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「スペードの女王」を読んだ。

著者は言わずと知れたロシアのアイドル、プーシキン。でもこの人の作品って、スペードの女王だとオネーギンくらいしか知らない。世界的には分からないけど、日本だとドストエフスキーとかの方が人気な気がする。

調べてみると意外と面白くて、天使ガブリエルの歌という過激すぎて日本以外の国では、ほとんど翻訳されていない作品なんかも書いてる詩人。

仲が悪かったドストエフスキーとトルストイも、プーシキンを崇拝していたという点では一緒だったそう。

内容

特にきっけかがあって読んだわけではないけど、短編ですぐ読めそうという理由で読んだ。古典文学って読むだけで疲れるし。

軽く内容を紹介すると、伯爵夫人の亡霊から最強の札三枚を教えてもらった青年ゲルマンが、賭博で勝ちを重ねるが、最後の最後で負けてしまう、と言う話。

超訳も極まった説明だが、大まかにはこんな感じ。

かるた札

この物語で軸となるのがこの賭博、かるた札。最初読んだときは、いまいちピントこなかったが、調べてみるとファロというカード賭博の一種らしい。

ルールはポーカーなどと比べてもかなり簡単で、卓に置かれたAからキングの中で好きなカードにチップを置く。ディーラーは2枚カードを弾き、一枚は右側に、一枚は左側に置く。

このとき右側に置かれたカードと、賭けていたカードが同じだった場合はディーラーの勝ち。左側に置かれたカードと同じだった場合はプレイヤーの勝ち。
もちろんカードが一致しない場合には次のラウンドに移行するといった具合でゲームが進行する。

三枚の札

工兵士官ゲルマンが教えてもらった三枚の札は、「三、七、一」。最初の勝負では三に賭けて勝つ。2回目の勝負では七に賭けて、またもや勝つ。

噂の大勝負を観ようと多くの観客が見守る中、一に賭けたゲルマン。ディーラーの左手にあったのは、まさにその一だった。喜ぶゲルマンだが、その手にあるのはスペードの女王だった。

ゲルマンは愕然と自分の手を見た。張ったはずの『一』は消えて、開いたのはスペードの『女王』であった。彼はみずからの眼を疑った。―—この指が引き違いをするはずはないに。そのとき、スペードの『女王』が眼をすぼめて、ほくそえみを漏らしたと見えた。その生き写しの面影に、彼は悄然しょうぜんとした。……

スペードの女王・ベールキン物語  プーシキン作 神西清訳

感想

初めて読んだプーシキン作品は思ったよりも読みやすく、思ったよりも面白かった。まあこれは短いというのもあるのかもしれないが。ちょっと前に買った、トルストイの戦争と平和なんて全4巻で、なかなか読む気になり難い。

最後にはおかしくなって精神病院送りになる主人公のゲルマンだが、当初はすごく堅実な、なんというか平均的だけど結局こういう人生が一番いいよなって感じの青年だった。

自分でも「倹約、節制、勤勉、これが俺の三枚の勝ち札だ」と言い、賭博はせずに見るだけという人物なわけだから、物語の初めではいたって真面目。そんな人間を簡単に狂わせてしまうお金への欲というものは、いつの時代も恐ろしいと実感せざるえない。

僕はこの主人公を気に入ってるし、結構共感もする。理性によって欲を抑えることを常として生きてるけど、もしほんとうに大金を得る機会があるならば、なんとしても掴み取りたい。そんな葛藤に苦しむ主人公を、可哀そうと思うよりも、同じ気持ちになって三枚の札が何かを知ろうとしてしまう。

ロシア文学の訳者で有名な神西清訳で読んだが、そもそもこの話が書かれたのが1800年代、さらに訳されたのが1933年ということで、現代の言葉遣いとの違いで少し読みにくかった。それが古典作品だし、そこが良いと言われればその通りなのかもしれないが。

機会があれば、作中に出てきたファロを実際にプレイしたい。ポーカーとか麻雀は、意外と覚えることが多くて始めるハードルが高い。(少なくとも僕には)麻雀なんて基礎の基礎しか知らないから、国士無双13面待ちなどと言われても大してすごさがわからん。


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