#1 コピーは、「書く」のではなく「探す」もの(I先輩の教え)
おはようございます、こんにちは、こんばんは。FantaRegista尾田です。
『会社卒業篇』に長々とお付き合い頂きまして、ありがとうございました!
サテ、これからnoteに何書こうかな、、、と考え、いくつか連載シリーズとして整理してみましたが、やはり初手というか、第一弾はコレだよな~ということで、、学生時代から憧れ、社員生活26年ずっと生業としてきた「コピーライター」という職業について、書き留めていければと思います!
最初に強く!つよーく断っておきますが、僕はTCC(東京コピーライターズクラブ)の会員にもなれなかったし、有名な作品とか全然ありません(;'∀') なので、「コレこそがコピーライターであるぅ~!」なんて大それたことを語る資格も、つもりも、毛頭ありません。
が、それでもなんとか長いことやってきた中で、色んな方々に教えて頂いたり、出来ないなりに経験を重ねて、少しは実感のあることもありまして、、昔の僕みたいにコピーライティングで悩んでる人たちの何かの足しになればうれしいな~とか、そもそも先輩達の教えを継承していかないと勿体ないよな~、とか思い、書きしるしてみることにしました。
ので、決して必勝本みたいな期待はなさらず、軽い気持ちで読んで頂けたら幸いです! 尚、コピーに関係ない職業の方にとっても、何となく通底するコトがあるような気がしています!(根拠はないのだが、、)
ということで、、、、身の程知らずにも『コピーライターって何ですか?』と銘打ち、記念すべき第一回目は、僕が敬愛してやまない「I先輩」の教えについて書いてみたいと思います。
そう。彼の名言にして、僕の唯一無二の真言ともいうべき、
「コピーは書くのではなく、探すもの」です!
ただ憧れていただけの、26年前
その教えを授けてもらったのは、僕が入社した1998年のこと。当時はコピーライター全盛期というか、かの糸井重里さんを筆頭にスターがご活躍で、広告業界を飛び越えて一般の方にも「コピーライターってカッコいいよね!」みたいな感じがあった。
僕もご多聞に漏れず、キャッチコピーという言葉すら知らなかった頃からポスターやTVCMに絢爛に舞うコトバ達に痺れ、ミーハー的憧れから業界を志していた。そして運良く大手広告代理店に内定!さらに美大出身でも広告研究会所属でもないのに、志望欄に「クリエイティブ局」と愚直に書き続けたのが奏功したのか、、、、クリエイティブ局に配属して頂けた!
でも、、、、そこからが正直、地獄の日々、、 当時のクリエイティブ局はサムライ集団というか、スゴいオーラとクセ強な方々ばかりで、新人を歓迎するムードなどほぼ皆無。「きみだれ?」「なにができるの?」と悪意なくまっすぐ聞かれ、文字通りアワアワしてた(パワハラじないんですよ~ 当時としてはふつうのハナシ(笑))。
同期のM君みたいに美大出身じゃないからデザイナーとは言えない。んじゃCMプランナー?? 絵が描けないのでとても名乗れない、、、コピーライター、、、だよな? やっぱり けど、、そもそもコピーをひとつも書いたことないヤツが名乗っていいものなの?? わーっ! 俺ってなんなん~??
と、自己嫌悪に陥る暗黒の日々に、
御仏のような慈悲を注いで道を示してくれた方、それがI先輩だった。
書けども書けども、、、真っ暗な日々
I先輩は僕より7年くらい上の方で、クリエイティブ局に限らずほぼ全員の先輩方が「服と時計にはこだわるんや~」「クルマは外車でナンボやで~」 みたいな傾向があった中、失礼ながら、全くの地味、、、(;'∀') 見た目も地味だが言動もすごく控えめというか、、、新人の僕が言うのは大変失礼ながら、代理店っぽくないな~という感じの先輩だった。
当時のクリエイティブ局は(もう時効と信じて書きますが)、夕方になるとフロアで酒を飲み始め、そのままフロア宴会みたいになることも珍しくなかった。そのなだれ宴会で、終始圧倒されまくりの僕に突然「おだくんだよね?」と声をかけてくださったのが、他ならぬI先輩。I先輩とは席こそ近かったもののグループが違ったのでほとんどお話することが無かったのに、マサカの名前を憶えてくれていた!当時の僕にはそれだけで砂漠にオアシス!(笑)
その時は特に深いハナシにはならず、担当なさっているお仕事のお話をちょっとして頂いた程度だったと記憶しているが、それから勝手に親近感を持って、I先輩の言動を観察していた、、、
ところで、I先輩の話ではあるが、そもそも僕のチューターをして下さっていたのは当時既にCDであられたA先輩で、僕が学生の頃マサにTVで見ていた、オモシロくて素敵なTVCMをおつくりになっていた方。クセ強ではあったが、めちゃくちゃ物知りで、一流好きで、人間的に超魅力的で、僕も大好きな方だった。
が、、、正直何かを教えて下さるという感じではなく、放置プレイというか、厳しく叱られることもない代わりに、こうしろああしろとも言われない。まあ今にして思えばプロなら自分で考えろ、って当たり前のハナシなんだが、当時の僕的には「どうすりゃいいのよ?」と悶々としてた、、、、
仕方なく会社の資料室に籠ってTCC年鑑を読み漁る日々、、、幾多の名作コピーにまみれ、インスピレーションたっぷりで原稿用紙に向かう。そうすると、なんか書けてる気がして、我ながら「コリャ、キテるっしょ!? ドウすか!!??」とばかりに自信満々に打ち合わせで出してみる。
けど、、、アレ、、、?? 滑った、、、??(-_-;)
採用どころかリアクションもほぼ無く、先輩や外部の高名コピーライターの方が書かれたコピー案で話題は持ち切り、、
まあ、やっぱオレまだまだなんだな、、と反省しつつ、心の底では「同じようなことを書いてる(と当時は思ってた)のに、有名コピーライターさんのは採用スか、、、へッ」とひがんでいた(ゴメンナサイ!)。
そして、その言葉を、授かる
そんな不毛な日々のある日の、夜も更けた頃、席でずっとコピーを書いておられたI先輩が「ああ~もう限界だァ~!帰る!」と言って筆をおいた。そして僕に言うともなしに「こうしておけば出るんだよ」と言ってお帰りになった。
その時は何のことだか分からなかったが、、、翌朝スッキリした顔で出社したI先輩が、電話でたばこを吸いながら意気揚々とコピーを発表なさっていた。それはその仕事に関わっていない僕が聞いてもハッとするコピーだった、、、(ちなみに当時はデスクに一人一台の固定電話制度。そして自席でたばこが吸えました笑)
それからスグだったか、数日後だったか、、、気がつくと僕は、救いを求める子羊のように、I先輩の前に立っていた。
「Iさん、、コピーって、、、どうやったら書けるんですか、、?」
その、なんの前触れもなく、悲壮感漂う一方的な質問に「へっ?」と困惑したような表情のI先輩が、しばしの沈黙の後に仰った言葉は、正確には覚えていない。でも、確かに、こう仰ったはずだ。
「う――ん、、書くというか、、
コピーはネ、探すって感じなんだよネ、、」
え? ナニ?? 探す、、?
何を言ってるんすか? コピーは書くものでしょ??
先輩だってずっと原稿用紙に書いてるじゃん、、、
「てかさぁ~、俺は頭悪いからさぁ~、探すしかできないっていうかネ~」そう言って黒縁メガネの下のつぶらな瞳が、照れながら笑った。
書く、のではなく、探す、、、?
その言葉を授かった日から、その真意を僕が体現するまで、
約3年の月日がかかることになるのだが、、、
これから徐々に、この金言を紐解いていきたいと思っています。
それでは、次回もお楽しみに!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?