であれば事前に企画意図や質問を共有するものですが、まさかのFASTNER.側が「余白をテーマにしたものの、何をどうやって聞けばいいのかわからない」状態でした。「こういう特集をするんですけど、何かお話してくれませんか」というだけの無理なお願いを、お二方は快く引き受けてくださいました。ありがとうございました…!
取材は受け入れてくださったものの、実は拾得へお伺いしたことがなく、取材前に観客として訪れました。テリーさんはあくまでコーヒーハウスだと仰る通り、他のライブハウスとは明らかに異なる空間が広がっています。
その時出演していた方が「憧れの捨得のステージに立つことができるなんて」と仰っていたのが印象的で、この場所がいかに愛されている空間なのかを感じました。
私が特にお気に入りなのはitouさんの記事です。
itouは、「モノを並べるのが好き」という伊藤さんが、全国から心惹かれたモノを集め、心地よく並べているお店です。まるで店内はギャラリーみたいで、空間全体が調和の取れた作品のようだと感じました。
そんな「モノとモノの距離」「空間全体のバランス」を普段から意識しているからこそ出てきた「余白」についての言葉。つい自分の部屋を見渡してしまいます。
雨のち、たいやき
実はこの小説は、予定していたとある企画が無くなってしまい、「空いた2ページをどう使おうか」というところから出発したのでした。まさに、余白から生まれた物語です。
余白に絡めた面白い読み方をしてもらいたいということで、参考にしたのは「ウミガメのスープ」。
ウミガメのスープとは、シチュエーションパズルとも呼ばれる一種のゲームです。物語の中に一見理不尽そうに見える結末が用意されており、解答者は出題者が「はい」か「いいえ」で答えられる質問の回答のみを手掛かりにして真相を解き明かさなくてはなりません。
一見「なんでそうなった?」という結末の物語を用意し、読者に答えを想像してもらう。そしてinstagramで種明かしをする、という仕組みの企画を考えました。
私は仕組みを考えただけで、内容については検討もつかなかったのですが、このチームはそんな厄介すぎる条件をうまく扱い、見事な物語に仕上げてくれました。
架空の「京都のたいやき屋」が登場するのですが、立地の描写が巧みすぎて本当にあるのかと錯覚します。
種明かし投稿はこちら。ぜひ本誌を読み終えてからご覧になってください。
他にもまだまだ書ききれない見どころがたくさんあるのですが、この辺りで。
最後に
最近、とっても嬉しいことがありました。
京都旅行中にFASTNER.を偶然見かけ、読んでくださった方からひとつのご感想をいただいたことです。なんと帰宅後遠方から他の号の郵送を注文してくださって、その際にいただいたメッセージでした。何重にも嬉しい出来事です。
フリーマガジンは、読者の顔がほとんど見えません。半年間、悩みながら時間をかけて制作して、4000部近く街にばら撒いても、一体誰が読んでくれているのか、どう思ってくれたのか、読者に何か残せたのか、全くと言っていいほど情報がないのです。実のところ、誌面に付いているアンケートの解答率もとても低かったりします。
特に今回は「余白」という想像しづらい内容で、手にとってもらいにくいんじゃないかという不安がありました。
その中で、たった一つのメッセージだけで、少なくとも誰か一人には届いたということを知り、本当に救われました。
私たちFASTNER.は、利益を求めていないぶん、自分たちの伝えたいことが誰か一人にでも届くことを信じるしかないのです。
もしよろしければ、何か一言でもご感想をいただけると大変励みになります。
私がFASTNER.と出会ったのは、今から約5年前のことです。進路に迷っていた高校生のころに偶然FASTNER.を手に取り、そのクオリティの高さにびっくりして、いつかここに入りたいと何年も大切に持っていました。この経験があったからこそ、どれだけ読者の顔が見えなくても、やっぱり誰かに届くことを信じたくなります。
私が関わったFASTNER.もそんなふうに誰かに大切に思ってもらえていたら嬉しいな〜…とぼんやり思っていたところ、「街で見かけて知りました」という方から加入希望の連絡がちらほら届いていることに気づきました。FASTNER.に惹かれた人たちが集まり、作り、広めて、それに惹かれた人たちがまた集まってくる循環に、なんだか胸がいっぱいになります。
これからもFASTNER.は、メンバーのやりたいことを発揮させつつ、誰か一人にでも想いが届くように、日々作り続けていきます。
新刊「瞳を閉じて京都を感じる」ぜひお楽しみに。
そして3年間、素敵な経験と思い出をありがとうございました!
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