忘れられない景色
ここ数ヶ月、ジェーン・スーさんと桜林直子さん(通称サクちゃん)の「となりの雑談」にどハマりしていて、Spotifyで繰り返し聴いています。
スーさんのTBSラジオ「生活は踊る」も好き。特に相談コーナーは大好物。
スーさんて「プロファイラー・スー」と呼びたくなるような洞察力の深さがある。相談者の深層心理に潜ってグッと心臓を握るような回答に、いつも「さすがオレたちのスーさんだぜ!」という気持ちになる。
スーさんやサクちゃんがラジオで仰ってるように、私にも今よりずっと認知が歪んでいた時代があって、今の自分から見たら性格悪ッ‼︎て引くぐらいヤバい人間だった。もちろん今だって聖人ではないけど、それでも少しずつ、自分に自分の歴史があるように、他人には他人の人生があって、それぞれの地獄があることに気付けている。
性格悪い時代の私は 他人はモブでしかなかったので、心から大切に扱う事はなく、「なんで私を大切に扱わないの⁉︎」といつも周囲にキレてるようなクソ女だった。
他人に他人の苦悩がある事に気づけたのは心療内科の先生の一言がきっかけだったが、その日の診察の帰り、世界がまるで違って見えたのが忘れられない。
「この気持ちは絶対に忘れてはいけない」と、帰り道に茶色いマグカップを買った。
そのマグカップは今も毎日使っていて、カップを使うたび眺めるたび、あの診察の帰り、歩いた青山の骨董通りを思い出す。
それと同じように、夫の葬儀後、香典返しを買いに行った新宿で「こんなにたくさんの人がいて、笑ってる人もたくさん居るけど、今の私と同じように人生に打ちひしがれている人もいる。みんな口に出してないだけで、みんな悲しくて楽しい日がある」と思った伊勢丹前の風景も忘れられない。
人生の忘れられない景色はたくさんあるけど、私が死ぬ前 走馬灯がよぎるなら、きっと骨董通りの夕焼けも青空の伊勢丹前も含まれるだろう。
いろんな人たちのいろんな考え方を知りたくて、私は今日もスーさんのラジオを聴く。