【タル空】ありし日に寄り添う
北国銀行に呼び出された空くんがちょっとしたハプニングに巻き込まれるお話です。
いい兄さんの日、ということで思いついたお話です。会話文多めです。
・空くん、お兄ちゃん属性が元素爆発気味←
※タルタリヤ幼児化(重要)
・幼児化している時と戻った後も記憶なし設定(ほんのり憶えてる、かも?くらいな感じ←)
・本名乱用
・タルタリヤの子供時代や家族、完全に捏造
(両親や下の弟妹の年齢差など)
・北国銀行の構造捏造
・"博士"の能力も脚色多め
・エカテリーナさん含め構成員にだいぶ脚色あり
参考資料
・タルタリヤ キャラストーリー
・公式グッズ 童夢奇珍
※初出 2021年11月23日 pixiv
あれはいつの日のことだっただろうか。
昔のことだから、あまりよく覚えていない。
だけど、
頭を撫でてくれた時に触れた手の温もりのこと。
一緒にした釣りが楽しかったこと。
嬉し涙を流していたこと。
そして、約束を交わしたこと。
それだけは、今でもはっきり憶えている。
北国銀行。
それは、スネージナヤが璃月の活動拠点として開設した場所である。通常の銀行と違うところは、内部の人間は殆どがファデュイに所属する人間であることだろう。早番と遅番で変わる守衛も受付係もファデュイの象徴たる怪しげな仮面を付けた人間が闊歩している。
そんな北国銀行からの呼び出しを受けて、緊張の面持ちで扉の前に居るのは、長い金髪を三つ編みにした異国の装いの旅人の少年、空である。お待ちしておりました、と守衛の早番担当であるヴラドに声をかけられたので、どうも、と軽く会釈をしながらひと呼吸入れた。
(何も無ければいいんだけど…)
ガチャ
スタスタ
意を決して扉を開いて中へと進む。相変わらず銀行にしては煌びやかな風貌でどこぞの迎賓館に足を踏み入れてしまったのでは、と勘違いしそうになる。だが、ぽつぽつとまばらに居るぺこぺこと頭を下げながら、やや青ざめた表情で金銭を工面しようとする利用者…、その存在が、ここが銀行であることを錯覚から呼び起こすのだ。
「旅人様。お待ちしておりました。」
ペコリ
「エカテリーナさん! こんにちは。」
ペコッ
受付前まで歩けば、空の姿を確認した受付嬢たるエカテリーナは恭しく頭を下げた。それつられて会釈を返しながらフレンドリーに声をかけた。
スッ
「突然、お呼びたてして申し訳ありません。」
「気にしないでください。何かあったんですか?」
「実はですね…。」
深々と下げていた頭をようやく上げたエカテリーナは、申し訳なさそうに言葉を紡いだ。仮面越しで普段とあまり変わらぬ声色であるが、タルタリヤを通してそこそこ交流がある空は、最近では彼女の感情の機微が何となくではあるが分かってきたのだ。もしかすると、何かただならぬ事態が起きているのか…。そう察した空が尋ねるとエカテリーナが説明しようと口を動かした。だが…
たたっ
何か小さな影が動いた気がした。
(?? 今、何か動いたような…)
動いた何か、空がそれに気を取られていたせいか…
どーんっ!
「ふぐっ?!」
ドターン!!
「旅人様?!」
その何かが、空に向かって真っ直ぐに飛びついてきた。その衝撃に、反応が遅れたこと、それにあまりの勢いであったことも相まって、咄嗟に受け身を取る間もなく空は床に仰向けに倒れ込んでしまった。
プルプル
「な、何だ…!?」
エカテリーナの珍しく焦った声を聞きながら、衝撃による痛みと腹部辺りの重みに悶えながらも、空は床に肘をついて上半身を震わせながら起こした。無論、飛びついて来た何かの正体を確認する為だ。そして、視界に飛び込んできたのは…
「えっ…?」
じーーーっ
「わぁ……。」
小さな男の子が、空の腹部に乗り上げてこちらを見つめている姿だった。
(子ども? 何で北国銀行に??)
突然現れた見知らぬ男の子が、仰向けに倒れ込んだ空の腹部に乗り上げている。場所が場所なだけに、その存在は、ここには似つかわしくなかった。そんな状況とどこかキラキラした瞳でこちらを見つめている。そんな奇妙な状況に、驚きと困惑で空は琥珀色の瞳を瞬かせた。
(それにしても…)
メッシュの入った柔らかな茶髪。
こちらを見つめる大きな深い青の瞳。
灰色を基調とした服とより濃い色の半ズボンを身に纏っていて、それに三つ折りにした靴下に黒い靴を合わせている。何より目を引くのがベルベットに近い色の赤いスカーフだろう。それが、この男の子の纏う服の中で、その彩りをより強く主張している。
(何だか、見覚えがあるような…)
「きらきらしてる…。」
「えっ?」
「兄ちゃん! 名前は!?」
どことなく既視感を感じることにもますます困惑する空を他所に、男の子はひと言呟いてから、名前を尋ねてきた。むしろこちらが聞きたいくらいであったが、問われたのであれば答えるべきだ。
「えっと、俺は…。」
スルッ
「あれ? よく見ると姉ちゃん??」
「…大丈夫。兄ちゃんで合ってるよ。」
にぱっ
「そっか!!」
答えようとした空が首を横に傾けたせいか、左肩に長い三つ編みが流れた。それを見た男の子は、首を傾げながら呼び方を訂正しようとしたので、その必要がないことを述べた。そうすれば、眩しいくらいの笑顔を浮かべた。
(この笑顔も、何だか見覚えが…)
「取り敢えず降りてくれるかな?」
「あ、ごめんなさい!! 嬉しくて…。」
ぱっ
スッ
「大丈夫だよ。」
その笑顔にもますます既視感を覚えながらもひとまずこのままの体勢では、会話は難しい。だから、降りてもらうように頼めば素直に降りてくれた。体勢を整えた空は、男の子の目線に合わせるように膝を折った。
「俺の名前はね…。」
「"公子"様!! 飛び出しては危ないです!」
「!?」
むっ
「変な名前で呼んでる!! 俺は、そんな名前じゃないぞ!!」
いーっ!
ぎゅっ
そうしてようやく名乗ろうとすれば、エカテリーナの言葉に出鼻をくじかれてしまった。彼女にかけられた言葉に、男の子は一気に不機嫌になって、舌を出して全身で不機嫌なことを露わにした(その際、空に抱きついてきた)。だが、その様子を見守りながらエカテリーナの放ったひと言に、空は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。
今、エカテリーナはこの男の子のことを何と呼んだのだろうか??
「公子、って、まさか…。」
サッ
サッ
エカテリーナを警戒しながら、空に抱きついてくる男の子。それと彼女を交互に見る空に、察したのかひとつため息を吐いて、エカテリーナは説明を始めた。
「お察しのように、その子は"公子"様です。」
サッ
「……………、えええっ!?」
すすす
ぴとっ
「正確には、小さくなってしまった、と言ったほうがいいですかね。」
エカテリーナの言葉に、空は目を見開いて大声を上げた。咄嗟に男の子、いやタルタリヤから若干離れたのは流石と言えるだろう。突然、耳元で大きな声を上げれば誰だって驚くからだ。それに気付いたタルタリヤは、すぐに近寄って再度くっついた。
「ま、まさかそんな…。」
チラッ
「?? えへへ。」
にぱっ
再確認する為にもう一度タルタリヤを見れば、首を傾げながらも空が見てくれたことが嬉しいのか笑っていた。
「な、何でこんな姿に…!?」
ナデナデ
「…ご説明させていただきますね。」
その無邪気な笑顔に思わず頭を撫でながらも説明を求めて、空は向き直った。その様子を指摘するわけでもなく代わりに、一瞬間を置いてエカテリーナは説明を始めた。
エカテリーナの説明によれば、執行官の1人である"博士"の実験に巻き込まれてしまったのだという。偶然、用事があって北国銀行へ訪れていた"博士"はタルタリヤを見た途端、ニヤリと笑って何か薬品のようなものを投げたという。その時を思い出しながら語るエカテリーナ曰く、あまりの早技に流石のタルタリヤも反応できなかったようで、見事にその怪しげな薬品を頭から被ってしまったらしい。
タルタリヤが薬品と接触した瞬間、周囲は煙に包まれたらしい。ようやくそれが治まる頃には、タルタリヤの姿はなく代わりにこの小さな男の子が寝ていたのだという。あまりにも似通った容姿と位置からして、その男の子が小さくなったタルタリヤだと物語っていた。それを見た"博士"は素晴らしい!と言いながら、何やら満足した様子で、こんな効果があるとは…!早速研究に戻らせてもらおう!!と矢継ぎ早に捲し立てて、足早に去ったのだという。
唖然とするエカテリーナや他のファデュイの面々が見守る中、目を覚ました男の子は眠たそうに目を擦ってだぁれ??と尋ねたという。何か言葉を紡ごうとするエカテリーナに対して、物珍しそうに銀行内を見回した後に、父さんと母さんは? まだ出かけているの??と言ったらしい。その言葉を聞いて、また振る舞いから、もしかしたら、薬の副作用として記憶も退行しているかもしれない、とエカテリーナは推測した。仮に、記憶を保持したままであれば、エカテリーナにも北国銀行にも咄嗟に反応を示すはずだ。だが、不安そうにこちらを見る様子からして、その線は無く記憶は退行しているようだ、とそう判断したそうだ。
訝しげな視線を送るタルタリヤに対して、機転を利かせたエカテリーナは、ご両親に"公子"様の遊び相手を任された、ということにして怪しまれないようにしたのだという。だが、幼い子どもにとって、見ず知らずの怪しい人がそんなふうに言えば警戒するのは至極当然のことである。更に言えば、この時エカテリーナは小さくなったタルタリヤに対してもいつものように"公子"と呼んでしまったのだ。その結果、警戒心を剥き出しにして、逃げ回ったのだという。
それでも、他の構成員の手助けもあって、何とか確保して、部屋で待機してもらったのは流石の手腕と言えるだろう。だが、ますます警戒心を強くしてしまったようで、部屋におやつと飲み物を持っていってもまるで威嚇する子犬のように睨んでいたのだという(子どもがするので可愛らしいものであるが)。
さらに、危機は去ったようで去ってはおらず、密かに"博士"を追いかけていった他の構成員の報告から、元に戻るのかについて聞いたところ、いつ元に戻るのかは明確ではないらしくもしかしたらこのままかもしれない、ということだった。だが、必死に頼み込んだ構成員の苦労もあって、近場の隠し工房にて不機嫌そうに元に戻す薬を早急に作っているのだという。だが、完成にはまだまだ時間がかかるようだ。
流石のエカテリーナも困り果てた時、空のことを思い出して、呼び出しをかけた。そして現在に至るのだという。
「そうだったんですね…。」
(執行官は何でもできるのか…??)
「そこで、少しの間でもよろしいので、預かって欲しいのです。」
「それはいいんですが、もしかして、今、忙しかったりするんですか?」
改めて、執行官の能力の高さにある意味で感心しながらも、続けられたエカテリーナの言葉に疑問を返した。
「いえ、問題ないのですが、"公子"様が…。」
むっ
「また変な名前で呼んだ!! そんな名前じゃないぞっ!!」
「このような状態でして…。」
「なるほど…。」
どんな姿であれ執行官様には敬意を払え。
それが、ファデュイでの決まりらしく小さくなったタルタリヤに対しても、執行官の呼び名を貫いていたらしい。だが、幼くなってしまったタルタリヤには、その決まりは理解が及ばず、結果として、エカテリーナは"自分を変な名前で呼ぶ怪しいお姉さん"と認識してしまっているらしい。
「名前を聞かないんですか?」
「我々のような下位の者は、暗黙の了解として執行官様のことに関して、詮索することは避けているのです。」
「今の状態でもですか?」
「ええ、そうです。」
(何だか、複雑だな…)
スッ
「でも、この状態は??」
「それはですね…。」
ファデュイの複雑な事情に、不便さと気苦労を感じた空だが、未だにしがみつくタルタリヤに手を添えるようにして、幼くなった彼のことを指し示しながら説明を求めた。その疑問に答えるように、エカテリーナが説明に入ろうとする。が…
ぱっ
「なぁなぁ!! きらきらした兄ちゃん! 名前は!?」
「き、キラキラ? って、もしかして俺のこと??」
「うん!! 髪がきらきらしているから!!」
(そういうことか…)
チラッ
コクリ
エカテリーナを不機嫌そうに見つめる顔から一転して、再びキラキラと瞳を輝かせたタルタリヤは空に尋ねた。いつもより高い声と空を形容するその言葉に動揺した。どうやら空の金髪がお気に召したようで、ずっと見つめてくる。エカテリーナへと目配せすれば、察してくれたようで、まるで"ご覧の通りです"と言わんばかりに頷いた。
「言うのが遅くなっちゃったね。俺の名前は空だよ。」
「空…、じゃあ、空兄ちゃんだ!!」
「空、兄ちゃん…。」
ジーン…
幼いタルタリヤが呼んだそれに、空は感動の余り目を閉じて天を仰いだ。テイワットに来てからは、男女問わず年上に囲まれることが多い。そうなれば必然的に年下扱いされるのだ。当然といえば当然だが、やはり兄である身としては、兄と呼ばれて慕われたいと思うのも事実である。
無論、年上だけでなく同年代やクレーや七七、ディオナなど、幼い少女もいる。だが、同年代はどちらかといえば、名だたる功績を残すことや料理の腕前など様々な分野を器用にこなす空に対して、程度の差はあれ賞賛の意を込めているところがある。それに、クレーにはガイアを筆頭として西風騎士団のメンバーを慕っているので、空はその一員という括りであるし、七七とディオナはあまり兄呼びするタイプではない。
勿論、それは嫌なわけではない。でも、どこか満ち足りていない部分もあった。きっと贅沢な悩みであるのだろう。だからこそ、久々に兄と呼ばれるのは、空の胸中に独特の幸福感を生み出していた。
「?? どうしたんだ? 空兄ちゃん??」
ハッ
「な、何でもないよ!」
パッ
タルタリヤの声に、仰いでいた顔を下げて、誤魔化した。いくら嬉しいとはいえこれでは怪しい人認定されてしまう。
「空兄ちゃんは面白いな〜!!」
けらけら
「ところで、君の名前は?」
「あっ、そうだった!!」
すっ
そんな空の懸念も杞憂だったようで、タルタリヤは無邪気に笑っていた。それに安堵しながら、空は気を取り直してタルタリヤに尋ねた。本当は名前を知っているのだが、今この場にいる幼いタルタリヤからしてみれば空だって初対面の相手なのだ。お互いに、自己紹介しなければ不自然である。空の言葉に、タルタリヤは思い出したように声を張り上げながら、少し離れて胸を張るように沿った。そして…
「アヤックス!! 父さんがつけてくれたんだ!!」
名乗った名前…、
それは、タルタリヤの本名そのものであった。
それを堂々と、まるで自分のものだと信じてやまないように名乗っている。ということは…。
(まだファデュイに入る前の頃なのか…)
ファデュイに入れば、過去を捨てて仮面を被り自分を偽っていかなければならない。しかし、タルタリヤの場合はまた勝手が違うだろう。彼はまだ家族とも連絡を取り合うくらいだから、関係は良好なはずだ。
つまり、今、目の前にいるのは、ファデュイに入って執行官になる前…、すなわちアヤックスだということが容易に想像できた。そうであれば、エカテリーナへの態度も納得がいく。何せ"公子"もタルタリヤも本名にはかすりもしないのだから。チラリとエカテリーナを見れば、何と両腕で両耳を塞いでいた。まるで、聞いていません、と言わんばかりの態度である。執行官の個人情報にも触れないのだろうか。
「な〜、空兄ちゃん。」
くいくい
クルッ
「ん?? 何かな?」
「俺、遊びたい!!」
エカテリーナの徹底した態度に、ある意味尊敬の念を抱いていれば、服の裾を引っ張られる感触に意識を戻した。そうして振り返れば、アヤックスがそう提案をしてきた。
「いいよ。何がしたい?」
「釣り!!」
クスッ
「即答だね…。」
真っ先に答えられたそれに、この頃から釣りが好きだったことが分かった空は、やっぱりアヤックスだな…、と安堵にひとつ笑みをこぼした。
(そういえば、最近、釣り場を見つけたんだった…)
「じゃあ、釣れる場所に行ってみようか。」
スクッ
スッ
「うん!!」
きゅっ
クルッ
(エカテリーナさん、行ってきます)
ペコッ
ヒラヒラ
璃月で見つけた釣り場を思い出して、案内するために、立ち上がった空は手を伸ばした。その手を紅葉のように小さな手で、アヤックスは掴んだ。すっかり蚊帳の外にしてしまったエカテリーナへと振り返って、お辞儀をすれば、行ってらっしゃいませ、と言わんばかりに手を振って、空とアヤックスを送り出した。
璃月港の外れにて。
「空兄ちゃん!! 早く早く!!」
たたたっ
「そんなに走ると転ぶよー!!」
タッタッタッ
「大丈夫ーーー!!」
たたたたっ
北国銀行を後にした空とアヤックスは、釣り場まで走っていた。待ちきれなくて走り出したアヤックスにつられる形で、空は付かず離れずの距離を保ちながら共に走っていた。
(アヤックスって、小さい頃はやんちゃだったんだな…)
笑いながらすばしっこく走っていく姿に、転ばないように見守りながら空は思案していた。普段の振る舞いと性格からしてある程度は予想していのたが、予想を超えるやんちゃっぷりだった。
実は、今、向かっている釣り場に向かうまでに、屋台やお店に目移りするアヤックスへどんなものなのかを教えたりなどをしていたのだ。彼の故郷であるスネージナヤとは違う風景が珍しいのか、あれは何? あれは?? あれは??? とキラキラと瞳を輝かせながら指差す様子に、笑みを噛み締めながら軽く案内をしていたのだ。
そうこうしている間に、2人は釣り場へと辿り着いた。
「わぁ…! 凄いや!! 凍ってない!!」
ぴょんぴょん
着いた途端、ますます瞳を輝かせてアヤックスはその場で何度も飛び上がった。
クスッ
(テウセルと同じ反応だ…)
「凍ってない海を見るのは初めて?」
「うん!! 表面がきらきら光ってる!! まるで、空兄ちゃんの髪みたい!!」
「そ、そうなんだ…。」
テウセルと同じ反応をしていたことに、やっぱり兄弟だな…と微笑ましく思った空は笑みをこぼした。そして、アヤックスに問いかければ、予想外の返答をしたので拍子抜けをしてしまう。
(どちらかと言うと、アヤックスの瞳の方がキラキラしてると思うけど…)
「じゃあ、釣りをしようか。」
「うん!!」
今もなお輝きを増すその大きな深い青の瞳について思い浮かべながら、空は釣りの準備を始めた。それを手伝うアヤックス、その2人の姿は、まるで本当の兄弟のようだった。
パシャンッ
「わぁ、上手いね!!」
パチパチ
「えへへ、毎日父さんと釣りに行くからねっ!!」
どやぁ
次々と釣り上げるアヤックスに、空は拍手を送った。やはりこの頃から釣りが上手かったようだ。それとも、父親に仕込まれたのだろうか。得意げに胸を張りながら告げられた言葉に、空は褒めながら考え込んでしまった。
(やっぱりまだファデュイに入る前か…)
こんなに無邪気に笑う子が、いずれ戦闘狂になるとは…と思うとやはり胸が痛む。だが、本人が望むべくしてなったのだから口出しは無粋だ。だが、心配していないと言えば嘘になる。それに…
(あいつがファデュイに入って執行官になったからこそ、こうして俺と会えたんだよな…)
そうしみじみ思いながらも、それに次第に恥ずかしくなって自分の言葉を否定するように首を横に振った。
(って、何考えてるんだ!!)
ブンブンブン!
「空兄ちゃん!? どうしたの??!」
ハッ
「う、ううん!! 何でもないよ!! それより凄いよ、アヤックス!! 釣りが得意なんだね!!」
「………。」
空の行動に困惑した表情を浮かべるアヤックスへ誤魔化すように、慌てて言葉を紡いだ。その言葉に対して、てっきり嬉しそうに笑顔を浮かべるのかと思っていたが、予想は外れて、アヤックスは唇を尖らせてむくれた顔をした。
「?? アヤックス??」
「でも…、
最近、赤ちゃんができたから一緒に行ってない…。」
「!!」
(もしかして…)
今度は、空が困惑した表情を浮かべてアヤックスへと尋ねた。そうして紡がれた言葉に、空は目を見開いて、ある推測が思い浮かんだ。
「父さんも母さんも付きっきりなんだ…。
構って!って言うと後回しにされるし、もうお兄ちゃんなんだから、我慢しなさい、って言われたりするんだ…。」
(やっぱり…)
続くアヤックスの言葉を聞きながら、空は推測が的中したことを悟った。どうやら、今のアヤックスは"まだ下の弟妹が産まれて間もない頃"のようだ。それに、聞いた限りでは恐らく彼の1人目の弟か妹が産まれた時だろう。
今でこそ彼の弟であるテウセルの前では、1人称を兄ちゃんに変えるほど、下の弟妹が大好きな兄としての一面を持つアヤックスであるが、流石にこの頃はまだまだ甘えたい盛りであったのだろう。所謂両親の愛情を独り占めしていた時期だ。そんな時に、もう1人子どもができて、両親がつきっきりになってしまえば、不安にもなるだろう。
(こんな時も、あったんだな…)
ぎゅぅっ
「俺のことなんて、どうでもいいのかな…。」
うる…
すっかり弟妹大好きな兄、としてのイメージが定着していたので、意外にも思ったがそういう時期は誰しもあるものだ。それに、次第に子煩悩ならぬ弟妹煩悩になっていくだろう。そう思案していた空だが、竿に縋り付くように両手で握りしめたアヤックスは、その大きな瞳に涙を溜めた。その悲しみの雫は今にもこぼれ落ちそうで、そんな姿に思わず…
「っ、そんなことないよ!!」
空はつい大声を上げて否定してしまった。
びくっ
「そ、空兄ちゃん??」
ハッ
「あ、大声出してごめんね?」
ぶんぶん
「うぅん。だいじょーぶ!!」
(良かった…)
大声に驚いたアヤックスに謝って、気にしていないことが分かった空は胸を撫で下ろした。その気持ちも分かるには分かる。だが、それだけは決して無い。何故ならそんなことはない、と根拠は無いが確信があるからだ。それは…
(未来のアヤックスは、あんなに家族想いになるんだから)
思い浮かぶのは、自分の家族について嬉しそうに話すアヤックスの姿だ。あれは演技では決して生み出すことができないかけがいのないものだ。だからこそ今のアヤックスの発言や気持ちは、不安からくるものでいずれ解消されることであると伝えたかった。そして、それをさらに分かりやすく伝える為に、空は噛み砕いた説明の言葉を紡いだ。
「お父さんやお母さんが構ってくれなくて寂しい?」
こくん
「うん…。」
空の言葉に、まだ不安の気持ちが渦巻いているらしいアヤックスは、借りて来た猫のように大人しくなって頷いた。
「じゃあ、アヤックスは、下の子が出来て嬉しくなかった?」
「!! そんなことない!!」
ばっ
空の次の言葉に、大声を張り上げたアヤックスは全力で否定した。その姿に、空は安堵しながら次の言葉を紡いだ。
ニコッ
「うん、その気持ちがあるなら大丈夫だよ。」
ポン
「本当??」
「うん。アヤックスならきっといいお兄ちゃんになれるよ。」
ナデナデ
「えへへ、空兄ちゃんが言うなら、俺、やってみる!!」
「その意気だよ。」
(それにしても…)
空は、アヤックスの頭を撫でながら言葉をかけた。だが、頭の隅でぼんやりと考えていることがある。それは…
(蛍の頭、撫でていないな…)
まだ再会出来ぬ双子の妹。
2人で旅していた時はよく頭を撫でたものだ。
恥ずかしがっていたが、決して嫌がっていなかった蛍の姿が思い浮かんだ。
ピタッ
「?? 空兄ちゃん??」
こてん
次第に頭を撫でる手を止めた空の様子に、首を傾げるアヤックスの姿を見て、つい話してみたくなってしまった。
(この時のアヤックスになら、話してもいいかな…)
スッ
話してもきっと覚えてはいないだろう。そう思って気が緩んでいたのか、アヤックスの頭に置いた手を離しながら、空はぽつりぽつりと話し始めた。
「実は、俺にも双子の妹が居るんだ。」
ぱぁっ
「ふたご?! すごいすごい!! 仲良いの?」
「勿論だよ。でも…。」
「??」
こてん
聞いていたアヤックスは、ほっぺを赤くして笑顔を浮かべて喜んだ。まだ幼いがどうやら双子の意味は分かるようだ。だが、そのアヤックスに反比例するように空の声は沈んでいく。空の声、それに浮かべる表情が嬉しそうじゃないのが不思議なのか、アヤックスは先程とは逆向きに首を傾げた。
「今は離れ離れになってるんだ…。」
「!! 大丈夫なの??」
「うん。きっと元気だと思う。今、探してる真っ最中なんだ。
だけど、寂しい、かな……。」
そうして、天を仰ぐように見上げた空は、言葉を紡いだ。澄み切った大空は、思っていたよりも時間が経っていたようで黄昏色に染まりつつある。そして流れゆく白い雲…。そのコントラストが、蛍の淡いレモンイエロー色の髪と白い花飾りを彷彿とさせた。
(蛍…)
きゅっ
「空兄ちゃん…。」
ハッ
「ご、ごめん! こんな話しちゃって…。」
蛍を思い浮かべていれば、空の服の裾を軽く掴みながらアヤックスがか細い声で呼んだ。それに現実に引き戻された空は、慌ててアヤックスへと向き直った。
どうやら話し過ぎたようだ。
それも、まだこんなにも幼い子どもに。
そのことが、自身がどうしようもなく情けなく思えてきて何でもない風を装った。
ぶんぶんぶん
「そんなことないよ!! あ、そうだ!!」
ぱっ
「??」
そんな空に呆れた様子もないアヤックスは、何か思いついたらしく座っていた岩の上に立ってこちらへ手を伸ばした。行動の真意が読めずに、空は疑問符を浮かべた。
「空兄ちゃん!! 頭下げて??」
「えっ、どうして??」
「はーやーくー!!!」
ぱたぱた
「わ、分かった。こう、かな??」
スッ
その体勢のまま出されたアヤックスの要求に疑問符を浮かべる空は言葉を紡いだ。しかし、急かすアヤックスが横に広げた手を上下に振り始めた。それを見て根負けした空は頭を下げた。
「うん!! ありがとう!!」
(一体、何が始まるんだろう…)
お礼を言うアヤックスに、ますます疑問符を浮かべていると…
すっ
なでなで
「!! ……アヤックス?」
先程空がしていたように、アヤックスは頭を撫で始めた。そして…
「空兄ちゃん、頑張っててえらいな!!」
「!!」
その言葉に、空は目を見開いた。頭を下げた状態なので、アヤックスの表情は分からない。だが、声だけでも嬉しそうなことが伝わってくる。
それはまるで、成長した普段のアヤックスの声のようであった。
勿論、成長した彼とは声の高さが全然違う。だが、そんな風に嬉しさを声色へと溶け込ませたような響きはそっくりであった。
ぱっ
「母さんがよくやってくれたんだ!! 頑張っていてえらいね、って!!」
スッ
「アヤックス…。」
「だから、俺も空兄ちゃんにしてあげる!!」
一度手を離したことを、小さな手の感触が無くなったことで悟った空は、アヤックスを見るために顔を上げた。そこには思い描いていた通りに笑顔を浮かべるアヤックスが居て、その大きな深い青の瞳には、呆けた表情で見ている自分の姿が映っていた。
頑張ったね。
いつから、言われていなかっただろう。
いつから、頑張るのが当たり前になっていたのだろう。
最後に、言ってくれたのは…
"お兄ちゃんは頑張ってるよ"
ポロッ
「あ、あれ?」
ぎょっ
「!! 空兄ちゃん?! どこか痛いのか??」
おろおろ
スッ
「う、ううん。大丈夫。嬉しくて…。」
「嬉しいと泣いちゃうのか??」
「うん。そうなんだよ。」
(そっか、俺、嬉しいのか…)
感極まった空は、自然と流れ出た涙に困惑する。だが、それ以上に困惑するアヤックスに説明しながら、空は自分の気持ちに気付いた。
この世界に来てからは、賞賛されることはあれど、"頑張ってる"と言われることは無かった気がする。勿論、空が聞き逃していただけで、言ってくれた人も居たかもしれない。だが、少なくともあまり言われる言葉ではなかった。
それに、"頑張る"というのは時にプレッシャーを与える言葉でもある。例えば、マラソンを走る人に、ゴール直前でそれをかけ続けられれば逆に辛くなるものだ。それに、時として嫌味にも聞こえる言葉でもある。だが、それはタイミングの問題であって最適なそれであれば、嬉しくない人はいないだろう。
だが、空の場合はどうだろうか??
意図せずして活躍した結果、一緒についてきた功績は、空を賞賛をすれどあくまでも結果を誉めているに過ぎない。むしろ過程に関しては触れられることが少ないくらいだ。最近では、それに輪をかけてそれが当たり前であることを要求される場が増えてきたようにも感じていた。だが、そんなものは贅沢な悩みである。それに、こうして悩むこと自体良くないことなのではないだろうか。そう思っている間に、"頑張ってること"に対して無意識に自分の中でハードルを上げてしまっていたらしい。
それが、目の前のまだ幼いアヤックスが気付かせてくれた。
飾り気のない真っ直ぐな言葉は、より一層空の胸を嬉しい気持ちで満たしてくれた。
感極まって涙を流してしまうほどに…。
ポロポロ
(止まらない…)
しかし、いくら嬉しいこととはいえ涙がなかなか止まらないのは困る。だんだんと焦り出した、その時…
ちゅっ
「!!?」
ビクッ
目元に柔らかな感触を感じて、空は驚きに身体を揺らして目を見開いた。どうやらアヤックスにキスで涙を拭われたらしい。
「あ、ああ、アヤックス??! 何を…。」
「あ、止まった!」
「えっ…。」
「父さんがたまに母さんにやってたんだ!!」
(ご両親!!)
ガクッ
あまりにも驚いてアヤックスを見れば、無邪気な笑顔を浮かべていた。その言葉に目元に指を置けば本当に止まっていた。どうやら、驚きのあまり引っ込んでしまったらしい。そして、続けられたアヤックスの言葉、そして明かされた両親のやり取りに空はがくりと肩を落とした。
(でも、悪気はないし…)
「あ、ありがとう、アヤックス。」
「うん!!」
方法には驚いたが、涙が止まったのは事実だ。まだ納得はいかないが、お礼の言葉を紡げば、アヤックスはまたも笑顔を浮かべた。
「良かったら、下の子にもしてあげてね。」
「涙が出たらちゅってするの??」
「そ、そっちじゃなくて、こんな風に、ね。」
ポン
ナデナデ
「あ! こっちか!! 分かった!!」
空の言葉に、アヤックスはそう言うので、再び肩を落としながら、これをやってね、という意味を込めて頭を撫でた。そうすれば、納得したように頷いた。
「俺と約束してね。なるべく忘れないようにしてあげること。できるかな?」
スッ
「分かった!! 俺できるよ!! 約束する!!」
すっ
スルッ
指切りげんまん
嘘ついたら氷漬けにされる
指切った
そうして小指を絡めて、2人は約束を交わすのであった。
北国銀行内の応接間にて。
特別に通されたそこに、空とアヤックスは居た。
日が暮れたのを確認した空は、慌てて北国銀行へと戻った。最初は来た時と同じように扉の前に立っていた。違うとすれば、守衛が遅番担当のナディヤに変わっていたことと遊び疲れて眠るアヤックスを空が胸の右側へと抱きかかえていたことだろう。左腕をアヤックスを座らせるような体勢にしながら太ももへと通して、右腕は落ちないようにアヤックスの背中へと添えられている。
改めて時間が経っていたことを自覚した空は、両手が塞がって扉が開けられずに困っていた。そんな空を微笑ましく出迎えたナディヤが扉を開けたので、お礼も兼ねて会釈をした。そんな空と眠るアヤックスを見たエカテリーナがここへと案内してくれたのだ。
普段は特別な客しか通さないが、今回は執行官が関わる問題として許可してくれたのだ。また、よければ泊まっていって欲しいとも頼まれた。驚く空に、エカテリーナはもうすぐ北国銀行を閉める時間だと説明した。それに、まだ元に戻らない状態で目を覚ましたアヤックスがどんな反応をするのかは目に見えて分かっていたからだ。現に眠りながらも空の服を掴んで離さないでいる。
それに、じゃあ、お言葉に甘えて、とまだ遠慮の気持ちを残しながら、空は提案を受け入れたのである。
そして、現在、就寝準備を整えていた。まず、大きめのソファへアヤックスをゆっくりと降ろして、音を立てないようにもうひとつのソファを静かにくっつけて簡易的なベッドにしていた。また、マフラーに似たマントも外して、近場の机の上に畳んで置いた。
「ふぅ…。」
スッ…
「すぅ…すぅ……。」
(よく寝ているなぁ…)
ようやく準備を終えた空はゆっくり息を吐きながら、アヤックスから見て左側へそっと腰を下ろした。そして、これまたゆっくり横になりながら、遊び疲れてよく眠るアヤックスを見ていた。安らかな寝顔を見ているとそれにつられるように次第に瞼が重くなっていく。
(何だか、俺も…眠…く……)
そうして、空も眠りの世界へと誘われて、次第に旅立っていった。そして…
ポゥ…
アヤックスが淡い光に包まれていくのを知らなかった。
しばらくして…
静まり返った北国銀行の応接間で、何かがのそりと動く気配がする。
(…?? ここは…)
その気配は、まだ覚醒しきっていない頭を何とか稼働させて、簡単な動きで辺りを見回す。最初は暗がりに視界が慣れていなかったが、しばらくすれば寝ぼけ眼ながら夜闇に視界が慣れてくる。そうしていくと、だんだん見慣れた景色だと理解してくる。
(北国銀行の、応接間?? 何でこんなところに??)
静寂に包まれた空間は、世界から隔絶されたような錯覚に陥る。唯一、窓から僅かに入る月明かりと室内に微かに漂う埃が、ここが暗がりに彩られた北国銀行の室内だということを証明していた。
まだ若干覚醒しきっておらず辺りを再度見回す気配の正体…、それは元に戻ったアヤックスだった。背丈も伸びて、いつもの服装に戻っている。
キョロ、キョロ
(ん? 誰か隣に居るのか…? ……?!)
ギョッ
自分以外の気配を感じ取ったアヤックスは、確認の為に横を向いた後に、深い青の瞳を見開いて絶句した。何故なら…
隣には、空が寝ていたからだ。
差し込む月明かりに静謐に煌めく金髪。
琥珀色の瞳は閉じられて、より一層幼さを増している。
小さく寝息を立ててこちらへ顔を向けて寝ている。
(え、どういう状況なんだ、これ?!!)
さまざまな疑問符が飛び交って混乱するアヤックスは、空の安らかな寝顔を見ているうちに次第に落ち着きを取り戻していく。
スゥ…
ハァ…
(…起きてない、よね??)
静かに深呼吸しながら、空が変わらず寝ていることを確認していたアヤックスは、記憶を整理することにした。確か、今日は珍しく"博士"が来ていたはずだ。こちらに気付いた瞬間、ニヤリと笑って何かを振りかぶって、それから…。
ガクッ
(駄目だ…、完全に記憶が抜けている…)
その先はどうしても思い出せない。それに、次の場面が目を覚ました今この時まで飛んでしまうのだ。肩を落とすアヤックスだが、それでも確かに憶えていることがある。それは…
(何だか…懐かしい気持ちになったな…)
ひどく懐かしい夢を見ていた…、そんな気がするのだ。
あれは幼い頃、両親が出かけて留守番をしている時だった。確か、初めて下の子が産まれてしばらく経ったあとのことだった。構って貰えず不貞腐れながら待っていたら、次第に眠りについてしまっていた。目を覚ますと何故か見知らぬ大人達に囲まれていた、気がする。
というのも、その大人達にはあまり記憶がない。唯一憶えているのが、その中に居た名前を知らない誰かに面倒を見て貰った、ような記憶がある。これもひどく曖昧であるが、とても楽しかったことだけは憶えている。
今思えば、不思議な雰囲気の人だった。
オーラ、とでもいうべきか、周りの大人達とは違ってとても輝いて見えた。
自分を囲んだ大人達には警戒したが、その人だけは何だか嬉しい気持ちになってすぐに警戒心を解いた。自分の面倒にも嫌な顔をひとつせず優しく笑いかけてくれた気がする。
頭を撫でてくれた時に触れた手の温もりのこと。
一緒にした釣りが楽しかったこと。
嬉し涙を流していたこと。
そして、約束を交わしたこと。
そんなことを思い出した。正確には、肝心の約束の内容は曖昧だが、何かを交わしたことだけは憶えている。しかし、今になって思い出すのは何故なのだろうか。それに、昔のことのはずなのに、まるで昨日のことのように鮮明に蘇った。
(もしかして…)
チラッ
スゥ…、スゥ…
余程深い眠りについているのか一向に目を覚まさない空を流し目で見た。月明かりに照らされる金髪のささやかな煌めきを見ていると、不思議と懐かしさと既視感を憶えた。
まるで、記憶の中のあの人のような…。
(いや、そんなまさかね)
ブンブン
そう考えを巡らせるアヤックスだが、すぐに否定するように静かに頭を横に振った。仮にそうだとしても、年齢が違い過ぎる。それに、空と知り合ってからも時間が噛み合わな過ぎる。だから、その人と空は別だ、と結論づけることにした。
スルッ
「ううん…。」
空の頬へと指を滑らせれば、むず痒いのか空は寝返りを打って、反対側へと身体を向けた。いつものマフラーに似たマントが外されている分、その黒い旅人装束は華奢な背中がより一層強調されていた。
(まぁ、起きてから聞けばいいか…)
カチャッ
パサッ
スッ
呼吸で上下する背中を見ながら、着けていた仮面を外して近場の机に置く。マフラーに似た装飾も外して、机に置かれている空のマフラーに似たマントの隣へ二つ折りにして置いた。そして、起こさないように、空の頭の後ろへそっと左腕を通した。そうして満足したタルタリヤは、ひとまずは起きてから、と疑問を保留にして再び眠りについた。
「ぅうん…?」
そろ…
「!!」
窓から入り込む朝日の眩しさに、空は目を開けた。まだぼやける視界が、意識と共にだんだんとクリアになる。やがて、いつもの視界になって、真っ先に覆い尽くしてきたのは…
メッシュの入った茶髪の青年、アヤックスが寝ていた。
小さな男の子がいた痕跡はすっかり無くなっており、いつもの青年の姿に戻っている。青年に戻っても、元々あどけなさが残るアヤックスの寝顔は先程までいた男の子とそう大差はないように見えた。
(アヤックス?! 戻ったのか??!)
驚きが大きいが、ようやく戻ったことに安堵した。だが、寝る前と比べて何だか体勢に違和感がある。そうしてよく観察すると…
(えっ!?)
いつの間にかアヤックスに腕枕をされている体勢になっていた。枕なしで寝ていたのが、丁度いい高さになっている。
(な、何でだ?!)
慌てふためく空は、まだ目を覚ます様子がないアヤックスを見て諦めのため息をひとつ吐いた。
(……起きたら、問いただしてやる…!!)
決して、腕枕の心地が良かったわけではない。そう自分に言い聞かせながら、起きた後の行動をどうするか誓った空は、再び目を閉じて眠りについた。
アヤックスの目覚めるタイミングに合わせるように…
その後、再び目を覚ました空は、朝日とアヤックスの爽やかな声、それに笑顔によって眩しさを覚えたという。
-END-
あとがき
原神の元祖お兄ちゃんは空くんだよ…!という気持ちで書きました!!
公式様が出した素晴らしいグッズ、"童夢奇珍"のタルタリヤを見た瞬間、空くんと戯れるアヤックス時代のタルタリヤを見たい!ともなりこんなお話を思いつきました!!
やっぱりイケメンはショタ時代も最高だなぁ…ということを再認識しました!←
今ではすっかりお兄ちゃんキャラとして定着したタルタリヤもきっと最初の弟、もしくは妹が産まれた時はこうだったんじゃないかな、という妄想で書いたお話です。それと記憶に関しては、ベタですが"幼少時代に会った記憶がある人が居るけど何となく少しだけ覚えている"くらいのふんわりした設定になってます(^◇^;)←
あと、ショタルタリヤ(言いたかっただけ)もといアヤックスは、私の中でなんとなくCV.藤原夏海さんのイメージです(笑)
個人的に、テウセル役の田村睦心さんと似た声質をしているお方なのでぴったりだと思います!!
また、作中でも書きましたが、空くんは凄い、とか、活躍は聞いてるよ、など賞賛されることは多いけど、頑張ってるね、と言葉をかけられるのはあんまりないなぁ…と思ったネタも含んでいます。
個人的に思う部分もありますが、"頑張ってる"という言葉は使いどころが難しい言葉だと思うんですよ。タイミングを間違えたら逆に苦痛に感じるし、だからといって言われないのは物足りなさを感じる…。
ゲーム本編で東奔西走して頑張っている空くんはお兄ちゃん気質も相まって、"頑張るのが当たり前"みたいな認識になってると思うんです。そんな頑張り屋さんの空くんにこそ飾り気のないまっすぐなその言葉を幼いタルタリヤ、もといアヤックスから言って欲しいとも思いこのお話を書きました。
なんとなくその部分のイメソンは、なんとなくノースリーブスのRelax! です。序盤からいい歌詞なので、皆様も機会があればぜひ聴いてみてください!!
長々と失礼致しました!
ここまで読んでいただきありがとうございます!!
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