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【2020.07.06】その喚起する破滅的な欲望に身を挺することがない。
昨晩はこれを読んでいた。
この記事でも紹介していた、バレエの女王シルヴィ・ギエムの特集号。
バレエはほとんど観たことがなかったし、いまでも知識は全然ない。けれど、2015年→2016年の年越しの東急ジルベスターコンサートで『ボレロ』を舞ったこの人のダンスには、人生を変えられるレベルの衝撃を受けた。
50歳。バレエ人生のラストステージを日本のこの場に選んでくれたことに、心から感謝した。
雑誌を読んで知ったのは、ギエムさんは大の親日家だったということ。10代に渡航した初海外が日本で、その後40回が訪れているそう。口にする好きな日本文化の数々を見ると、本当に好きでいてくれていることを実感する。
長野由紀さんが執筆した記事にあるギエムのボレロ評の言葉が秀逸。
ほっそりした長身に強靭な意志を張り詰めさせて、音楽に律動的に寄り添いながら、その喚起する破滅的な欲望に身を挺することがない。むしろ意図的にその支配を逃れ、圧倒的な高まりのなかでふと我に帰るようなところさえあって、リズムに語りかけ、客席を睥睨しながら、自身はぎりぎりまで覚醒している印象を強くする。
強迫的とも言えるリズムとメロディーの繰り返し。参加する楽器が増え、徐々に高まっていく音量。螺旋階段のように上昇していくボレロには、本当に強い魔力があると感じている。毎日のように聴いていても、毎回その魔法にかかってしまう。
けれど、ギエムさんを見ると、本人が「魔法にかかる」のではなく、その魔力を受け、身に纏いながらも、本人は我を失っていない。「その喚起する破滅的な欲望に身を挺することがない。むしろ意図的にその支配を逃れ......」という言葉の通り。むしろ、支配を逃れるだけでなく、魔力を帯びたギエムさん自身の支配力が高まっていく。
セビリアの酒場でひとり静かに踊り始めた踊り子を見て、徐々に人々の注目が集まり、最後には全員が踊り出す、というこの曲の筋書き。それが本当に力強く表れていると感じた。
天から降ろし、地から吸い上げられた魔力。おそらくあの日の僕もそれを浴び、この踊り子に荒んでいた心身を持っていかれていたのだと思う。
最後の10秒間。長い現役生活の最後が目前に迫ったクライマックス。あの瞬間、ギエムさんは何を思っていたのか。それを思いながらあの眼を見ると、涙を流さずにはいられない。
僕はバレエのことはほとんどわからないし、若き日のギエムさんはもっと凄い演技をしていたのかもわからない。それでもこの日の公演が本当に大きな力を持っていたと、心の底から言える。
また何度でも見返そう。