男の私が電車で痴漢された話

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 痴漢された。

 1年以上前の夜、仕事を終え飲み会からの帰り道、私は終電に揺られていた。次の日も用事があったので控えめに飲んでいたが、遅い時間だったこともあり吊革に手をかける自分の視界が細長かったことを覚えている。
 うつらうつらと揺られること15分くらいだろうか。不意に下半身に違和感を感じた。尻に異物が当たっている。

 それは間違いなく異物だった。いや、手のひらなのは分かっていたが、「普通」ではなかった。まず掴んでいた。この時点で変だ。仮に満員電車で手の行き場が無く事故的に尻に手が当たってしまった場合、その尻を掴むだろうか。掴まないだろう。掴んでいいのは吊革とチャンスだけだと相場は決まっている。次に揉んでいた。私の尻を揉んでいた。それはそれは優しく、丁寧に、愛撫するかのように揉んでいた。

 さて、痴漢である。この時点で私はかなりの衝撃と恐怖で身が硬直した。私は中肉中背、可もなく不可もないであろう容姿だ。ラフなシャツを羽織り7分丈のパンツルックといういかにもその辺に転がっているであろう人間だ。そんな私が痴漢され、恐怖に身が竦んでいた。

 何分くらい経ったであろうか。せいぜい都会の一駅分程度の時間だったので、実際は3分か4分かそこらだったと思うが感覚的には10分くらいに感じた。


 気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。


 脳みそが働かない。口も手も動かない。何もできない。今こうやって当時のことを思い出し文字にしているのも正直辛い。そのくらい気持ち悪かった。よく「痴漢されたら大声を出せ、手で払え、逃げろ」と言っている人間がいるがまず無理だ。少なくとも初めて痴漢されてそんなことができる胆力が私にはなかった。男なのに。そこそこガタイのいい男なのに。

 「まもなく、△△~~。左側の扉が開きます」
車内アナウンスの声が脳を融解させる呪文だった。我に返った私は自分の尻を揉み続ける手を握り首を後ろに回した。眼鏡の小太りなおっさんだった。スーツ姿のおっさんだった。「なあ、次で一緒に降りようや」。私の精一杯の言葉だった。

 「ごめんなさいごめんなさい」。駅に到着した途端、おっさんは車内で私の手を振りほどき脱兎の如く扉の外へ飛び出していった。私は追いかけなかった。いや、追いかける気力が無かったのだ。そもそも終電である。追いかけて痴漢を捕まえたところで、間違いなく家には帰れない。次の日の用事もパーだ。それでも捕まえられれば留飲も下がるというものだが、仮に捕り逃したら救われない。必死な形相で逃げていく犯人の後姿を見ながら、何故か冷静にそんなことを考えた。そして、扉が閉まった。


 男の私が電車で痴漢に遭った話。これはほぼノンフィクションである。犯人がこれを読んだら自覚するであろうくらいには事実である。私が言いたいのは「男でも痴漢に遭う」という話ではない。「痴漢被害に遭った時、周りの人間のケアが大事」という話である。
 私もその直後は知人友人に事の顛末を話した。「痴漢被害に遭った」と言って本気で心配してくれるのはほぼ女性。男は心から信頼している友人ですら(全員が全員とは言わないが)、若干の茶化しや「勘違いじゃね」みたいな言葉がところどころに挟まる。ふざけんな。
 実際のところこれには辟易とした。女性の痴漢犯罪被害経験率は非常に多く、7割とも8割とも言われている。腑に落ちた。女性は全員、心を寄せてくれ共感してくれた。

 自分はこの被害に遭うまで痴漢被害を想像し、心を寄せられていると思っていた。が、そんなことはなかった。実際の痴漢というものは想像の数倍、数十倍の恐怖だ。きっと被害に遭わずとも完璧に理解し、共有できる想像力の人もいるのだと思う。しかし私は違った。痴漢被害に遭って、はじめて仲間になったのだ。連帯できるようになったのだ。寄り添っているつもりでも、きっと深く考えてなかったのだ。私も男友人たちのように無神経な言葉を投げかけていた可能性もある。心から否定できないのだ。・・・・・・情けない話だが。

 この経験を経て、私は性的消費というものに対しよく考え、誠実にいようと心に誓った。自分が望まない形で性的消費される恐怖、不快感は想像を絶する。なにも電車の中だけの話じゃない。これはインターネットの世界でも同じだ。女性声優がTwitterにアップロードした写真にセクハラリプを送り付け問題になることが度々ある。声優だけではなく俳優やモデルも、写真をアップロードするすべての人間がそうだ。しかも被害に遭うのは必ずしも女性だけではない。写真を見て勝手に部屋で慰めているならまだいいだろう。(想像もしたくないが。)しかしセクハラは違う。それは完全に手前勝手な性的消費だ。

 これが「男だけど電車で痴漢被害に遭った」話の全てである。面白くもなんともない話だ。あまり思い出したくない話だ。しかしこれを読んで、近くにいる痴漢被害者に、一方的に性的消費された経験のある被害者に心を寄せてくれる人間が一人でも増えたらと切に願う。



写真-ぱくたそ https://www.pakutaso.com

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