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『私に乗り換えちゃいなよ』-1- 「1番線ホーム」
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今日はいつもと違う。
彼女は参考書を片手に
その冷たい視線を
本の文章に擦り付ける。
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それもそうか。
今日は大学受験だもの。
今日も
東京メトロ千代田線の
北千住駅1番線ホームは
途轍もなく混んでいる。
千代田線に乗り込んだら、
絶対に参考書は開けない。
彼女は北千住駅での
貴重な待ち時間を費やして
参考書を凝視する。
彼女は“元カノ”だ。
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間違いない。
小学生の頃に
結婚する約束をして、
違う中学校になって
いつしか疎遠に
なってしまった“彼女”だ。
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彼女が北千住駅に
乗り出したのは、1ヶ月前だ。
かつて鎌倉市に
住んでいた二人が、
偶然北千住駅周辺に住み、
北千住駅で出会う…。
なんて縁なのだろうか…?
彼女に見惚れていると、
奥から現れた
地下鉄列車の風が
さらさらの彼女の髪を
颯爽と靡かせる。
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嗚呼…
なんて綺麗なんだ…。
![](https://assets.st-note.com/img/1726870849-XOfGwZKa92DS8zW4jFL5BRqU.png?width=1200)
大事な受験日にも関わらず、
思わず彼女の美姿に
俺は夢中になってしまった。
常磐線緩行線から
直通運転で千代田線へ
やって来た車両が
北千住駅1番線のホームへ
たどり着く。
1番線のホームドアが
開閉する音が聞こえると、
まあまあの通勤客が降り、
それ以上の通勤・通学客が
どっと車両へ押し寄せていく。
今は乗れねえな…
次の電車乗ろう。
俺は無理な乗車は辞めて、
次の電車を待った。
「無理なご乗車はお辞めください」
と駅員の方が
乗客へ呼びかける。
恐らくこれに乗らないと
遅刻するであろう
通勤・通学客が
狭い目の前の車内を
ぎゅうぎゅうに押しながら
無理矢理乗り込もうとする。
その必死な姿は
日本に来た外国人や
田舎から来た人からすると
さぞかし滑稽だろう。
日本の狂気的な
通勤ラッシュを
この光景が
如実に表していた。
ブザーが鳴ると、
押し屋の人が
車内に通勤客を
必死に詰めていく。
ドアが閉まると同時に
彼女の方を向くと、
彼女も俺と同様に
この列車を見送っていた。
次の電車が来るのは…2分後。
次の列車で
俺もこの滑稽な動作を
していくのである。
これもまた
「郷に入っては郷に従え」か。
それにしても、いつまでこの郷に
付き合わされるのだろうか?
そう思いながら、
俺は息を吸って
緑と灰色の“戦場”へと
乗り込んでいった。
まさかこれが
“カノジョ”の仕掛けた
大きな罠だったとは露知らず。
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〜
西日暮里駅で
混雑量はだいぶマシになったが、
それでも多い。
続々と周りに
“同級生"という名の“敵”が
多く乗ってくる。
受験会場の最寄駅である
新御茶ノ水駅へ降りると、
その“敵”の多くも
ここで降りていく。
俺は改札へ歩みを進めていると、
背後から声をかけられる。
『ねぇ、○○くんだよね…?』
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なんと、その声の主は
あの“元カノ”だった。
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「え、あ、そ、そうだけど…!?」
まさか疎遠になった
かつての恋人に
声を掛けられるなんて
思いもしなかった俺は
思わず狼狽えてしまう。
『やっぱり…!?
前から○○くんかな〜?って
思ってたんだぁ〜!!
二人で話すの久しぶりだね…!』
![](https://assets.st-note.com/img/1726915140-5Pwg7NyhGbRlkxTYWDatBoiU.png?width=1200)
彼女は嬉しそうに俺の手を握る。
さらに可愛くなった“元カノ”に
あろうことか手を握られた俺は
のぼせ上がりそうだった。
お、落ち着け…俺…。
き、今日は大学受験の日だぞ…!?
俺の人生がかかってんだぞ…!?
こんなところで
鼻の下伸ばしてたらいかんだろ!
いや…
ずっと疎遠になってた
あの“元カノ”の和ちゃんだぞ…?
![](https://assets.st-note.com/img/1726915477-xECYc1QhBnpGoD7ayKlbIZir.png?width=1200)
もう話せないかもしれないし、
少しぐらい話すぐらいなら…。
い、いや…!
彼女も同じ“敵”かもしれないんだぞ…!?
い、いや…!
彼女は“敵”じゃなくて、元カn...
『ちょっと…!!だ、大丈夫…?』
![](https://assets.st-note.com/img/1726915536-ErjnzA4wSH0abc1T5u7UCJsF.png?width=1200)
「あっ…!?ああっ…!!
だ、大丈夫だよ…!!」
『話しかけてから、○○くんが
急に魂抜けた感じになってたから
びっくりしちゃった…(笑)』
![](https://assets.st-note.com/img/1726915587-qUpx3zhS9uPlImZfGMRg2wys.png?width=1200)
まずい…知らず知らずのうちに
放心状態になってたのか…!?
「ご、ごめんね…!
まさかあの和ちゃんに
話しかけられると
思ってなかったから、
びっくりしちゃって…」
『ううん!!謝らないで!!
お互い大事な受験日だろうに、
こちらこそ急に
話しかけちゃってごめんねっ!』
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「いやいや、全然…!!
むしろ久しぶりに
和ちゃんと話せてよかったよ…!」
『本当に…!?ありがとう!!』
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「ちなみに和ちゃんは
今日どの大学受けるの?」
『中央大学!!』
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「え!?!?ほんとに!?!?
俺と一緒だ!!」
『一緒じゃん!!
お互い受かるといいね!!』
![](https://assets.st-note.com/img/1726915832-4tnN9pPbevAGWkfQ5mLDr207.png?width=1200)
「うんっ!!絶対お互い受かろ!!」
『ねっ!絶対受かるぞー!おー!』
![](https://assets.st-note.com/img/1726915907-5zTv0EZSeNGHytVbQ1XqhM4g.png?width=1200)
彼女はそう言って、笑顔で
俺の手を握りながら振り上げる。
不思議と緊張が解れて、
なんだかものすごい元気を
彼女からもらった気がした。
『あっ!!せっかく再会したんだし、
LINE交換しようよ!!』
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「えっ…!?いいの…!?!?」
『だって、受験の帰りぐらいは
誰かと一緒にいた方が
寂しいじゃん…!
せっかく久しぶりに会ったんだし、
今日の試験終わったら、
LINEで待ち合わせして
二人で帰ろうよぉ…』
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か、かわいい…!!
彼女の上目遣いに
すっかり悩殺されてしまった俺は
昨日まで疎遠になっていたことが
まるで嘘のように、
易々とLINEを交換してしまう。
『じゃあまた試験が終わったら、
LINEで待ち合わせしようねっ!
またねっ!』
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彼女は俺に手を振って、
新御茶ノ水駅の人混みの中に
消えていく。
まんまと手を振る俺。
『はぁ…。ねぇ…。
アンタ、騙されてるよ』
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ん?
なんで
目の前で消えたはずの
和の声が背後から
聞こえているんだ?
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俺が振り返ると、
そこには
もう一人の井上和がいた。
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『本物の“井上和”は
“私”なんだけど。
本当にアンタって…
昔からバカなところ
変わってないよね…』
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