すごいなって思う時
誰かを見て、「すごいな」と思う時ってどんな時だろう。
ちょっと自分を観察してみたら、
「すごい!」と純粋に思う時と
「すごいよなぁ…」と複雑に思う時があるように思える。
純粋に思う時
「すごい」と純粋に思う対象が自分にあまり関係なかったり、自分とは近しい関係ではない時にそう思うのではないかなぁと考察してみた。
「すごい」と思うことが、自分にとって害がないから、純粋にすごいと思えるのかもしれない。
複雑に思う時
本当は自分もそうしたいのに、
または、そうしなければいけないと思っていることを自分ではない誰かがやってのけた時、
複雑な気持ちを伴って、「すごい」と思うのだろう。
本当は誰もすごくない
私がすごいと思っていることは、他の誰かはすごいとは思っていない。
またその逆も言えるだろう。
そうなると、本当は誰もすごくないかもしれない。
相手を讃える気持ちは大事だけど、無闇に誰かをトクベツに思う必要はないのではないかなぁと思っている。
良い刺激として
生きている限りは、多少なりとも自分以外の誰かと関わっていく。
複雑な「すごい」と巡り合うときも生きている内はあるだろう。
そんなときは、自分を卑下せずに
「私だってすごい!」と変換できる癖を身につけておくと、
変なモヤモヤに襲われなくて済むのかも。
自分だけは自分の味方でいたいな。