ショートショート【星が降る】シロクマ文芸部参加作品「月と星」
星が降る。
木々の間から差し込む日の光の下で目を閉じると瞼の裏に無数の星が降る。
暖かくて気持ちがいい。思わず伸びをしながら歩を進める。
「いやー小春日和だねぇ」
花見の出店を遠くから眺めて、穏やかに呟く。
「お前、それは」
呆れ顔の父が何か言いかけたのを遮り、妻が笑った。
「むつ君、それは冬の季語なんだよ」
父も同じことが言いたかったようで、後ろから頷いていた。
母は気にせず団子を頬張っている。
アウトドアが好きな父は、よく僕たちをキャンプに連れて行った。
「今夜はペルセウス流星群だからな。晴れたら綺麗だぞ」
年甲斐もなくウキウキと話す父は、大きな肉を網の上で豪快に焼いていく。
「こんなに飲んでるのに起きてられるかなぁ」
火起こしと調理を担当した僕は、缶ビールを飲みながら既に疲れている。
「えー。絶対起きててよ?涼しいし気持ちいいじゃん!見たい!」
日本酒を飲んでいた妻は、何やらポーズを決めて、こちらを指差す。
「絶好調だね。だけど指を差すのは、やめてね」
はーい。膨れ面をした妻は、それでもニコニコと笑っていた。
母は鮎の串焼きを食べている。
夜は曇りで星は、見れなかった。
「紅葉を見に行こうか」
車を借りて、紅葉の名所に辿り着いた時には、もう日が暮れていた。
ライトアップで照らされた紅葉の下。二人で何枚も、何枚も写真を撮る。
「来年は、もっと明るい時間に来たいね」
手に息を吹きかけながら震えた声で、妻は身を震わせた。
「そうだね。もっと早く言えばよかった」
同じようにして、僕も身を震わせた。
もうすぐ師走。妻は一枚の紙を持ってきた。
「これにね。サインしてほしい」
「どうして?」
沈黙の間、幸せそうなテレビの音。そのギャップに現実感がない。
「病気が、再発しました」
聞き逃しそうな小さな声で、途切れ途切れに息を吐いてそう答えた。
「どうして、一緒にいるよ」
「いられないから!」
大きな声。目を真っ赤にして、肩で息をして叫ぶ。
「最後まで迷惑かけたくないの。むつ君には私を忘れて幸せになってほしいの。お願いだから。辛くなるから」
星が降る。
星が降る。
星が降る。
ねぇ、小春日和は冬の季語だって教えてくれたね。
ねぇ、晴れてる。流星群綺麗だよ。
ねぇ、やっぱり紅葉は明るい時間の方が綺麗だよ。
ねぇ、どっちを選んでも一緒だったんじゃないかな。
ねぇ、どっちを選べばよかったんだろう。
どっちが、幸せだったのかな。
星が、なくなった。
参加させていただきました。
読んでいただきありがとうございました。