隠した気持ち、未だ知らぬまま

魔神任務"私たちはいずれ再会する"の直後
蛍ちゃんが本当の気持ちを密かに溢す話です。短めです。
蛍ちゃん独自、最後にちょっとだけ空くんが出ます。
n番煎じ感満載ですが、気持ちの整理のために書かずにはいられませんでした…

必然的にネタバレ注意、仕様で改行多めです。
アビス教団、組織に所属する者の関係性捏造

参考資料
・双子ストーリームービー
・魔神任務 私たちはいずれ再会する

※初出 2021年6月22日 pixiv


アビス教団。

異様な雰囲気が漂うそこには、アビスの魔術師を始めとする人智を超えた者達が集って、野望の為に日々暗躍している。

最近の噂によれば統治者なるものが現れて、悪知恵が働くアビスの魔術師へ更に的確な指示を与えて、邪悪なる計画を進めているのだとか…。

そんなアビス教団の潜伏する建物内にある一室。その空間に歪みが生じ始めた。

ブォンッ

「『姫』様。到着致しました。」

「…えぇ、ありがとう。」

重苦しい音と共に空間を捻じ曲げてだんだんと広がっていく。深淵を思わせる紫がかった暗く鈍い星々の煌めきを閉じ込めたような空間から現れたのは、異形の風貌をした長身の人ならざる者、アビスの使徒・激流と白を基調とした異国の衣装を纏った少女、蛍であった。後ろで恭しく傅くアビスの使徒に礼を告げる。振り返った際に、短めのレモンイエローの髪と異国に咲く白い花の髪飾りが揺れた。

「然るに、"あの者"への対処は如何致しましょうか?」

ピクッ
「………しばらくは、様子見ね。手出しは無用よ。」

スッ
「姫様の仰せのままに。」

使徒が言う"あの者"、その言葉が指し示すのは1人しかいない。双子の兄、空のことだ。心なしかおざなりに言われたことに少しばかり腹立たしさと微かな動揺が浮かんで、部屋に入ろうと進める足が止まる。だが、悟らせないように、すぐに気持ちを切り替えて言葉を紡ぐ。使徒は、納得したのかどうかは分からない無機質な声色で、それでいてかろうじて蛍の言うことに従っているような素振りを見せる。

「もう、下がっていいわ。」

「はっ。」
スッ

反面、蛍の柔らかな声色で、しかし、突き放すように命令を下せば、使徒は姿を消した。

「………。」
スタスタ
ドサッ

姿と気配が完全に消えたことを感じた蛍は、天蓋付きのベッドに近付いた。薄いベールをくぐり抜けて、崩れ落ちるように座り込んで、寄りかかりながらシーツへと顔を埋めた。清潔で柔らかく滑らかな質感に安心感を覚えた。その感触が、包容力がある優しい兄、空を連想させた。

「空、無事でよかった…。」

それと同時に、張り詰めていた糸が解れたのか、先程まで浮かべていた虚ろな表情はなりを潜めて、安堵の笑顔を浮かべた。心の底から漏らした声と同時に、無意識に浮かんだものなのか、目尻にうっすらと涙が滲んでいる。顔を上げて、シーツの白い海にぽつりと雫が落ちたのを気にしない素振りをして、空の顔を思い浮かべた。

驚きと戸惑いに瞳を丸くしていた。
蛍の冷たい振る舞いに泣きそうな顔をしていた。
なんで、どうしてと顔に出ていた。
言ってることが分からないよ、と歯を食いしばりながら憤っていた。
去る間際、混乱と動揺に口を戦慄かせながら、走って追いかけてくれた。

幸いにして、今は敵対するダインスレイヴにそれを阻まれたわけであるが。

「今は、璃月に居るんだね…。」

空が岩元素の象徴たる淡い琥珀色を纏いながら闘う姿を思い出して、そっと胸元に手を置いた。蛍の纏う白を基調とした異国の装い、それよりも淡く白く透明に近い色で発光するその箇所は、七つの元素、そのうちのどれかひとつを何も纏っていないことを示していた。かつてダインスレイヴと共に、七国を訪れ、七天神像の恩恵を受けながら旅をしていた。だが、それすらも手放してしまったことを時折無機質に発光しているそれが証明していた。

本当はもっと色々話したかった。
何故アビス教団にいるのか、その理由を話したかった。
来るべき時に一緒に戦おうと告げたかった。

だが、それはまだ出来ない。

「ごめんなさい。でも、まだ、だめなの。」

首を横に振りながら決意の表情を浮かべた蛍は、胸元から手を離してシーツを掴んだ。ぎゅっ、と強く握り込んだそれは、己の内にある葛藤に抗っているようにも見えた。話してしまえば間違いなく決心が揺らいでしまうだろう。突き放すように告げた言葉は、半分、いや、ほとんど自分に言い聞かせていたようなものだ。

俺と一緒に家に帰ろう! 蛍!

その言葉に本音を漏らしてしまっていた。こんな自分にも変わらず接してくれようとする姿に安心感を覚えた。それが、アビス教団に来てからの安寧とは言い難い日々を少しだけ忘れさせてくれた。

「少し、休ま、ないと…。」

精神的な負担を感じてしまうと一気に疲れが押し寄せてくる感覚に陥る。横になろうとするが、睡魔に抗えずに意識を手放した。

コンコン

カチャ…

『ヒ、『姫』サマ。失礼イタシマス…。』

控えめなノックをして、伺うように控えめに扉を開けるのは、アビスの魔術師・氷なる者だ。気弱な性格故か力が弱くそれを表すように耳も弱々しく垂れているのが特徴的だ。浮かびながら移動して、手元にはハーブティーを浮かべている。まだ暖かいそれは、移動するたびに空中で湯気が揺らいでいる。

以前、海灯祭の時にどういうわけだが、蛍に指名された為、執事役のような役割を担っている。最近では、少しずつ力をつけてきたおかげか、口調も以前よりだいぶ流暢に喋ることができる。

『ハーブティーヲオ持チシマシタ。ヨロシケレバ…??』

「すぅ…すぅ…。」

『オ休ミ、サレテイルノデスネ…。』
カチャ

反応がないことに疑問符を浮かべながら、視線をベッドに移す。横にもならずに座り込んで寝息を立てる蛍が仮面越しの眼に映り込んだ。ふよふよと手元近くに浮かばせていたハーブティーを小さいテーブルに置いてから、人差し指を空中に掲げて、弧を描くように滑らせた。

スッ

ふわっ

すると、蛍の身体が宙に浮かんで、シーツに仰向けになって沈んだ。あの姿勢で寝るのは流石に身体を痛めてしまうと思った計らいである。もし、蛍が起きていたら、相変わらず人間臭いことをする、と思うだろうが、生憎と起きる気配はなく夢の中だ。

衝撃で目を覚さないか心配していたが、変わらず寝息を立てていた。それに安堵して、改めて蛍を見つめた(と言っても、まるで周囲を警戒する小動物のように、ベッドの影に隠れながら、そっと様子を伺う程度であるが)。

統治者として君臨する蛍であるが、閉じられて長い睫毛が頬に影を落として眠る姿は、人間にしては、まだまだ幼い少女だというのが分かる。こんなまだ年端も行かぬ少女が統治者として冷酷に振る舞う姿が、今、安心したように寝ている少女と同一人物だとはとても見えない。そのことに、未だに違和感を覚えている。

かつて滅亡したカーンルイアにて、民がアビスの怪物として変わっていく情景は、今はもう思い出すことができない。何せ500年も経っているのだ。もう人間だった頃の自分のことや家族、生活や趣味嗜好、人間関係など大昔の出来事である為、ひどく朧気である。そのことに悲しみを抱かなくなったことにも慣れてしまった。

その情景を浮かべながらも、すぐに気持ちを切り替えた。何せベッドに横にさせたらいいものの、この後どうしたらいいか分からないからだ。とりあえずテーブルに置かれたハーブティーと眠る蛍を見て、起きた時に渡せるように近くの小さい椅子に腰掛けた。

落ち着きなさそうにそわそわしつつも蛍が居るので、ピシリと背を正すが、つられるようにだんだんとうつらうつらと船を漕ぎ始めた。しかし、時折ハッとしたように首を横に振りながら何とか眠気を覚まそうとするが、再度睡魔に襲われそうになる、それを繰り返していた。

(いつか、旅の終点で、会いましょう。

…空。)

そんな魔術師の葛藤は知らず、蛍は夢見心地で無意識のうちに呟いた。

「!!」
ガタッ

「ぅうん……、どうしたんだぁ??」

「なんだか、誰かに呼ばれたような気がして…。」

一方、軽策荘にある大広間にて。

黒を基調とした異国の装いをした旅人である空は、椅子に腰掛けていてうつらうつらと船を漕いでいた。だが、誰かに呼びかけられたような気がして、琥珀色の瞳を見開いて椅子から勢いよく立ち上がった。少々大きな音を立ててしまった為に、椅子に寝そべっていて既に半分夢の中だったパイモンは疑問符を浮かべて眠そうに問いかける。だが、空自身も分からず、ただひどく懐かしい、そんな不思議な感覚に戸惑いの返答をした。

現在2人が居るのは、軽策荘にある吹き抜けの大広間である。野宿することが多い空とパイモンを気遣って、管理人である若心は、立ち寄った時は休んでいきなさい、というありがたい言葉を貰っていた。最初は野宿には慣れているので大丈夫、と遠慮したのだが、パイモンがごねるのと、ちゃんとした場所で休みたい、というほんの少しの本音が出たのでそれに甘えることにした。以来、時折立ち寄った際には休ませて貰っているのだ。

「何でもないから、パイモンは寝てていいよ。」

「そうかぁ? 何かあったら、呼ぶんだ、ぞ…。」
すぅぅ……

眠そうに目を擦るパイモンに、空は何でもないことを装って優しく諭した。まだ心配そうな様子であったが、限界に達したのか喋りながら眠りについた。寝息を立てる姿に優しく笑みを浮かべながら一瞥すると、長い金髪の三つ編みを揺らして広間から少し歩みを進めた。その先で目に止めたのは、柱に貼られた一枚の貼り紙、尋ね人のお知らせだ。それに、そっと優しく触るように指を滑らせた。思い浮かべるのは、焦がれてやまなかった双子の妹、蛍との思わぬ再会だ。

最初は、冒険者協会からの依頼だった。ただ調査をすればいいのだと、思っていた。だが、怪しげな秘境に、すでに生き絶えていた大宝盗家、それに穢れた逆さ神像…。調べていくうちにだんだんと不穏な気配に包まれていく感覚に、背筋に嫌な汗が浮かんだのが鮮明に甦る。

その後、アビスの使徒と闘いながら、アビス教団の企みを知った。その野望を阻止する為に、思わぬ再会を果たしたダインスレイヴと共に調査をしていた。途中、かつて見た火の海が滅亡していくカーンルイアだったこと、そしてそれが神によって滅ぼされたことを知った。その過程で、テイワット各地を徘徊する遺跡守衛が、実はカーンルイアでは、耕運機と呼ばれていたもので、現在は制御不能で彷徨っていることを知った。

やがて、秘境にて再び現れたアビスの使徒をダインスレイヴと共に追い詰めるものの助太刀に現れた人物に食い止められた。

その人物こそ探していた妹の蛍であり、それが、思わぬ再会となった。

しかし、アビスの使徒と一緒に居たあの時の蛍は、別人のように冷たい表情をしていた。記憶の中にある長い睫毛に縁取られた輝く瞳は影も無かった。そして、虚ろな声で告げられた衝撃の事実にも驚きを隠せなかった。

ダインスレイヴがカーンルイアの滅亡を阻止できなかったこと。
その時に不死の呪いをかけられて彷徨っていたこと。
アビスの怪物が変貌したカーンルイアの民だったこと。

混乱する頭で、去ろうとする蛍を止めようと呼びかければ、

うん、もちろん、空がいる場所が「家」だよ。

この時に言葉を告げた蛍は、優しく微笑んでいた。その笑顔が、記憶の中の蛍そのもので、ようやく空の知る蛍に再会できたような気がして嬉しく思った。

だが、それも束の間。
アビスが「神座」を下す前に、まだ「天理」との戦いが残っている。だから、まだ空と次の世界には行けない、と告げられた。その表情に覚悟の色を垣間見た為、それ以上引き止めることはできなかった。

私たちはいずれ再会する。

急ぐことはないよ、空。
待つだけの時間が十分にある。

私たちには…十分時間がある。

冷たく虚ろな表情に戻ってそう告げた蛍は、アビスの使徒が作り出した空間に向かって去っていった。追いかけようとしたが、機転を利かせたダインスレイヴによって阻まれた。その後、唖然としながらもパイモンと情報をまとめた。だが、正直な気持ちでいえば、まだ強い混乱が胸中を占めている。

世界は謎だらけ。
解き明かしていけば真相に辿り着けるはず。

蛍の成すべきことが何か。
アビスの「神座」を下すとは何か。
「天理」とは何か。

きっと分かるはずだ。

だからこそ。

ギュッ
「やるべきことはまだまだたくさんある…!」

貼り紙の前で強く手を握りしめた空は、決意を胸に星空を見上げた。離れていても、この星空は繋がっている。どこか遠くで蛍も見ていることを祈って…。

明かされた謎はさらなる謎を呼ぶ。

知ろうとする好奇心は吉兆を運ぶか。
はたまた更なる試練を課すのか。

だが、真実を知りたくばひたすら突き進むしかない。

それが唯一残された道だというのなら。

後日、2人が野宿生活をしていることを知ったピンばあやから、まだまだ長い旅になるのだからそれはいけない、と贈り物を貰うことになるのだが、それに必要な素材を入手する為に、璃月の法律家である煙緋と共に行動することになるのだが、この時はまだ知る由も無かった。

-END-


あとがき

魔神任務の双子ちゃんが辛すぎました…(;ω;)
あまりに辛すぎてなかなか筆を取れなかったです……
ちょっと色々なことが衝撃的すぎて、頭を整理する為にも筆を取りましたが、ますます混乱しています…
蛍ちゃんのあの素振りは、気持ちを押し殺した上での振る舞いだと思っています…
双子ちゃんに幸あれ…

余談ですが、最近、テレビで蛍が眺める綺麗な場所特集をよく目にするので、そのたびに蛍ちゃんを連想してしまいます…(T ^ T)

ここまで読んでくださりありがとうございました!!

ちょっとだけおまけ↓


おまけ①
ほのぼのアビス教団
※実際のアビスの魔術師&使徒とは異なります。

「これを『姫』様に持っていけ。」
スッ

『? コレハ…?』

「ハーブティーだ。あの様子、お疲れだろうから、渡したら戻ってこい。」

アビスの使徒・激流から渡されたのは、カップとソーサーだった。出来たてなのか、湯気を立てている。

『ワ、ワカリマシタ! トコロデ、使徒サンガ、コレヲイレタノデショウカ…??』

それを空中に浮かべながら受け止った気弱なアビスの魔術師・氷は、普段はしない行動とまさか使徒自身がこのハーブティーを煎れたのかという疑問、そして何より長身にそぐわぬ小さなカップとソーサーを手にするシュールすぎる絵面に、戸惑いで交互に見ながら疑問を口にすれば、使徒は言葉を紡いだ。

「…無駄口を叩いている暇があるならさっさと持っていけ。」

ビクゥッ
『ハ、ハイィィ!!』
ビュンッ

つい疑問が口に出た魔術師であったが、使徒の出した無機質で低い声と殺気に驚き足早に去っていった。

「全く、『姫』様も何を思ってあのような者を指名したのだ??」

その様子にため息をつきながら、理解できないと言わんばかりに首を振った。

パチッ
「ん…。」

いつの間にか寝ていたのだろうか。目を覚ました蛍は目を擦りながら部屋全体を見回した。

「? これは…。」

そこで、寝る前にはなかった変化に気づいた。ベッドのすぐそばに、ハーブティーが置かれている。もう冷めてしまっているが、香りからしてカモミールだろう。不安やストレスを和らげる効果があるそれは、時々寝起きに置かれているものだ。このほんの少しの気遣いは、いつも僅かながらに蛍の気持ちを和らげていた。次に目についたのは、隅で寝る魔術師だ。ぷうぷうと鼻ちょうちんを出しながら寝息を立てて寝ている。

この気弱な魔術師が率先して行ったとは考えにくいので、恐らく誰かに促されたのだろう。部屋に置いたらすぐに戻ればいいもののこうしているのは、直接渡そうとしてくれようとしているのだろう。

その気弱さから、他の魔術師と違い企みとは縁遠そうだ、と感じていた。そして、何よりもそのどこか人間臭い行動、それがこの場に置いて、蛍に束の間の安心感を与えてくれる。その為、そばに置いているのだ(無論、警戒は怠りはしないが)。

「…ありがとう。やっぱり貴方でよかった。」

そう言って未だ眠るこの気弱な魔術師を起こすために、蛍は鼻ちょうちんを指で突いて割った。それに驚いたのか慌てふためいて椅子から転げ落ちる様子に、驚きに瞳を見開いた後にくすくすと笑う蛍であった。

-END-

おまけ②
シリアスブレイク気味パイモン

「なぁ、お前の妹さん、『姫』様って呼ばれてたよな?」

「…そうだったね。」

「ということは、だ。」

いつになく真剣な表情をするパイモンにその続きを待つ。

「美味しいご馳走いっぱい食べてる、ってことか?!」

「………パイモン。」

だが、次に告げられた言葉に、空はジト目で見つめながら腰に両手を当てた。呆れた時にする癖だ。

「な、何だよぅ! 想像するのは自由じゃないか!!」

「そんなこと言ってると、この新作料理の試食無しだぞ。」

「なぁぁあ!? 分かった、分かった!! オイラが悪かったよ〜!!」

「冗談だよ。はい、冷めないうちにどうぞ。」
スッ

「わぁい!!」

新作料理に飛びつくパイモンを微笑ましく感じながら、眉を哀しげに潜めた。

(蛍も、ちゃんと食べているといいな…)

想うのは蛍の心配だ。『姫』様と呼ばれるくらいだから、粗雑に扱われていないだろう。食事にしても、あながちパイモンの言うことも間違っていないのかもしれない。だが、所詮は憶測に過ぎない。

(いつか、また会えたら、俺の料理も食べて欲しいな…)

いずれくるであろう再会を待ち望みながら新たな目標を立てる空であった。

-END-

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