月と森のサブマリン 27 巨神兵改造の巻
(ひとり森で潜水艦)
奴には問題があるんだ。
奴?。
あいつだ。
誰?。
巨神兵だよ。
ん?…20トンバックホーの事?。
そう。
どんな?。
腕だよ。
うで?
アームだ。
アームがどうかしたの?。
ああ、アームの上がる角度が小さい。
…。
気付いたのは奴を買って森の中を移動していた時だ。
アカマツの森は、木と木の間は3~4m間隔ほどで生えている。
巨神兵の幅は3m。
意外と横幅はコンパクトなんだね。
ああ、だが問題は長さだ。
長さ?。
アームを折り畳んでも全長8mある。
8mも。
そうなんだ。
となると、
森の中で曲がろうとすると木々にアームがぶつかって旋回できない。
アームを上げてみたが、
上がる角度が小さいため、
やはり全長は変わらない。
結果、
広い場所でないと旋回できない。
しかしそれはしょうがない事だよね。
まあね。
旋回が必要な場所のアカマツは切る事で解決する。
でも、旋回の他に問題があるんだ。
どんな?。
今後の建築工程を考えると、
巨神兵の腕の先端は高さ10mまで上がらなければいけないんだ。
10m?。
でも、バックホーってのは基本穴堀り機械だから、
腕を高く上げる必要はないのだと思うよ。
ああ、だからアーム角度を大きくするように作られていないのは分かる。
だがそれでは困る。
…。
基礎鉄筋を組みながら、
疲れると、
キャンプ用の布イスを持ち、
森の中で静かに眠る巨神兵の元に行く。
近くにイスを広げ座ると、
茶を飲み、。
見上げた。
そして、
じっ巨神兵のアームを見る。
…。
基礎造りの休憩は常に巨神兵の元で、
見上げ、茶を飲む。
…。
そんな日々が過ぎてゆく。
…。
頭の中では、
どうすれば巨神兵の腕をもっと高く上げる事ができるのか?。
そんな模索がつづく。
…。
え?巨神兵の腕を改造でもしようと言うのか?。
そうだ。
それは無理だろ。
どうして?。
いやいや巨神兵はプロの企業が作り上げた製品だよ。
分かってるさ。
そのプロ達が様々な計算をして図面を描き様々な製造装置で製作した物を、
改造する?。
ああ。
可能なの?。
分からん。
…。
で方法は?。
…。
ひとつはアームを持ち上げる油圧シリンダーの伸びる長さを長くする。
すると、アーム角度が大きくなり先端はさらに上がる。
となると、
もっと伸びる油圧シリンダーを取り付ければいい。
そんなシリンダーがあるのか?。
ネットで探すとあるにはあるが高額だ。
…。
他に手は無いのか?。
…。
チョッと。
何?。
20トンバックホーの腕の上げる角度はそんなに大事な事なのか?。
ああ、この月と森のサブマリン造りの肝だ。
キモ?。
ああ、それが出来ないとこの物語は進まない。
…。
ある時、
ふと気付いた。
その気付きが可能なのか?。
巻き尺を使って巨神兵の腕周辺の採寸し図面を描いた。
…。
そうか、
長い油圧シリンダーを買わずとも可能かもしれない。
…支点の位置をずらせば…腕を上げる高さを変える事が出来るかも…。
ひとつ目は、
巨神兵の根元の位置を上にずらせば、
アームの上がる角度が大きくなる。
だが、アームの下方域の角度が減る。
まあ、
深く穴堀りの予定は無いので、
下方域は減っても良い。
だが、
アームの根元改造は極めて難作業になる。
…。
あの巨大なアームを根元から外さないと出来ない。
…。
となると大型クレーンが必要になる。
…。
…無理だ。
…。
他に方法は無いのか?。
…。
図面を見ながらあれこれ考えた。
お!。
この手は…。
油圧シリンダーの上側の支点を変えれば、
いけるかもしれない。
…。
問題は巨神兵のアーム構造が、
その改造が出来る構造なのか?。
さらに、
この素人の俺に出来るのか?。
…。
まずは巨神兵のアーム内部の構造を調べなければならない。
油圧シリンダーに連結されているピンだ。
このピンがアームの中で何らかの構造で接続されていたら、
アーム支点変更という発想は使えない。
ならと、
アームのピンを抜いてみる事にした。
…。
油圧シリンダーとピンの接続部分を外し、
脚立に乗り、大型ハンマーで叩いてみた。
コーン。
コーン。
すると少し動いた。
お!。
さらに数回大型ハンマーを全力で振り叩いた。
コーン。
…。
動いた。
ぬ、抜けるぞ。
…。
ここで分かった。
このピンは内部で何らかの方法で接続されているわけでは無い。
アームを支えるただのぶっ太い鉄のピンだ。
となれば、
このピンの支点の位置を変えれば、
アームの角度を変えられるかもしれない。
…。
さて、
問題はどの位置に支点を移せば良いのか?。
…。
夜になると家の端のみかん箱机で、
何度も図面上での思考実験を繰り返す。
この支点をこの位置に移すと、
…。
おお、アームが上がる…。
だがやり過ぎると、
…やばいのけ反る。
…。
やがて図面上で何度も思考実験しながら、
移動させる支点の位置を決めていった。
…。
となると、
後はやるだけなのだが、
問題は、
あのバケモノの巨神兵のアームを、
素人の俺が、
本当に改造なんて事が出来るのか、
ヘタな作業をやると、
後、巨神兵を動かしたら、
接続部分が壊れ、
アームが落ちるとか…。
あるいはアームが動かなくなるとか…。
…。
そんな想像をすると、
心臓の鼓動が速くなる。
ド、怒、度、ドドド…。
…。
だが、
バットを振らなきゃ当たらない。
働かなければゴハンは食べられないのだ。
…。
やがて思考は部材設計に進んだ。
図面を描いて必要な鋼材を決め、
加工方法を思案し、
そして、
鋼材屋に必要な鋼材を電話で注文。
…。
一週間程して連絡が来た。
受け取りに行き、
簡易的に作った平板の上に置き、
設計どうりに、
アセチレン切断機で成形。
いくつかの部材を作った。
そして、
精度に神経を使い、
部材をエンジンウエルダーで溶接し組み合わせた。
このひとつになったピンを差し込むアッセンブリを、
どう巨神兵に取り付けるのか?。
…。
思考時も、
設計時も、
部材製作時も、
アッセンブリ造りも、
常に心臓がドキドキ。
なぜか?。
本当に可能なのか?。
思考実験が現実となるのか?。
どこか勘違いがあるのではないか?。
取り付けられるのか?
…。
様々な疑念と不安がよぎる。
…。
さらに、
ここで大きな問題は、
この出来上がった重量百キロ越えのアッセンブリを、
どう巨神兵に取り付けるのか?。
…。
そこで問題になるのが溶接技術。
溶接に関して全くの素人だったのだが、
この月と森のサブマリン造りに取りかかり、
腕を上げた。
だが、
溶接は奥が深い。
アーク溶接は鉄と鉄を電子スパークで溶かし、
その溶けた鉄が鋼材の間で冷えて固まり結合する。
つまり一時は溶けて液体になるのだ。
この液体となる状態を操るのが難しい。
…。
どう難しいのか?。
…。
下に平らに置いた鉄と鉄を上から溶接する時は難しくはない。
問題は横溶接。
溶接して溶けた鉄がダラダラと流れ落ちてしまうのだ。
…。
重力で。
…。
そうだ。
さらに難しいのは上側溶接だ。
やはり溶けた鉄がポタポタと落ちて、
溶けた鉄が落ちてしまう。
結果、
溶接できない。
…。
ベテランの溶接者は出来る。
…。
なら俺もと思うが難しい。
…。
大きく溶かすと重力に負け流れ落ちる。
さらに溶かす温度が高いと粘度が下がり、
こぼれやすい。
だが温度が低いと溶け込みが悪くなる。
これらの複合問題を、
ベテランは電圧調整や溶接速度、
経験の積み上げで溶接してゆく。
…。
水滴でも小さな水滴なら壁や天井にくっついている。
鉄も同じでこぼれ落ちない程度で溶接をする。
そして、
溶接面上に貼りつくスラブを落としながら、
再びその上に溶接を繰り返し、
肉厚を増やしてゆく。
言うは簡単だが、
やるのは難しい。
…。
休日、
ついにバットを振る日が来た。
…。
まずは巨神兵で森に縦長の穴を掘る。
何で?
巨神兵の片側のキャタピラを落とす為だ。
何の為に?。
巨神兵を傾けるのだ。
傾ける、どうして?。
溶接をやり易くする為だ。
…。
横溶接では溶けた鉄が流れ落ちやすい。
そこで、巨神兵を斜めにし、
溶接しやすいようにと考えたのだ。
え?…20トンの巨神兵を穴に落として傾けるのか…。
そうだ。
次に重量百キロ越えのアッセンブリを5トンバックホウーのバケットに乗せ、
巨神兵のアームの下に押しつけ、
脚立に乗り仮溶接で止める。
そして、
丸一日かけて片側を溶接。
翌週、
次に巨神兵の反対側のキャタピラを穴に落とし、
反対側をまた一日かけて溶接。
…。
これで、別支点のピン接続アンセンブリ溶接が終わった。
…。
これで、
高さ10mまでアームを上げる下地は出来た。
だが、本当に上がるのかは分からない。
…。
次に巨神兵自らの力で平地に戻り、
穴を埋め、
アームから巨神兵のアームピンを抜く作業。
太さ7㎝、
長さ70~80㎝の鉄の棒。
脚立に乗って、
ピンの頭を大型ハンマーで叩く。
コ-ン。
コ-ン。
一回叩く毎に1㎝。
やがてピンが抜け油圧シリンダー2本が外れた。
そして、
次に油圧シリンダーを新たに作ったピン穴に合せ、
ピンを入れハンマーで何十回も叩いて入れた。
簡易塗装をし、
元のピン穴に2リットルペットボトルを詰め完成。
…。
まあ、
あっさり書いているけれど、
それぞれの重量が人間技では出来ないため、
その都度5トンバックホーで運び、
新たに作ったピン穴に接続したのだ。
これで、
長い事思考実験し、
図面を描き、
作業し、
ピン支点の移動はやった。
問題は、
この新たな支点で、
巨神兵の太さ1m×1m、
伸ばした腕の長さ8m、
重量5~6トンぐらいありそうなアームは高く上がるのか?。
それが問題だ。
…。
その頃には日は西の山々に沈み、
夕暮れが訪れていた。
…。
気を抜かず、
全力で、
懸命にやった。
…。
風がアカマツの森を吹き抜けてゆく。
…。
中途半端な達成感と、
心の奥底からわき上がる不安感と、
よく分からない気持を抱え、
家に向かった。
…。
だが、
ここまで、
まあ、
なんとか来た。
…。
本当に上がるのか?。
アームの溶接が破断しないのか?
…。
問題は無いのか?。
…。
ぐるぐると際限なく不安はよぎる。
…。
実際に上げてみるまでは、
分からない。
…。
どうなるのか?
…。
そして、
次回、恐ろしい事が…。
…。
つづく。