旭山動物園に電気柵を 動物を見つめる者同士の結びつき
はじめに
私が訪れた頃、1994年(平成6年)の旭山動物園は、こう言ってしまってはなんですが、ほぼ壊滅状態でした。
その最も大きな原因は、エキノコックス症です。
経営難に加えて人気動物の病死、風評被害と悪い事態が続くわけですから、園にとって一番のピンチだったのではないかと思います。すべてを払拭して立て直すには、園の動物たちを野生のキタキツネから守る必要がありました。
この「キツネを園内に入れない」対策の一つとして、電気柵の設置をご提案させていただいたところから、ファームエイジと旭山動物園とのお付き合いは始まったと記憶しています。
動物園と電気柵
実は旭山動物園内の様々な場所に電気柵は使われているのですが、来場者の方々から意識されることはほとんどありません。
それもそのはずで、電気柵が張られるのは基本的に人間からは死角となる位置、木の後ろや施設の壁沿いなどです。動物の脱走を防いだり、別種の動物同士がケンカしないようにこっそりすみかを区切ったりするのに一役買っています。
(表題の画像は、くもざる・かぴばら館の水槽の内側を映したものです)
動物園に電気柵を配置するのは一般的なことではありますが、そのノウハウの中でもいかに動物たちにストレスをかけないまま彼らを誘導できるか、小社の野生動物コントロールシステムの真価が問われる場でもあります。
初めの出会いから今まで、旭山動物園ではいくつものユニークなアイディアが実現され、小社はそのたびに少しずつ、様々な形でご協力させていただいてきました。
私が特に思い入れを持っているのは、「オオカミの森」と「エゾシカの森」の展示制作です。
この2つのコーナーは2008年と2009年に連続でオープンし、意図的に隣り合って配置されています。これには、「オオカミの絶滅→増えすぎたエゾシカ→農業被害、森林破壊」という歴史のつながりを表現したいという意図があります。
また、エゾシカの森には夏季の間、電気柵で囲まれた農園が現れます(今年も引き続き設置予定のようです)。エゾシカからいかに人の営みを守れるか、エゾシカと人間はどう共生していくべきなのか、非常に考えさせられる展示になっているのではないかと思います。
同じ想いで
旭山動物園の現園長である坂東元氏は、酪農学園大学獣医学部出身で、長い間、獣医師としての経験を積まれてきた方です。そのため、日本の酪農における問題点(輸入穀物に頼っていること、動物が病気になりやすいことなど)までもをよく理解されています。
あるとき私は、坂東園長との雑談の中でふと、
「あえて動物園で牛を飼って、放牧をして、酪農の問題に気づいてもらえるような展示をしたらいいんじゃないですか」
と言ってみたことがあります。
私としてはかなり突飛な意見のつもりで、一笑に付してもらおうと思って言ったのですが、坂東園長は、
「実は自分も、少し考えたことがあるんです」
と、当たり前のような顔をして答えられていました。
動物園で牛を飼うことはありえない話ではないんだ、そういうことまで考えている園長さんも世の中にはいるんだと、むしろこちらが驚かされたのを覚えています。
坂東園長がおっしゃっていたのは、「動物園の存在は、あくまでも気づきのきっかけである」ということでした。
「檻の中に閉じ込めてかわいそうと言われることはあるが、都会化が進んだ今、多くの人にとって初めて野生動物を見る機会は動物園にある。訪れた人たちは、ここから興味を持ち、それぞれが命について考え、その先へと進んでいくことができる」のだと。
現に、獣医師を志す方で、幼少期に動物園を訪れたことがきっかけ、という方は少なくないようです。
なるほどなあ、と思いました。初めのうちこそ、「動物園」と小社の目指す先である「放牧」は正反対の考え方かと思っていましたが、いざ深く知ってみると、動物に向き合う姿勢や志は同じものであることがわかったのです。
それからは、「野生動物」「共生」などのキーワードを軸として、小社と旭山動物園はいくつか活動を共にしています。
エゾシカのワイルドライフを知っていただくため、坂東園長に一般社団法人エゾシカ協会の活動にご参加いただいたこともありましたし、小社の一部商品の開発のために設備と動物をお借りして試験を行ったこともあります。
また、旭山動物園が主導する「ボルネオへの恩返しプロジェクト」への協力を依頼され、小社の社員が参加したという経緯もありました。
ボルネオ現地にて、小社商品であるセンサーカメラを用いて、ゾウが安全に回遊できる環境づくりに助力させていただきました。
えぞひぐま館のオープン
旭山動物園は、私たち人間が自然の大切さ、動物との共生のあり方を考える上でのよい教材です。
だからこそ、その展示に込めたひとつひとつの想いには私も強く共感しますし、これからもそういった気づきを来場者の方々に広げていきたいと思っています。
その想いのまた新たな一歩が、こちらです。
2022年(令和4年)4月29日より、旭山動物園に「えぞひぐま館」がオープンしました。
屋外と屋内の広いスペースで、ヒグマが生き生きとありのままの姿で過ごす様子を観察することができます。小社も一部、電気柵の設置を担当しました。
近頃の北海道ではヒグマの目撃情報が相次いで報告され、「ヒグマはどこにでもいる」「外出の際には十分に注意を」という意識づけがかなり浸透してきました。そんなタイミングの今だからこそ、このえぞひぐま館の展示には大きな意義があると考えます。
そこにいるのは、絵本の中のキャラクターのような愛らしい生き物でしょうか。それとも、見るものすべてに牙を剥くような恐ろしい化け物でしょうか。ぜひ直接足を運んで、見て、読んで、知って、ヒグマと人間との共生への道のりを一緒に考える仲間に加わっていただきたいと思います。