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絶対に不倫したくなくなる小説。〜浅井さんの過ち〜
「サレタガワノブルー」という漫画が数年前にちょっと話題になった。愛妻家の夫が不倫した妻に制裁をするという絶対不倫したくなくなる漫画だと。
不倫した側の妻の藍子は確かに会社をクビになったり、不倫相手は会社の後輩に取られたりといろいろ失うのだが、最終的には心を入れ替え雑貨屋で働き、海外に買い付けにも行けるようになったりアルバイトの大学生に告白されたり、なんとも「明るそうな未来」が描かれている。
しかし、今回紹介する小説は多分生きているほうが地獄でしかないくらい全く救いようがない。
何度かドラマ化されているのでご存じの方もいるだろうが、有吉佐和子の「不信のとき」である。
ドラマ版は主人公の浅井さん(石黒賢主演)が最後に癌で亡くなるのでなんとなく美談で丸くおさまって終わるのだが、小説は全くもって救いがない。
松本清張とか森鴎外の「舞姫」とか昔の小説って救いがないものが多いけどこちらも御多分に洩れず。(救いがなさすぎるから映画とかドラマとか映像化したものは内容が変えられてるんだろうな。)
大手商社勤務、出世街道を歩む浅井さん。
結婚15年目だが、妻の道子との間に子供はいない。
浅井さんは過去に2回ほど浮気をしているので道子はつなぎとめようと必死で肉料理ばかり作ったり美貌に磨きをかける。肉料理を作るのは浅井さんの性欲が増すように‥だが、そんなことしたらまた浮気に走るんじゃ‥とツッコミたくなる。
道子はダイエットのため人参を齧る毎日である。
浅井さんの取引先である、遊び人の小柳老人と夜の街を飲み歩いているうちに銀座ホステスのマチ子と深い仲になる。
銀座ホステスだがマチ子は淑やかで本妻の肉料理と厚化粧のこってり具合に辟易としていた浅井さんはマチ子に惹かれていく。
てかそもそも浅井さんが浮気を繰り返したせいで道子は勘違いな方向に女磨きをしてしまったのであるが。
マチ子は殊勝な態度で「何もいらない。何の約束もいらない。あなたといられたら。あなたの子供が産めたら。」と言う。
そして無事(?)法子という女の子を産む。
マチ子は子供もいるしいつまでもホステスはしていられないからいつか小さなおにぎり屋を開きたい、と浅井さんに話す。
浅井さんは「その時は僕も出来る限り援助するよ。」と安請け合いをする。
マチ子を可愛いと思いつつも「今回は完全に浮気」と割り切っていた浅井さんはマチ子のアパートにせっせと通いつつも本妻の道子とも性生活を続ける。
結婚15年目で諦めかけていたのに、なんと道子にも子供ができる。しかも男の子。
道子は書道教室を開いていたのだが、日展で大賞をとったことからテレビなどに引っ張りだこ。
めでたいことが続き浮かれポンチになっていた浅井さんはマチ子のアパートに行き、「本妻に子供ができたんだ。男の子。」とうっかり言ってしまう。
日展の受賞パーティーがテレビで放映されており浅井さんが道子の横にいたことから道子の美貌も知っていたマチ子。それでも道子に子供がいないことで溜飲を下げていたのに、その道子に子供ができた。
「へぇ‥綺麗な人よね。あなたの奥さん。綺麗で才能があってその上子供まで‥」と呟くが浮かれている浅井さんにはマチ子の言葉が耳に入ってこなかった。
この時浅井さんがマチ子の気持ちに気付き何か手を打っていたらマチ子もあそこまで完膚なきまでの復讐はしなかったのではないかと思う。
最初にマチ子が「何もいらないからあなたの子供がほしい」といった気持ちは嘘ではないだろうが、道子は実家はお金持ちのお嬢様、書道の才能もあって美しく、その上子供まで‥。出世コースまっしぐらの浅井さんと今をときめく書道家の道子の子なら何不自由なく暮らせる、対して自分の子は‥と考えていたら自分の身の上があまりにも寂しいものだと思ったのだろう。
マチ子のアパートでくつろいでいる時に突然腹痛に見舞われる浅井さん。
「ここで死なれたら困る」とマチ子は判断し無理矢理タクシーに押し込め自宅に返す。浅井さんは盲腸で入院することに。その病院でマチ子と道子は鉢合わせる。(しかもマチ子は法子を連れていた)
マチ子を追う道子。マチ子のアパートで話し合うことに。マチ子は「奥様って本当に世間知らずのお嬢様ですのね。奥様にとってはたった1人の大事な夫かもしれないけど、私たちのような男を見る目が肥えている女からしたら浅井さんなんて男として何の魅力もありませんよ。ただ扱いやすかったから。それだけ。私のアパートで腹痛を起こした時、ここで死なれたくないと思ったの。その時に愛してない、と気付いたわ。」と言い捨てる。
道子は気が強いところがあるが、根っからのお嬢様であるためマチ子が狭いアパートでホステスという仕事をしながら子供を育てていることに対して「可哀想」と思ったのではないだろうか。
賢いマチ子はその憐れみの感情に気付き、同情されるなんてまっぴらと思ったのではないか。
確かに同情されても一文の得にもならんからね。
後日、浅井さんに詰問する道子。
「過去の浮気の時はあなたは相手に本気だったから私には指一本触れようとしませんでしたものね。でも今回は浮気をしながら私とも性生活を続けた。それが本当に気持ち悪い。」
更に衝撃的な言葉を続ける道子。
「あなたはあの女に騙されているんですよ。あなたは無精子症なんです。昔、おたふく風邪を拗らせたでしょう。あなたに子供ができる訳がないんです。私は人工受精で産みましたから。」
途方に暮れる浅井さん。じゃあマチ子は?マチ子の子は?とマチ子のもとに行くがマチ子は忽然と姿を消していた。
謎は深まり何の希望もない日々を過ごしながらも会社に出勤すると専務から呼び出しをくらう。
「君ね、困るよ。こういうことは」
(古い小説なので)手紙のやり取りをしていた浅井さんとマチ子。浅井さんは会社の社名が入った便箋を使っていたのだった。
マチ子はお宅の社員がこういうことをしていましたよ、証拠もありますよ、でもおにぎり屋を開く時に援助してくれると言っていたのでそのお金を工面してくれたら公にはしません、と会社に交渉していたのだ。
専務は、ホステスとの火遊びだったとしてもこういうれっきとした証拠もあることだし、君の退職金を渡そうと思う、と言う。
これからどれだけ頑張って働いても1円ももらえない退職金‥流石にあんまりだ、と浅井さんは訴えるが「君ね、クビにならなかっただけでもありがたいと思いたまえ」と言い放つ。
完全に詰んだ浅井さん。しかしこんな時こそあの百戦錬磨の遊び人、小柳老人の知恵を借りれないか、と思い電話をする。
しかし小柳老人の家もどえらいことになっていた。
小柳老人には未成年の愛人、マユミとマユミに産ませた子供がいた。小柳老人が家に帰ると妻とマユミの子の初子がいた。マユミは初子を小柳老人の妻に預け若い男と逃げたという。洗いざらい小柳老人の愚行も奥さんに話していた。
「あなたの浮気には散々目を瞑ってきましたが、未成年にまで手を出すとはね。私は出ていくので好きにやって下さい。」と家を出て行った。おまけにマユミは小柳老人を殺して財産を奪う計画まで立てていたと聞かされる。
泣き叫ぶ初子。どうして良いかわからない老人。そこに浅井さんから電話が。今それどころじゃない、と言うが大変なので助けてくれ、と粘る浅井さん。
「こちらもどうしたら良いのかわからんのですよ‼️浅井さん‼️」と小柳老人が叫んで物語は終わる。
特筆すべきは道子にしろマチ子にしろ最初はとても可愛い女性として描かれていたことである。常に浅井さんの好きな和食を用意するマチ子。道子は浅井さんが散々飲み歩いて0時を回って帰ってきてもお土産の寿司折1つで狂喜乱舞する。
浅井さんのことを大事に思い、好かれようと頑張っていた女たちが、もう2度と立ち上がれなくなるくらいの復讐を果たす。
時代的にも今より女を軽んじていることも普通だったというか‥浅井さんが女2人をとことんあまく見ていたのは確かだろう。
これを読んだら怖くて不倫なんかできなくなるのではないだろうか。
有吉作品の魅力は正反対の女2人が出てくることにあると思う。時に対立したり時に認め合ったり。
前半はマチ子は水商売の女でありながら「私は青しか着ないの。青を見たらお客さんが条件反射で私を思い出してくれると思って」と賢さを見せつけ、逆に道子は自分の美貌を磨くことにしか興味のない愚かな女に描かれている。
しかし後半は道子が日展で賞を獲るため書道に対し心血を注いだり、美容にばかりかまけていたのが、子供第一になったり道子の努力する姿が描かれているのが面白い。
道子が賞を獲るまでの間、「頑張ったけど‥結果がわかるまでこわいわ、あなた。」と弱音を
吐く姿を見て浅井さんは「守ってあげたい」というような感情を抱いている。冷めていたはずの道子にである。
マチ子に至っては前半と人格が違いすぎてお前は仙水忍か(幽遊白書)と言いたくなるくらいだ。
結局浅井さんと道子の子供、浅井さんとマチ子の子供は一体誰の子だったのか浅井さんは本当に無精子症だったのかはわからないままなのだが、子供をもつ母親というものはとても強いということがわかる作品である。
原作を読むとドラマはなんと生温いことか、と感じるがこれまであまりパッとしなかったように見えた小泉孝太郎が一皮剥けてとても格好良い役者になっていたことが唯一の収穫であった。
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