おちつかないながさ

切って貰ったけど予想よりも短くなった前髪を気にする七七のお話です。
会話文多め、短いです。

キョンシーも髪が伸びると聞いて思い浮かんだお話です。
あと、小さい頃は前髪とか大人に頼むしかないから失敗したら気分が落ち込むよね、という感じで書きました。

・七七は前髪が伸びたら白朮先生に切ってもらっている、という設定です。
・白朮先生が前髪を切るのが少々苦手設定です。
・七七のお札の位置が任意で増やしたり移動させたりできる設定です。
・天然樹脂の使い方捏造気味

※初出 2021年10月31日 pixiv


不卜盧。

玉京台の正反対の場所に位置するそこは璃月でも有名な薬舗である。長い階段を登り切ると、そこにはまるでサザエの貝殻のような独特な屋根の造形をした建物が鎮座する。入口はまるで来るもの拒まず、と言っているかのように簾が上げられて開放的になっている店内が処方箋を片手に持つ患者を出迎える。中から漂う薬草の香りが鼻腔をくすぐり棚には所狭しと整理の行き届いた薬草達が並べられている。優れた医学者、白朮が店主を務めるここはよく効くことで有名である。また良薬口に苦しの言葉に違わずよく効いても苦い薬にぐずる子供も多いとか。

そんな不卜盧は何やらいつもと様子が違っていた。

「お〜い! 瑠璃袋くれ〜…ってええ!!」

「えっ?!」

驚きに声を上げたパイモンにつられるように空も声を上げた。何故なら、そこには…

「いらっしゃい…。」

いつもおでこに貼っているお札をもう一枚増やした七七が居たからだ。

普段の向かって左斜めに貼られたお札に加えて、もう一枚のお札がやや下の位置の向かって右斜めに貼られている。

二枚分貼られているせいか、七七の顔は隠れてしまっており喋るたびにお札がカサカサと音を立てて揺れている。それに心なしか来店の挨拶をした七七の声はいつもよりトーンが低い。それはまるで、気分が沈んでいるようにも聞こえた。

「な、七七?! どうしたんだ??! お札で顔が見えなくなってるぞ!!」

「七七、何かあったの?」

「………。」
プイッ

真っ先にパイモンが疑問を投げかけると同時に、空も問いかけた。だが、答えたくない、と言わんばかりに七七は黙ったままでそっぽを向いてしまった。それに、包帯が巻かれた小さな右手には何故か白いシーツを持っていた。

「おや、これは旅人さん。いらっしゃいませ。」

「白朮さん。何かあったんですか?」

「いやぁ、お恥ずかしい話なんですが…。」

ヒョコッ
「こいつが前髪切るのを失敗したからちょっと拗ねてるんだよ。」

困惑している空達の元へ不卜盧の店主である白朮がやって来た。いつもと違う様子の七七について問いかければ、苦笑いをする白朮の代わりに、彼の首元にとぐろを巻いている白蛇の長生が説明をしてくれた。

「えぇ。だからお札で隠してるんです。」

「そうだったんですか…。」

「しかも、この子、こいつが絶対髪を切るのを失敗して拗ねるのに、それを忘れて髪が伸びた頃に毎回毎回頼むのよ。」

「そんな事情が…。」

「私も毎回聞くんですが、切っていいと言うので、切るんですよ。」

(白朮さん、意外だな…)

呆れたように言う長生にますます困ったように眉を下げながら笑う白朮だった。そんな2人(正確には1人と1匹)に空は、白朮にも苦手なことがあったことに内心意外に思っていた。

「な〜、ちょっと見せてくれよ〜。」

サッ
「………ダメ。」

「ちょっとでいいから〜!」

サッ
「………。」

空がそんなやり取りをしている間に、どうしても見たいパイモンと必死に隠そうとする七七の攻防が繰り広げられていた。パイモンが近くに寄るたびに、拒否の言葉を口にしながら七七は二枚のお札を抑えて、身体ごと向きを変えている。それに合わせるようにパイモンが近くに寄れば、またも向きを変える。そんないたちごっこが続くかと思ったが…

バッ
「えいっ!!」
カサッ

「あっ……。」

飛ぶスピードを速めたパイモンが、素早く七七に回り込んで勢いよくお札を翻した。驚きに声を上げる七七は、必死にお札を戻そうとするが既に後の祭りであり…

ぱっつんと真っ直ぐに切り揃えられた七七の前髪が露わになってしまった。下がりがちな七七の眉の上まで切られている。

しかも、ご丁寧なことに七七の向かって左に長い前髪に合わせて切り揃えられているので、少々アシンメトリーな前髪になってしまっている。

「「「……………。」」」
ヒラ…
カサリ

驚きに目を見開くパイモンに釣られるように口をも開く空、それに露わになった前髪にさらに眉を下げる七七…。3人がが固まる中、追加されたお札が床に乾いた音を立てて落ちた。反面、いつも貼られているお札は、捲り上がったままだった。しかし、やがてその沈黙は破られることになる。

「ぷっ……あはは! 何だその前髪!!」

「いやあ、何度見てもいいわ、それ。」

「ちょ、パイモンと長生!! そんなに笑ったら…。」
チラッ

思いっきり笑うパイモンとつられてからかい口調になる長生を空は窘めつつ七七をちらりと垣間見た。

ぷく…

ぷく…

ぷくぅ…

バサッ
すすす…

やや眉を吊り上げて、静かに、だが、段階的に、まるで風スライムのように頰を膨らませていく七七は、ずっと手にしていたシーツを被って隅っこに行ってしまった。どうやら持っていたシーツは、こうして被る為に持っていたらしい。その姿は、まるで胡桃が時折呼び出す幽霊にも似ていた。

これは、七七なりの"不機嫌です"という意志の現れだろうか。だが、シーツを被った上部分が弁髪帽の形に盛り上がってしまって少々不恰好だ。それに、薄紫色の長い三つ編みが隠れ切れておらずまるで蛇の尾のように、ちょろん、とシーツから少しはみ出てしまっている。さながら頭隠して尻隠さず、ならぬ頭隠して三つ編み隠さず、といったところだろうか。

「もう、2人とも…。」

「わ、悪かったよ。機嫌直してくれよ、七七〜。」
ツンツン

「………。」
すすす

空が再度窘めるように視線を送れば、長生は居心地悪そうに白朮の後ろに頭を隠した。対してパイモンは、流石に笑い過ぎたと反省しているのか、七七の元へ飛んでいってシーツをつつく。だが、つついた分だけ七七がまた隅っこへと動くだけに終わった。

「どうすりゃいいんだよ〜…。」

「ここは任せて。」
スタスタ

「旅人?」

困り果てているパイモンに、空は何か策があるのか七七の元へ行ってしゃがみ込んだ。

スッ
「七七。」

「………。」
ゴソゴソ

空の呼びかけに、七七は少しだけ近付いてきた。先程、前髪が露わになった時に空が笑っていなかったことが功を奏したらしい。

「これ、作ってみたんだけど、良かったら使ってみない??」

「??」
チラッ

空の問いかけに、七七はシーツをほんの少しだけ捲り上げた。奥には、薄紫色の丸みを帯びた目張りに彩られた大きな牡丹色の瞳が覗き込んでいるのが見える。

「天然樹脂で作ったヘアピンだよ。」

まるで、小動物のような仕草に微笑ましさからはにかみながら、空はヘアピンを見せた。最近、天然樹脂の新たな可能性を模索しながら作っているヘアピンだ。濃縮樹脂を作る要領で挑戦している最中だ。しかし、まだ作り始めてから間も無いため少々不恰好である。だが、丸い形とそのまだらな色合いが七七の操る寒病鬼差に少し似ていたので、出来上がったら渡そうと思っていたのだ。

今日、不卜盧を訪れたのはこれを渡すためでもあった。幸いにも、七七は前髪を気にしているようだったので、タイミング的にもばっちりだったようで助かった。

もぞもぞ
バサッ
「………付けて、欲しい。」
カサッ
スッ

「うん、分かった。」
サッ

シーツを完全に取り払った七七は、早速着けて貰いたい、というように捲り上がっていたのが戻ったお札を再度片手で押し上げながら前髪を出した。それに応えるべく空は、七七の前髪へと手を伸ばした。

スッ…

「どうかな?」
スッ

ヘアピンを着け終わった空は、七七に確認して貰おうと前にリサから貰った手鏡を取り出して、七七へと向けた。以前、身だしなみを(珍しく)気にしていたパイモンに対してリサから貰ったのである。

スッスッ
「……可愛い……。」

手鏡に映り込んだ向かって左にかかる前髪を抑えるように控えめに添えられたヘアピンを確認するようにいじる七七は、どこか嬉しそうだ。牡丹色の瞳を嬉しそうに細めていることからもどうやら気に入ってくれたらしい。釣り上げていた眉もいつの間にか柔らかくなっている。

「良かった。」

サッ
カサッ
「……ありがとう。」
ギュッ

ようやく機嫌が直った様子に、空は安心した。手鏡を下げてお札を定位置に戻した七七は、そんな空の指先を小さな両手でちょこんと握りながら七七はお礼を言った。

「どういたしまして。ほら、2人とも。七七に何か言うことがあるよね?」

「うっ、ごめん、七七。笑ったりして。」

「……悪かったよ。」

コクン
「…うん。大丈夫。」

再度窘めるように言った空に、パイモンといつの間にか顔を出した長生は居心地悪そうにしながらも謝った。それに頷いた七七も許してくれたようだ。

「ありがとうございます。旅人さん。」

「いいんですよ。七七が喜んでくれたようで俺も嬉しいです。」

仲直りした3人を見守っていた白朮は、空にお礼を言うのであった。

こうして機嫌が直った七七は、しばらくヘアピンを周囲に見せていたという。

-END-

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あとがき

小さい時って、前髪は親に切って貰うけど、失敗したらしばらく憂鬱な気分になるよね、という気持ちと筆者の美容院経験を元に書きました。

というのも、筆者はおしゃれ目的皆無で、短くするためだけに予約するんですが、指名も面倒くさいからしないので美容師さんはいつもランダムです。なので、ハズレの美容師さんに当たった日は不機嫌になります…。だけど、また切る頃には、切って貰った時の不機嫌になったことを忘れて、また指名なしで予約する、という体験を活かしました。←どうでもいい説明

ここまで読んでくださりありがとうございました!
次ページにおまけもありますので、よろしければどうぞ→

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おまけ①
素朴な疑問
双子ちゃんの幼少期捏造

「そういえば、髪を切った七七の宥め方、すごく慣れてたよな?」

「…実は、小さい頃に蛍の前髪を切って失敗したことがあったんだ。」

「えぇっ?! というか、小さい頃、って刃物持って大丈夫だったのかよ??!」

「流石に扱えるくらいだったよ。だけど、やっぱり慣れなくてさ。」

「それで、妹さんはどうしたんだ?」

「"お兄ちゃん下手だから自分で切る!"って泣きながら怒ってたよ。」

「そうだったんだな…。あ! そうだ!!」

「急に大声出してどうしたんだよ??」

「妹さんの分もヘアピン作ろうぜ! それで、会えたら渡すんだ!!」

「!! …いいね。作ろうか。パイモンも作る??」

「おぅ! 任せとけ!!」

(蛍、喜んでくれるかな…?)

そんなことを思いながら、パイモンと一緒にヘアピン作りをする空であった。

-END-

おまけ②
ディオナとお揃い

キャッツテール前にて。

「こんにちは。ディオナ。」

「あっ、旅人さん! こんにちにゃ!!」

ヒョコッ
「…こんにちは。」

ディオナに挨拶をした空の後ろから七七が顔を覗かせて、同じく挨拶をした。

「あっ! 七七ちゃん!! こんにち、にゃっ!? どうしたの? その髪型!!」

モジモジ
「………。」

挨拶を仕掛けたディオナだが、途中で驚きに声を上げた。何故なら、ディオナと同じように七七が前髪を括っていたからだ。その前髪を見せるために、お札を顔の左側へ移動させるほどの徹底ぶりだ。ヘアピンを作って以降、腕が少し上がった空は、天然樹脂での飾りを取り付けたヘアゴムも作ったので、それを見せに来たのである。

「お揃いにしたのを見せたかったんだよね?」

コクン
「…髪型、可愛い。だから…お揃いに、したくて……。」

「お揃い……!」
(ふぁぁあ、何だか嬉しいにゃ…!)

「??」
コテン

ハッ
「ま、まぁまぁ似合ってるんじゃにゃい? まぁ、アタシほどじゃないけどっ!!」
フイッ
ピーンッ

内心嬉しくて仕方ないディオナだが、ツンツンとした言葉を出してそっぽを向いてしまう。しかし、その三毛柄の尻尾は真っ直ぐ立ってるように伸びておりディオナが内心嬉しがっていることを表していた。

コソッ
(嬉しいみたいだよ)

コクン
「……良かった。」

「にゃっ?! な、何でそうなるにゃ!!」

2人のやり取りを温かく見守る空であった。

その後、羨ましがったディオナとその後に来たクレーに、空は天然樹脂で作ったヘアゴムを再度作った。七七は変わらず寒病鬼差の形、ディオナは肉球の形、クレーは四葉のクローバーの形だ。

そして、3人お揃いで着けたところを褒めたのだという。

-END-


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