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ぬか床忘備録

ぬか床を育て出して一年が経つ。
ぬか床は以前より育ててみたかったが、ぬか床を腐らせる女性はなんとやら(諸説あり)という今ならセクハラですか?といわれそうな鉄の掟が昔よりあるらしい。私も昭和の女はしくれ、決して腐らせてはならない手間のかかるものというイメージもあいまって手をつけられずにいた。

ある日からよくご飯を食べに行くようになった人がいた。彼は漬物が大好きだった。和食なら漬物は必ず頼む。野菜はなんだっていいらしい。中華に行けばザーサイ、焼肉にはキムチ、洋食ならピクルス…といった具合で、メニューになければ"漬物みたいなのある?"と一応お伺いをたててみる。
なので私も漬物を漬けてみることにした。浅漬け、米のとぎ汁漬けなど簡単なものばかりではあったが、やはり漬物の王道は糠漬けではないか?重い腰をあげることにした。どうせ鉄の掟を守らねばならないの
なら日本一のぬか床を作ってみせようではないか。ぬか床界の大谷翔平に育ててみせようでないか。こうして私のぬか床は生まれた。


まず糠を買ってくる。塩を混ぜ、時を同じくして実家より送られてきたキャベツの硬い外部分を捨て漬けに使った。ゆずの皮や料理に使った野菜の皮も捨て漬けに使う。生姜もよいらしい。昆布を入れると旨味が増すとか干し椎茸やいりこもよいなどと調べあげ試してみた。毎日混ぜていると香りが変わってゆくのがわかる。いつの間にかぬか床をかき混ぜるのが楽しみに変わっていた。可愛くてしょうがないのである。
昨夏であったか、シンナー臭がしだした。調べてみればよくあることだとわかるのだが、まるで初めての子育てで子供が熱を出したくらい焦った。なにせ、将来世界を獲らねばならない逸材、糠床翔平なのだ。私は毎日、看病にあたった。ここでこの子を駄目にしたら世界一の座どころか私の身も危うい。塩を足して混ぜる回数を増やした。いろんな捨て野菜なども加えてみたり、本漬けは休ませた。完全に香りがよくなるまで数ヶ月かかったかと思う。無事香りを取り戻しただけでなく今ではよりまろやかな良い香りを漂わせている。
今年もあと少ししたらみずみずしい胡瓜や茄子が出回る。冬瓜も試してみようか。ただ一つ心残りな事には、私のぬか床生誕のきっかけとなった彼の人はぬか床の完成を待たずに他界してしまった。いつか世界一のぬか床に育ったら墓前にお供えをしに行こうか…




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