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Photo by
hi_mitsuke
ハチミツは|#シロクマ文芸部
「ハチミツは喉にいいらしいよ。」
しばらくスマホを覗き込んでいた彼が言った。
「マヌカハニーっていうのがいいんだって。買ってくるよ。」
そう言うと、彼は身支度をし始めた。
38度の熱と、喉の痛み。市販の風邪薬を飲んだけど、まるで効いている実感もなく、ベッドで丸くなっている私。本来なら、楽しい予定でいっぱいになるはずだった週末の午後が、無情に過ぎていく。
「気をつけてね。」
痛む喉から、絞り出すように声を掛けると、彼は「うん。」と小さくうなずいた。
一人暮らしの私のアパートから、カンカン、と階段を降りて行く彼の足音が聞こえる。その足音は徐々に遠ざかり、やがて静寂が私を包んだ。
静けさからは、不安と心細さしか感じられなかった。ハチミツなんかどうでもいいから、早く帰ってきて、早く、早く。熱でボーッとした頭で、そんなことを考えていると、近づいてくる足音が聞こえた。それは、カンカン、と階段を上り、私の部屋の前で止まった。期待に胸をふくらませていると、ガタンとポストに何かが落ちる音がした。期待していた気持ちが、一気にしぼんでいく。
まだかな、まだかな。自分でも子供みたいだな、と思うけれど、それしか考えられない。
カンカンと、階段を上る音で目が覚めた。眠ってしまっていたようだ。帰ってきた彼が言う。
「ハチミツ、買ってきたよ。」
甘いハチミツを舐めながら、彼を見つめる。ずっと一緒にいれたらいいな、ずっと一緒にいたいな。この気持ちが、変わらないといいな。