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江波小学校の悲しい思い出「地獄の三学期」その⑤父の事件 家族全員逮捕‼?

転校の理由は父親の転勤でした
当時 父親は国鉄職員で己斐から 
岩国に転勤になっていたのです
岩国駅の官舎が空いたから そこに住むのだと母親は言いました
坊太郎のためではなかったんです

終業式が終わるとすぐに荷造りが始まりました
大して家財道具もない家でしたが
荷造りとなると それなりに大変です
母親は炊事 洗濯をしながらですから
てんてこ舞いでした
しかし なぜか父親は「変」でした
非番の日に荷造りを始めても
荷物の上に座ったまま じっとしていたり
突然 どこかに出かけていって
夜中まで帰って来なかったり
かと思うと 早朝に起き出して
いきなり水風呂を浴びたりするのです
普段は温厚で優しい父です
カープが好きで
買ってもらったグローブとミットで
父とキャッチボールをするのが楽しみだったのですが
普段の父とは違うけどなあ
と なんとなく感じていました

そして 引っ越しの日です
朝 早くに引っ越しの人が来てくれました
江波の町は路地が狭くてトラックが入れません
港のあたりにトラックを停め
あとはリアカーで往復です
昼前に積み込みが終わり トラックを家族で見送りました

どうだ?坊主 おっちゃんと一緒にトラックで行くか?

運ちゃんが言いました
トラックに乗せてもらいたかったのですが
なんとなく父が気になって クビを横に振りました

トラックを見送った後は
引っ越し先の岩国に行くだけです
一張羅の服に着替え 水筒を肩にかけ 荷物を持って
家族四人で江波を後にしました
港の停留所でバスに乗り 広島駅に向うのですが
市役所のバス停についた時
その事件は起こりました

おい わりゃ なに笑いよんな

突然 父が大声でわめいたのです
近くに居た車掌が 父を見て笑ったというのですが
明らかにイチャモンでした
坊太郎は父のそばに居たので 断言できます

そんな 笑ったりしてませんよ

穏やかに返す若い車掌さんでしたが
父の方はヒートアップするばかりで収まりません

うそいうなや 笑いよったろうがや
ちょーしんのんなよ こんなあ

バスが停留所に着くと 
父はやめて下さいとなだめる車掌さんの
首根っこをつかんで バスから引きずり卸すじゃありませんか

※父は小柄で痩せっぽっちで 腕力はありません
 これまで喧嘩なんかしたことなかったし
 たとえ喧嘩したとしても最弱の部類だっただろうことは
 幼い坊太郎にもわかりました

バス停には大勢の野次馬が集まってきて大騒ぎになっています

おとーーさん やめて やめてや

母親は青くなって 父をなだめ
姉は泣きながらも 父の腰に抱きついています
坊太郎はというと
ただこわくて こわくて
身動きさえできなかったのですが
震えている坊太郎の視線の先に
見覚えのある人を見つけました
そうです
あの 大好きだった平井先生です
 
もうこの町には戻れない

暴れる父 止める母 姉
必死で逃げる若い車掌
それを見ている平井先生

まるで悪夢のようでした

すぐにパトカーが来ました

わしゃ 悪うない こんにが わしを馬鹿にするけえ

父は警察官にも そう喚いていました
父がパトカーに押し込まれると
母と姉と坊太郎は もう一台のパトカーに乗せられました
家族全員逮捕‼
まさにこの世の地獄でした

しかし 着いた先は警察署ではなく
比治山病院でした
父親は袖の長いエプロンみたいな服を着せられ
「神経科」
と看板の出ている 病棟につれて行かれました

措置入院というやつです
当分 出られないでしょう


医師は冷たく そう告げました

とにかく江波の家に帰りたい
とも思いましたが
もう荷物は出たあと
家には何もありません
それに 全部バレてしまった以上
帰りたくても 帰るところはありません

岩国を知っているのは父だけでした
母も姉も 坊太郎も
岩国なんて町 行ったこともありません
何にも知らない坊太郎たち三人が
無言で岩国を目指しました

行くも地獄 戻るも地獄
これぞまさに「地獄の三学期」
一巻の終わり ドンドンドン‼

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