全体練習時のチューニング
チューニングは必ず全体練習の開始時に行う。その時は形式チューニングとしてはならない。また、基準音を出すオーボエ以外は、全体練習のチューニング時にチューナーを目の前に置きながらチューニングすることはやめるべきである。機械に合わせるのではなく必ずオーボエの基準音に合わせなければならない。チューニングに自信のない人は事前にチューナーを使って合わせておいた方が微調整だけで済む。慣れないうちは全員のチューニングの音が合うのに5分以上かかってしまうかもしれない。それでも、全体練習時にしっかりとチューニングをすべきであり、チューニング自体も練習しなければうまくはならない。弦楽器の初心者でどうしても音程が合わせられない時は、近くにいる慣れた人が代わりに行う。管楽器の場合は自分でチューニングするしかないので、もし時間がかかりそうだったら、周りの人が高いか低いかを教えてあげるようにする。多少時間がかかったとしてもチューニングが合っていない状態を無視して練習に入るべきではない。
チューニングはオーボエのA音を基準に行う。管楽器はオーボエの音から直接合わせ、弦楽器は、オーボエの音をコンサートマスターがもらい、コンサートマスターの音から合わせる。全員がチューニングに慣れているようであれば全員同時に行ってかまわないが、初心者の多い団では木管楽器、金管楽器、弦楽器の順に行う。弦楽器は人数が多いので低弦からパートごとに行った方がいい。吹奏楽では、一人ずつ、あるいはパート毎ずつチューニングを行っている団もある。オーケストラの管楽器もそのようにして構わないがお勧めはしない。個人ごとに合わせるのは全体練習前にすべきことである。また、管楽器の場合は各パートの人数が少ないのでパート毎に行うのは非効率的である。セクションごとのチューニングで合わせられるように練習すべきである。ティンパニーは金管楽器のチューニングのタイミングで軽く合わせることが多い。ペダルの目盛りを過信してはならない。
オーボエは木管楽器のチューニングが終わったと判断したら、一回一息ついてからまた基準音をだすようにするといい。そうすることで、チューニングの順番が金管楽器に移ったことを示すことができる。音を出し続けていると、いつ金管楽器がチューニングを始めていいのかわからず時間を無駄にすることがよくある。コンサートマスターはオーボエの音をもらって合わせた後、各楽器の方を向くことで各楽器の番を示すことができる。各楽器の方を向いて音を出すとき、左手で楽器の胴体を持たないようにした方がいい。胴体の持ち方が悪いと音質が曇ったり、倍音が変わることで音程が違うように聞こえたりしてしまうからである。普段の演奏通りネックを持ったまま音を出すことをお勧めする。弦楽器全パートのA音のチューニングが終わったら他の弦のチューニングになる。コンサートマスターが他の弦の音を引き始めれば、他の弦のチューニングに移りやすい。A音の後、何の音も出さずに座っているとなかなか他の弦のチューニングが始まらないことがある。
チューニング中は、他の音を出すべきではない。プロのオーケストラでは、多少他の音を出していることが多いが、初心者が多いスクールオーケストラではチューニングに関係のない音は出さない方がいい。もし練習前に楽器を温めるための音出しが必要なら、全体練習が始まる前に個人で行うものである。
チューニングは和声として合わせる習慣を是非つけてほしい。オーケストラ全体でのA音の和声である。楽器がだす音は倍音を含む様々な周波数を併せ持った波の集合体である。機械のチューナーはその様々な周波数のうち基底周波数のみを取り出して高低を判断するものである。音に含まれる倍音などの周波数は、実際には規定周波数の整数倍ちょうどとはかぎらず、微妙にずれた周波数の音も含まれている。ところが、機械は基底周波数しか見てくれないので基底周波数が合っていても音全体としてはずれてしまうことがある。また、機械は一つの音に対しては高低を表示してくれるが、同時に二人の人が同じ音程を出してしまうと、機械のチューナーは両者をミックスした音の基底周波数を元に高低を表示してしまう。人間の耳の感覚とはかなり違うものである。人間の耳は複雑であり単純に周波数が合っていればきれいな音になるという解釈は間違いである。
ピアノの調律を経験できることは滅多にないことであるが、経験してみると人間の耳の敏感さと曖昧さを実感できる。ピアノの中高音は3本の弦で一つの音が作られており、それぞれを順番にチューニングして調律する。3本をそれぞれ機械のチューナーで個別に合わせただけでは完全に一つの音にはならず、耳で合わせることによってぴったりと合うようになる。ピアノのチューニングでもう一つ面白いこととして、オクターブが正確に周波数の整数倍となっていないことである。プロの世界では、オクターブ幅を広めにとか狭めにという話し合いが奏者と調律師の間で行われる。専門用語では、インハーモニシティー対策のためのストレッチチューニングと言い表される。要するに、オクターブ高い音を基準音の周波数に対して単に倍にするだけでは、ピアノからいい音を引き出せないのである。大抵は周波数で決まる音程よりも広めにオクターブ幅をとる。オーケストラも同じような一面がある。チューバやコントラバスのA音の周波数やピッコロのA音の周波数を単純に基準となるA音の周波数である442Hzの倍数に合わせられないのである。さらに、どの楽器でも基底音の他に様々な周波数の波が含まれた音を出すが、複合的な周波数成分は演奏方法によって微妙に変化をつけることができる。例えば、コンサートマスターがチューニングの基準音を出すとき、楽器の胴を手の平で持ってしまうと、音程が低く聞こえることがある。これは、A線の伸び縮みによる基底音の変化ではなく、倍音成分の変化によるものである。同じくバイオリンなど弦楽器に特徴的なことであるが、A線の音程を機械で442Hzに正確に合わせたとしても、他の弦のチューニングが大きくずれていると、音程が合っているように聞こえないという現象もある。だからこそ、耳を使って合わせなければならないのである。全体練習でチューニングを行う際、自分の楽器に機械のチューナーをつけ、それを見ながらチューニングをしている人がいるが、それは間違いである。機械が示す周波数に対して合わせるのではなく、耳で聞こえる基準音に合わせなければならない。そして、オーケストラ全体の和声として音程を合わせることを目標としてもらいたい。
社会人のアマチュアオーケストラ、スクールオーケストラでは、演奏会の本番開始時のチューニングを形式チューニングとしていることがほとんどである。しょうがないことなのかもしれないが、それはいいことではない。たしかに、初心者についてはへたに舞台上でチューニングしない方がいいと思うこともある。しかし、経験者までそれに甘んじているのは情けない。もちろん、音程がずれていなければわざわざやり直す必要はない。プロのオーケストラでは、ステージ上のチューニングを形式チューニングで済ますということはありえないことであり、毎回ステージ上でしっかりとチューニングを行っている。そもそも、舞台袖で皆で音程を合わせたりはしない。各個人が自分で合わせれば、ほぼ合っているからである。
私は舞台袖でも皆に合わせてチューニングをしているが、ステージ上でも必ず合わせなおしている。舞台袖とステージ上では温度も湿度も異なるので、短時間しかたっていなくても意外とずれるものである。その時のずれ具合が、曲を弾き終わるまでにどのくらいずれるかの予測のためのバロメータにもなる。
チューニングをステージ上で行う意義について考えたことがあるだろうか?舞台袖で行って完璧であれば再度する必要はないはずである。ステージ上でチューニングを行う理由は主に3点ある。舞台袖とステージ上とで温度や湿度などの環境の違いでチューニングがずれる、ステージ上に置きっぱなしの楽器がありその楽器とも合わせる必要がある、演出上のため、の3点である。演出のためにもチューニングを行うと自覚している人は少ないのではない。ステージ上で行う動作は全て見せるためのものである。お客さんとして演奏会を見に行くと、チューニングを聞いただけでワクワクするのではないだろうか?それが、演出上のチューニングである。目の肥えたお客さんからすると、チューニングの上手下手だけで、その日の演奏の出来具合を感じ取ってしまうものでもある。しっかりと舞台上でもチューニングをするべきである。
プロの演奏会を見に行かない限り、プロのチューニングを見ることはほとんどない。YouTubeにオーケストラの演奏はたくさんアップロードされているが、団員入場やチューニングをカットした編集の録画ばかりである。初心者の勉強のために、また演奏開始直前のワクワク感を再現するために、チューニングをカットしない録画がもっとあればいいと思っている。チューニングといえでも、いいお手本を見れば自分たちの目標も定まるものである。演奏会に行った時は、曲だけでなくチューニングや演奏以外のことにも目を向けてほしい。