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19.無気力は誰かのせい?(6)


頭のなかを整理して

やらなくちゃいけないことがたくさんあるのに、何一つできないときは、頭のなかもごちゃごちゃしているものです。嫌な出来事や考えが頭のなかをいつも巡っていたり、せっかくやる気を出しても、家族や同僚や先生など、周りにいる人がつらく当たることで、また元の木阿弥になったりもしますね。

やる気がない状態になっているのは、因果応報、原因結果の法則、引き寄せの法則、鏡の法則、これらから説明がつきます。

義務から逃げて、ゲームや漫画やネットに時間を使えば、一時的な満足感とその後にくる後悔を受け取ることになります。そして、周りから叱責や軽蔑や無視を受け、焦りと怒りと自己嫌悪を感じ、また無気力から脱却できなくなることもあります。

じゃあ、周りはどうして効果的にサポートできないかというと、誰か弱った人に正義感を振りかざすことで、自分が優位に立っていることに一瞬満足できるからです。しかし、周りの人も、うまくできない人に悪意ある態度を取れば、必ずその結果を受け取り、結局は誰も幸せにはなれません

あなたが、やる気のない当人であれ、その周りの人であれ、大事なことは、誰か/何か/自分を非難しようという態度からではなく、どうすればうまくいくだろうか、という考えに立つことです。

打開策は、本人と周りが、先に自分の心を癒すか、先に自分が建設的な行動を始めるか、のどちらかです。

今日の宿題 (DAY 6)

1)鶏が先か、卵が先か、という議論がありますね。鶏がいなければ卵は産まれないが、鶏は卵が育ったものだから、どっちが先なの?という議論です。無気力な人が悪いか、追い込む方が悪いか、という議論もそれと同じです。周りは、ちゃんとできない人が悪いというかもしれないし、現実逃避する人は、きちんと教えてくれない周りが悪いというかもしれません。でも、双方に欠点があっても、

みんながある程度幸せにならなければ、幸せな環境は生まれません。

まず、これを理解し、自分の環境にあてはめてください。

なぜなら、生産的な集団(成績がいいクラス、給与の高い職場、裕福な家庭、治安のいい自治体など)があっても、そのなかに、誰かの悪口を言ったり、怒鳴ったり、マナーを守らなかったり、決めたことをしない人が出てくれば、必ず誰か嫌な気分になり、それは伝染し、集団の中で不協和音が出るからです。たとえば、

  • いつも親が家で不機嫌で誰かの悪口を言っていれば、子どもは最初は聞き役になろうとしても、結局は部屋に引きこもりたくなる

  • 怒鳴り散らす先生がいれば、生徒は質問ができなくなって、授業がわからなくなる

  • 浮浪者のような格好でバスに乗る人がいれば、周りは嫌な気分になり、離れて座ろうとする

  • 仕事をしない人がいれば、同僚は最初は無理にカバーしようとするが、だんだん疲れて、そのプロジェクトを頑張らなくなる

もしあなたが、自分が働かなくても他の人が過重労働をすればいいと思うのなら、過重労働をする人に、働かない人が自分の給与を分け与えるべきです。

そして、もし、できないやつがゴミであると思うのであれば、あなたより優れた人はごまんといて、優れた人は決して人をゴミだと思わないことを知るべきです。

私をふくめ、全ての人にはどこかに欠点があり、あるときは逃避に走り、あるときは偽善者となり、完璧な人などいないのです。

うまくできないほうも苦しいし、うまくサポートできないほうも苦しいのです。周りに認められたいのにうまくできないから、周りに八つ当たりをし、うまくサポートできないから、当人につらく当たってしまうのです。しかし本当は、みんな幸せになりたいのです。誰だって、

  • ゴミ屋敷じゃなく、きれいな家に住みたい

  • 登校拒否なんてしないで友達としゃべりたい

  • ひきこもらずに仕事をバリバリしてお金持ちになりたい

  • けんかなんかせずに家族と笑ってご飯を食べたい

  • 人を傷つけないで信頼し、安心できる社会を作りたい

そうですね? あなたの望みは、自分も他人もみんなが幸せになることですね?

2)納得できたら、自分で、頭をなでましょう。

右手はおへそのあたりに軽くおき、左手は頭のてっぺんに置いてください。左手の一回目はゆっくり、左の耳を通って首の付け根までなでてください。左手の二回目は、左手の位置を少し後ろに変えててっぺんから首まで。左手の三回目はてっぺんから左側の後頭部を首まで。

今度は、逆にして、左手はおへそのあたりに軽くおき、右手は頭のてっぺんに置いてください。右手の一回目で、てっぺんから右の後頭部を首まで。右手の二回目は手の位置を耳の方に少しずらして、てっぺんから後ろがわを首まで。右手の三回目はてっぺんから右耳を通って首まで。

最後に、両手で頭のてっぺんから額を通って顔を覆うようになでてください。この合計七回で、全ての頭部は、手でなでなられたことになります。

薬がない昔は、痛いとき、病気のとき、ケガをしたときは、手を当てることで治していました。これが「手当て」の語源です。宗教に入らなくても、お金を払わなくても、正しい心を持って生きていけば、ある程度は手で治すことができるのではないかと思います。

もし、嘘をつき、悪口を言い、人を馬鹿にし、陥れ、奪い、ものを壊し、暴力をふるうなど、人を傷つける生き方をしてきたのであれば、癒しはすぐに起きないかもしれません。しかし、過去の結果は必ず受け取るけれども、今日から新しい生き方を始めれば、その結果はいつか必ず受け取ります。

追記

これは、私のブログからの転載です。


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心の癒し
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