2024年⭐︎冬至のテーマ「自分にはこれしかない」を突破する!
こんにちは。スピリチュアルネイティブのタケルです。
前の記事でも書いたけど、個人的に、秋分から冬至にかけての向き合いテーマは、「実存」。どうも自分や周り、旅で出会う人たち、はたまた占いセッションをしながら、
自分という存在を、自分がどう感じているか?
がテーマになっている人が多いなと思う。これを読んでいるあなたはどうだろうか?
俺がこれまで経験したきた限り、四節には何らかの「向き合い・掘り下げテーマ」が生じやすい。そして、縁ある人たち同士の中では、たいてい同じテーマに向き合っていることがほとんどだ。
もちろん、そんなの全く感じない人もいるだろうし、全く別のテーマに向き合っている人もたくさんいる。ただ、もし今これを読んでくれている人は、もしかしたら同じテーマなのかも知れないね。
例えばうちのモモの場合、最近、仕事のやり方でふと喧嘩になった時、こんなことを言い出したんだ。
「それ以上意見しないでよ! このやり方を否定されたら、私がやる必要なんてないんだから。私にはこれしかないんだから!」
それは本当にちょっとした作業のことで言い合いになっただけなんだけど、モモはまるで、自分の仕事のやり方=自分の存在証明そのもの、であるかのような口振りで、とても切実に怒り始めたんだ。
何が自分の存在証明か?
以前、ある売れっ子漫画家さんにインタビューした時も、帰り際に同じことを言っていた。
「僕はこれ(漫画)しかないから。連載を続けて、漫画を作り続けることだけが、自分の存在証明なんです」
彼がそう言った時、同席していた編集者も、スタッフも、みんな「さすが天才はいうことが違う」くらいの眼差しで、感嘆していたっけ。でも俺は内心、「いや、それって…」と微妙な気持ちになった。
案の定、その方はしばらくして長い休載期間に入っていった。
とはいえ俺にも正直、心当たりはある。やはりいっとき、周りの友人に相談ばかりされすぎて、「俺ってこれしか役割がないのかな」と、柄にもなく考え込んでいた時期がある。
つまり、みんな自信がないんだ。自分がここに存在できるのには、何か証明できることがないとダメなんだ、って、思い込んでいるってこと。
俺の周りでは、そんな感じで「自分にとっての社会での立ち位置」について考え込むあまり、知らぬまに「この役割ことが私であり、存在証明になる」と思い込んでしまっている状態の人が多いんだ。
冬至に向けて炙り出されてくるもの
おそらく一定の人は、この「自分の存在感問題」と、向き合っているのではないだろうか。
もしくは、いやでも向き合わされてる人も多いように思う。
もしかしたら、自分にとっての存在証明だったはずの役割や仕事から、思いがけず外されてしまう、または外れるような不安に襲われている人もいるのかも知れない。
だけど、大丈夫だ。
もし今そういう状態なら、それは順調に、ありのままの自分への回帰が始まっている証拠。あなたが社会で存在するために身につけた鎧を、ゆっくりと脱いでいっているプロセスに入っている証だ。
だから、まずは怯えなくていい。そして、いつの間にか存在証明だと思っていたことに対して、
「本当に自分を存在させているのは、これだけなのだろうか?」
と自問自答してみてほしい。
読んでくれて、ありがとう。
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