『オオカミの家』を見ました
はじめに
大学の先輩におすすめされて、映画館でクリストバル・レオン&ホアキン・コシーニャ監督のストップモーションアニメ『オオカミの家』を観てきました。ストップモーションアニメを観るのが初めてであり、この映画を理解するのに必要であろう前提知識もほとんど仕入れないまま観たため楽しめるか不安だったのですが、72分間ずっとその悪夢のような世界観に圧倒されっぱなしでした。というわけで、映画を観た後にはなりますが自分なりに調べたことや感じたことをまとめていこうと思います。映画本編のネタバレを含むので注意。
ストーリー紹介
映画が始まると、自然豊かな山岳地帯の映像とともにナレーションが流れ始めます。「謙虚な私たち」だの「私たちに対する悪い噂を払拭したい」だの、同時に流れる映像の牧歌的な雰囲気に反してどことなく不穏な雰囲気が流れます。それもそのはず、この映画は実在したカルト団体「コロニア・ディグニダ」を題材とした映画であり、同団体が自分たちのコミュニティのすばらしさをPRするために制作した、というテイで作られた映画なのです。
主人公のマリアはそんなコミュニティに暮らす美しい娘。働きもせず動物と遊んでばかりの彼女はある日、家畜の子ブタを逃がしてしまい、きついお仕置きを受けてしまいます。コミュニティの支配と束縛にうんざりしたマリアはコミュニティから脱走することを決意し、ひとり夜の森へと入っていくのです。「オオカミ」におびえながら真っ暗な森をさまよっていたマリアはやがて一軒の家を見つけます。中に人はおらず、住んでいたのは2匹の子ブタだけ。隠れ家を見つけたマリアと子ブタたちとの奇妙な共同生活が始まります。マリアは空想の力で動物を望む姿へと変えることができるのですが、子ブタたちは蹄がそっくりそのまま人間の手足に変わった不気味な姿となり、最終的には人間そのものになってしまいます。マリアは子ブタたちにそれぞれ「アナ」「ペドロ」と名前を付け、かいがいしく世話をしますが、次第に隠れ家の中は悪夢のような世界に変わっていき...…。
「コロニア・ディグニダ」
この映画を理解するうえで欠かせないのが、冒頭のナレーションや作中に登場する「コミュニティ」のモチーフとなったキリスト教系の宗教団体「コロニア・ディグニダ」です。日本語で「尊厳のコロニー」という名前のチリに存在していた(現在は「ビージャ・バビエラ」という名前に変わっています)この宗教コミュニティはナチスの残党を自称する男、パウル・シェーファーが創りあげたもので、数多くの少年を性的虐待し、恐怖と相互監視によって信者たちを支配し、時に当時の軍事政権と手を組み武器の密輸や拷問さえ行った最悪のカルト団体でした。
コロニア・ディグニダの実態や歴史についてはこちらの記事が分かりやすかったです。全6回にわたる記事で少し長めですが、よければどうぞ。読んでいるとその所業のおぞましさにどこか非現実的にさえ思えてきますが、ここ日本でもカルト宗教が衝撃的な事件を何度か起こしているのを考えると、決して他人事ではないでしょう。
演出やシーンについて
本作はストップモーションアニメなのですが、特徴の一つとして全編ワンカットで撮影されていることが挙げられます。隠れ家の壁に描かれていた登場人物が徐々に立体的になっていくさまや、子ブタたちのおぞましい変貌も全てその過程まで映されており、本作の「悪夢のような」と形容される独特の世界観を形作っています。
次に、作中における描写について。前述したように主人公のマリアはコミュニティでの掟や束縛に嫌気がさして脱走を決意します。逃げた先の隠れ家で彼女は子ブタたちに人間の言葉やマナーを教え込もうとするのですが、彼ら(?)がそう頼んだわけでもないのに執拗に躾けようとします。そこにはまるでもう一つの「コミュニティ」が創りあげられたようでした。虐待されて育った子どもが成長し、自分の子どもに同じことをしてしまうように。それしか生き方を知らないマリアが無意識のうちに自分が嫌ったものを他人へと押し付けてしまう姿が印象的でした。
しかしそうはいってもマリアはまだ子ども。他者を効率よく支配し統率する術などあるはずもなく、自分の言うことを聞かない子ブタに罰を与えるでもなく放置していたマリアと子ブタの力関係は次第に逆転していき、物語終盤にはベッドに縛り付けられ、食べられそうになります。追い詰められたマリアはとうとうオオカミ(=コミュニティ)に助けを求め、コミュニティに連れ戻されることになります。童話のようなストーリーのこの映画ですが、フェイク・プロパガンダ映画であるということを踏まえると、教団の所業を正当化するような薄気味悪いものに思えてきますね。
最後に
もっと事前に調べてから観ればよかったな...…とこのnoteを書きながら後悔。観てから書き終わるまでだいぶ時間が空いてしまったので今もやっているところがあるかは分かりませんが、狂気を感じさせるような世界観が好きな人はぜひ。ここまでお読みいただきありがとうございました。