あたたかいまほう
エンジェルズシェアで休憩するために立ち寄った空くんと七七が、コーヒーの試飲をするガイアパイセンとクレーに合流するお話です。
前から書きたかった七七の味覚に関するお話と開催予定のイベント「酌み交す酔夢」がめちゃくちゃ楽しかったので、思いついたお話です。
※七七の味覚について、改めて自己解釈をしたことを題材にしたお話です。
・かつ今まで七七がどう過ごしてきたかも捏造だらけ←
・食感の他にも、温度も感じる設定です。
・ガイアパイセンの口調迷子気味…
参考資料
・七七のキャラプロフィール
・月逐い祭での七七のセリフ
※初出 2022年3月3日 pixiv
不卜盧。
玉京台の正反対の場所に位置するそこは璃月でも有名な薬舗である。長い階段を登り切ると、そこにはまるでサザエの貝殻のような独特な屋根の造形をした建物が鎮座する。入口はまるで来るもの拒まず、と言っているかのように簾が上げられて開放的になっている店内が処方箋を片手に持つ患者を出迎える。中から漂う薬草の香りが鼻腔をくすぐり棚には所狭しと整理の行き届いた薬草達が並べられている。優れた医学者、白朮が店主を務めるここはよく効くことで有名である。また良薬口に苦しの言葉に違わずよく効いても苦い薬にぐずる子供も多いとか。
そんな不卜盧の薬採りのスペシャリストである七七でも、入手困難な薬草がある。
例えば、モンドにある蒲公英の種、稲妻にある緋櫻毬など特定の元素を当てることによって得られる植物だ。しかし、薬草の研究に余念の無い白朮によってごく稀に頼まれることがある。
そんな時、七七はある人物を思い浮かべて、手助けをして貰うために行動に出るのだ。
モンドの通りにて。
「七七、蒲公英の種は足りそう?」
「一、三、五、七…。うん、大丈夫。」
昼時の賑やかな街並みを歩くのは、それぞれ異なる三つ編みを束ねる2人だ。1人は長い金髪を三つ編みに束ねた旅人の少年、空である。そしてもう1人は、薄紫色の髪を小さめの三つ編みに束ねているのが特徴的なキョンシーの少女、七七である。声をかけられた七七は、独特な数え方で蒲公英の種を数えていた。たまに体操をしている時にも、一、二、七、七…と独特な数え方をしているので、七七独自の数え方なのだろう。
白朮に、モンドにある蒲公英の種の採取を頼まれた七七は、旅人という立場故に各地に知り合いが多い空のことを思い出して、手伝って欲しい、と頼んだのだ。だが、幸いにも空はその身に風元素を纏っていた状態だったので、自ら引き受けることにしたのだ。ちなみに、不要な混乱を避ける為に空は立ち寄る国ごとに、その国の七天神像になぞらえた元素を纏うようにしているのだ(たまに、別の元素を纏った状態で立ち寄ることもあるが、誰にも指摘されたことはないので、皆さほど気にしてはいないのだろう、と解釈している)。
「少し休憩しようか? いい場所を知っているんだ。」
「………。」
こくん
かさり、かさり
空の問いに、七七は頷いた。かなり歩いたので、少し疲れていたのだ。空に案内されるままその場所へと足を進める。その度にお札が揺れて、乾いた音を立てていた。
エンジェルズシェア。
ここはモンドでも有名な酒場である。店名の由来は、バーテンダーであるチャールズ曰く、酒蔵の酒は蒸発などにより醸造完了時の量より少しだけ少なくなることがあるのだ。醸造者はそれを"天使に取られた分"と呼ぶことがよくあるため、残った分は"エンジェルズシェア"となる、というのが由来らしい。
カランカラン
「いらっしゃい。」
「こんにちは、ってあれ?」
「うん? …これはこれは、旅人じゃないか。」
「あー! 栄誉騎士のお兄ちゃん!! それに七七ちゃんだ!!」
「ガイア! それにクレーも。」
バーテンダーであるチャールズの声掛けと共に、店内へと入った空と七七は、褐色の肌にメッシュの入った群青の長髪を束ねた眼帯を身に付けている青年、ガイアと羽根付きの赤い帽子を被って可愛らしくふたつ結びにした先端が薄桃色に色付いた淡い色の髪、それに重そうなリュックを背負っているのが特徴的な少女、クレーに遭遇した。ガイアはともかくクレーがここ居るのは非常に珍しい。店内に流れるクラシカルなBGMといつも駆け回っているイメージの強いクレーが椅子に大人しく座っている…。そんな組み合わせがどこか噛み合っているようで噛み合っていないような印象を与えていた。
「2人がいるなんて珍しいね。」
「ハハッ。そうでもないさ。…それより、そちらのお嬢さんはどちらだ?」
「………。」
すすっ
きゅっ…
「七七、大丈夫だよ。俺の知り合いだから。」
ニコッ
「………うん。」
こくん
おず…
ガイアに声をかけられた七七は、警戒するように空の後ろに隠れて、マフラーが合わさったような独特な形のマントの裾を掴んだ。その様子に、空は安心させるように微笑みながら優しく声をかけた。その表情と声に、まだ戸惑いながらも、多少は納得したのか七七は小さく頷いてガイアの前へと出た。
「…七七だ。キョンシーだ。」
「ほぅ? ということは、璃月から来たんだな?? はるばるご苦労様だな。」
「ガイアお兄ちゃん! クレー、七七ちゃんとお友達なんだ! ねー、七七ちゃん!!」
にぱっ
「………うん。」
こくん
(ちょっとは緊張は取れたかな…?)
七七が挨拶をすると、ガイアはその隻眼を丸く見開いてやや大仰に片手を仰いだ。その様子を見たクレーが、元気よく説明を付け加えた。それに同意するように七七も頷いた。どうやらクレーの声に安心したようで、心なしが先程よりも表情は柔らかい、気がする。
「これまた驚いたな。今後もクレーと仲良くしてくれると嬉しいぜ。」
「………。」
こくん
「まぁ、立ち話もなんだ。お前さん達がよければ、ここに座るといい。」
スッ
片手を降ろしたガイアの問いに、七七は無言ながらも頷いて答えているので、大丈夫そうだ、と空が考えていれば、ガイアが空いてる席を指差してそう提案してくれた。
「ありがとう、ガイア。チャールズさん、ここいいですか?」
「えぇ、どうぞ。」
「ありがとうございます。」
ガタッ
「………。」
ぴょいっ
ガイアにお礼を言いながらも、一応、といわんばかりにチャールズに声を掛けてから空は座った。それに続くように七七も隣に座った。少々背が高い椅子であるためか、足をぷらぷらと揺らしている。時折クレーと目が合う度にお互い笑い合っている(といっても、クレーはえへへっ、と声を出しながら、七七はほんの少し口角を上げる、といった違いはあるが)。
「それにしても、2人はなんでここに?」
「実はあいつからある頼まれごとをしてな。」
「あいつ…、って、あぁ、なるほどね…。」
先ほどから抱いていた疑問を空が投げかければ、ガイアはやれやれ、と言わんばかりに、かつ満更でもなさそうに説明した。その言葉で、空はある人物が思い立った。ガイアの言うあいつ、とは、このエンジェルズシェアのオーナーのそのまたオーナー、つまりはディルックのことだ。
最近、エンジェルズシェアでは新たな試みとして、コーヒーを出しているらしくその試飲を頼まれたようだ。
「それが、このコーヒーか?」
「あぁ、美味いぞ。」
スッ
コクコク
テーブルに並んだ黒々とした液体が入ったマグカップ…、どうやらこれが例のコーヒーらしい。飲み比べのためなのか、マグカップが3つ並んでいる。ガイアはそのうちのひとつを手に取って、サラリと飲んでいる。その余裕な振る舞いは、コーヒーの苦味に慣れている大人の姿そのもので、少し憧れの念を抱いた。空自身、まだコーヒーに苦味を感じているので、それも含めてますますその気持ちは強くなった。
「ガイアお兄ちゃん! それ美味しいの?? クレーにもちょうだい!!」
ぴょんっぴょんっ
ガイアが美味しそうに飲んでいるのを見たクレーは、興味津々、といった様子で椅子の上で飛び跳ねている。
「ハハッ。椅子の上で飛び跳ねるのをやめたらやるぞ?」
ぴたっ
「…うん!! 止まったからちょうだい!!」
「少しだけな?」
トポポ…
スッ
「わぁ〜い!!」
それを牽制するように投げかけたガイアの言葉に、クレーはピタリと止まった(しかし、待ちきれないのか、身体をうずうずと動かしている)。それに応えるように、ガイアは別のコーヒーを手に取って、マグカップとは別に置いてある試飲用のための小さなカップに、クレーの分を注いで渡した。余程嬉しいのか、クレーは座りながらばんざいをするように手を伸ばして喜んでいる。
「おい、まだクレーには早いんじゃ…。」
「まぁいいじゃないか。」
(悪ノリしてるな…)
まだ小さなクレーには、コーヒーは早すぎるのではないか…。そう思った空は、ガイアに問いかけるがどこ吹く風だ。むしろこの状況を楽しんでいるように見える。その姿と(テイワットにも居るかは分からないが)ノリ、それが完全に、ちょっとだけなら大丈夫だ、と子供にビールをほんの少しだけ舐めさせる父親そのものを連想した。
「いただきます!!」
こくっ
そんなことは知らずに、クレーはコーヒーをひと口飲んだ。すると…
「…にがいよぉ〜〜。」
べっ…
思いっきりしかめっ面をして舌をべっ、とするようにほんの少しの出した。どうやら相当苦いらしい。量は少なめであるが、クレーにとってはそれでも充分苦かったらしい。
「ハハハッ。まだクレーには早かったな。」
「むぅ〜…。こんなに黒くて苦いのなんて、どかーん!ってしちゃうんだからっ!!」
笑うガイアと、コーヒーに対してムッとしているクレーは、恐ろしくもクレーらしい言葉を発していた。
ちなみに、子供が苦いものが嫌いなのは、大人に比べて味覚、強いては味蕾と呼ばれるものの数が多く、かつ敏感であるからだ。苦い物や辛い物は、時によって身体に害をなすことがある。免疫力や抗体がまだ少ない子どものうちは、それらに対して危険信号を読み取る能力に長けている、所謂一種の防衛反応であるのだ。必然的に、口にして危険だと判断する苦い物は子供にとって嫌いな物に分類されるのだ。
反面、大人になって苦い物が平気になるのは、この味蕾の数が減って、苦い物に対してそれほど敏感にならなくなるからだ(無論、個々の味の好みにもよる)。
「まぁまぁ、落ち着け。…そうだ、そこのお嬢さんもどうだ?」
「………! でも、七七は…。」
まだ怒り心頭なクレーを宥めながらも、ガイアは今度は七七に勧めてきた。それに七七は戸惑いの色を見せた。何故なら…
七七は、味を感じないからだ。
通常とは異なる方法でキョンシーとして蘇った代償である為なのか、七七の舌は味を感じ取れない。そのせいで、今までいい経験をしたことがない。気遣われたり、場の空気が悪くなったり、最悪の場合には、気味悪がられたりしたこともあった。それは、記憶力に難がある七七でも忘れがたいことであった。嫌な記憶ほど鮮明に残る…。その事を身をもって知っている七七は途方に暮れてしまう。どうやって断ろうか…、でも空気を悪くしてはいけない…。
そんな思案する七七に…
スッ
「?」
(大丈夫、俺に任せて)
(…………)
こくん
そっと七七の肩に触れた空は、目配せをしながら小声で呼びかけた。それに、ますます戸惑いを見せながらも七七は頷いた。空のことだから、何か考えがあってのことだろう、と七七が判断したのだ。
くるっ
「…ちょっとだけ、飲む…。」
「ほいよ。」
トポポ…
スッ
改めてガイアへ向き直った七七は、返答をした。それを聞いたガイアは、最後に残ったコーヒーをまた別の試飲用のカップへと注いだ。
すっ
(……だいじょぶ、だいじょぶ…)
こくこく
カップを受け取った七七は、心の中で言い聞かせながら、飲んだ。そして…
ぷはぁっ
「…熱い。」
注がれた分を一気飲みした。
だが、やはり味はしなかった…。
七七の舌は味は感じないが、食感や温度は感じ取れる。恐らく熱々なのであろうそのコーヒーの熱さは感じ取れた。だが、案の定、クレーが顔をしかめる程の苦味を感じることはできなかった。
(やっぱり…、七七は……)
とんとん
「?」
くるっ
落ち込みかけた七七だが、肩を軽く叩く感触に振り返った。すると…
きらきらきらきら
「七七ちゃん、苦くないの?!」
大きな目を、さらにまん丸に見開いて、きらきら、と効果音がつきそうなほどに輝かせているクレーがそう聞いてきた。
びくっ
「う、うん。」
「なんでなんで?? どうして??!」
それに驚いた七七は、微かに肩を揺らしてその勢いのまま頷いた(心なしか頰に汗を掻いている。こんな七七は滅多に見られないだろう)。しかし、問いかけられた質問は答えにくいものだった。
「えっと、七七は…。」
スッ
「?」
「栄誉騎士のお兄ちゃん??」
それに口ごもっていると、空が七七が飲み終わったコップを持ち上げた。それに、七七とクレーが疑問符を浮かべていると、空は言葉を紡いだ。
「クレー、実はね…。
七七は魔法が使えるんだ。」
「!!」
空になったコップを指差しながら空は言葉を紡いだ。その言葉に、七七は薄紫色の丸い目張りに彩られた大きな牡丹色の瞳を見開いた。何故なら…
(そんなこと、初めて言われた…)
今まで味覚についてそのような言葉で言われたことは無かったからだ。
「え?! どんな魔法なの??!」
「それはね…、
どんな食べ物や飲み物も美味しく感じるんだ。」
「凄ーーーい!!」
「!!!」
ほわぁ…
七七が戸惑いとほんの少しの嬉しさを感じているうちに、ますます瞳を輝かせながら興奮気味にクレーは質問した。それに詳細に答えた空の言葉、それと、純粋に賞賛するクレーの言葉に、七七はますます目を見開くと同時に、胸の辺りに温かい何かがだんだんと広がっていくのを感じた。
今まで、味を感じないことについて同情や哀れみの目を向けられることはあれど、それを上手く言い換えられることなどなかった。ましてや賞賛されることなど皆無に等しい。
だが、空、それにクレーは、無意識のうちに七七が心の奥底で欲しがっていたものをあっさりと与えてくれた。
(……あたたかい)
きゅっ…
まるで、2人の言葉、行動そのものに魔法が宿っているように、七七の胸の内はますます温かい気持ちが湧き上がってくる。それを手放したくない、というように包帯に包まれた紅葉のような手を胸に当てて、ぎゅっと握り拳を作った。
「まるで、ママみたい!! ねぇねぇ、クレーも使えるかなぁ??」
コトッ
「えっとね、七七しか使えないとっておきなんだ。」
「え〜、クレーも使ってみたいよぉ〜。」
だんだんとヒートアップしていくクレーを宥めようと、カップを置いた空は、何とか上手く言葉を搾り出そうとする。だが、その言葉に、クレーは不満げに口をとがらせた。
「まぁいいじゃないか、クレー。お前には、爆弾を作る、っていうある意味最高の魔法が使えるんだからさ。」
「あっ! そうだった!!」
「そうだろ? 旅人??」
(ガイア、話を合わせてくれたんだ…)
「そうなんだよ。クレーの得意なことがあるように七七にも得意なことがあるんだ。」
「そっかぁ! 分かった!!」
それに助け舟を出すように言葉を紡ぎながら、目配せをするガイアに、胸を撫で下ろした空は、さらに説明を付け加えた。それでようやく納得がいったのか、クレーはそれ以上何も言わなかった。
「あ、そうだ! クレー、このコーヒー貰うよ?」
スッ
ガタッ
「?」
「う、うん。いいけど、どうしたの??」
「ちょっといいことを思いついたんだ…。あっ! ガイアもちょっと来てくれない?」
グイッ
「何だ何だ?」
タッタッタッ
突然席を立った空は、クレーの飲みかけのコーヒーを持って何かを思いついたらしくガイアを引き連れてカウンターへと歩いて行く。何やらチャールズに説明をした後に、2人は店の奥へと消えていった。
「どうしたんだろう??」
「……分からない。」
それに戸惑いながらも、クレーと七七は待つことにした。
数分後。
「お待たせ!」
コトッ
「なぁに? これ??」
「………見たことない。」
ようやく戻ったらしい空は、テーブルに何かを置いた。よくよく見れば、それはガラスの容器に入ったバニラアイスであった。しかし、普通のバニラアイスとは違うところがある。それは、表面に何やら黒いような茶色のような液体がかかっているのである。また、バニラアイスの周辺にも、表面にかかりきらなかった黒いような茶色のような液体が存在している。
それを不思議そうに見るクレーと七七に、空は説明をした。
「アフォガードだよ。バニラアイスに、さっきのコーヒーをかけたんだ。これならクレーも食べられると思うよ。」
「ハハハッ。旅人の知識はもちろんだが、まさか、俺の氷元素で、牛乳から即席のアイスを作ったのは驚いたな。」
「これなら早く終わるだろ?」
「ハハハッ。一理あるな。」
空曰く、以前、旅をした場所で食べた物らしい。コーヒーに合いそうな組み合わせとして、その作り方を覚えていたようだ。一連の流れで、それを思い出した空は、店奥の厨房を借りて、さらにはガイアの氷元素によって短時間で、牛乳からバニラアイスを作ったようだ。
「食べていいの??!」
きらきら
「どうぞ。新しく淹れてもらったコーヒーで、七七の分も作ったからどうぞ。」
「……ありがとう。」
それに笑い合う空とガイアに、うずうずとした様子のクレーは催促をした。それに答えた空は、七七の分もあることを伝えて、七七はお礼を言った。
「わぁ〜…。美味しそう!! いただきま〜す!!」
ぱくっ
「…いただきます。」
ぱくっ
それを食べたクレーと七七は…
「わぁぁ〜…。黒くて苦いの、かかってるのに、甘くて美味しい!!」
「…うん。」
「それは良かった。」
ホッ
「良かったな、クレー。」
ナデナデ
「うん! 」
味の感想を言うクレー、それに控えめに、はにかみながら頷く七七の反応に、空は顔を綻ばせた。いくら苦味が緩和されたとはいえ、ちっちゃい子の舌に合うのか少々不安だったのだ。だが、その心配も杞憂だったようだ。ガイアも喜ぶクレーの頭を撫でて、満足げな表情を浮かべている。
「ガイアお兄ちゃん、栄誉騎士のお兄ちゃん!! ありがとう!!」
「………ありがとう。」
「どういたしまして。さっ、まだあるからもっと食べてね。」
「うん!!」
ぱくっ
ぱくっ
お礼を言ったクレーと七七は、空に言われるままに食べすすめた。あまりにも美味しいのか、クレーは勢いよく食べている。
ぱくっ
(…熱くて、冷たい…、しゃりしゃり…)
そのやり取りを端から見ながら、七七はもうひと口食べた。この不思議な食べ物はコーヒーがかかっていることによってほんのり熱いのに、バニラアイスのおかげで、ほどよい温かさになっている。さらには、バニラアイスの冷たくてしゃりしゃりとした食感があるのがなんとも不思議だった。それを味わいながら、七七は考えていた。
今まで味覚が無いことは、悪いこと、いけないことだと思っていた。白朮は、気にしなくていいんですよ、と言ってくれたが、それでも嫌なことを言われた記憶が七七を苛んでいた。そのせいで眠れない夜もあって、日課である体操をいつもよりたくさんやることで、その気持ちを紛らわせていた。それは、同時に自分の気持ちを誤魔化すことにも繋がっていたのかもしれない。
しかし…
(あったかくて、ほわほわ、する…)
先程の空の言葉。
それに、クレーの反応と言葉。
それを思い出した七七は、またも胸のうちに温かな、幸せな気持ちで満たされていくのを感じていた。
味覚が無いことは案外悪いことではないのかもしれない…。
そんな今まで考えることのなかった気持ちを抱いてしまうほどに、七七は幸せで満たされていたから。
(後で、メモ…しなきゃ……)
この嬉しい出来事をノートに残さなければ…。そう思いながらも、七七はアフォガードを食べる手を止めなかった。あまりにも美味しいからだ。それに…
こんなに温かくて嬉しい気持ち。
それは、記憶力が悪い七七でも、決して忘れることはないのだから。
そう思った七七は、ますますアフォガードを口へと運んだ。微かに上がった口角は、嬉しい気持ちのためか、はたまた美味しいものを食べているためなのか、またはその両方なのか…。
それは、七七だけが知る秘密の気持ちであることだけは間違いなかった。
その後、今回のこと、そして、以前、風花祭の時にキャッツテールにてオリジナルドリンク作りを手伝った経歴もあることから、空の腕を見込んで良かったらドリンクも作ってみないか?と、バーテンダーの手伝いのようなことをするのはまた別の話である。
-END-
あとがき
今回のお話では、今まで他の人と共有できなかったことを少しでも分かち合えたらいいな、と思って書きました。また、七七の味覚がないのは、決して悪いことばかりじゃない、ということも伝えたいお話でした。確かに味を感じないのは、他の人と同じ感覚を共有できないから辛いですよね…。そんな中で、七七が今までどう過ごしてきたかを考えていたら筆が走っていました_φ(・・
月逐い祭での寂しげな声が印象に残っています…(><)
また、子どもの時って、同じ年の子が大人っぽいこと、特にコーヒーを飲んだりするとめちゃくちゃカッコよくて凄い!!感じると思うので、そんな部分をクレーに代表して言って貰いました。あと、作中でも書きましたが、ガイアパイセンが、完全に子どもにビールをちょっと舐めさせちゃうお父さんのノリで書きましたwww
何だか上手くまとまらなくて、予想より長くなってしまいましたが、ここまで読んでくださりありがとうございます(´◒`)
次からはおまけも用意しましたので、よろしければどうぞ!
↓
おまけ①
よく冷まして召し上がれ
猫舌な空くん
「折角だ。旅人も飲んだらどうだ?」
コトッ
ガイアは新しく注文したコーヒーを空に差し出した。
「…ありがとう。頑張ってみる!!」
スッ
(頑張る、って何をだ?)
何やら神妙な面持ちでマグカップを手に取った空に、疑問符を浮かべるガイアであった。しかし、それもすぐに分かることだった。それは…
ふー…
ふー…
ふーーー…
………コクッ
ビクッ
「熱っ!!」
充分に息を吹きかけて、慎重に飲んでいる空の姿を見たからだ。まだ冷まし足りなかったのか、飲んだ瞬間にひと言呟きながら身体を揺らした。
「…旅人、もしかして猫舌か?」
「そうなんだよ…。なかなか治らなくて…!!」
クッ
「そんなに悔しいのか…。」
どうやら猫舌に苦労しているらしく、空は悔しげに顔をこわばらせていた。
「栄誉騎士のお兄ちゃん、何だかディオナちゃんみたい!!」
(…やっぱりディオナも猫舌なのか………)
クレーの言葉に、空はディオナの姿が頭に浮かんだ。そこへ…
「………。」
すっ
ふわっ
「これは…、寒病鬼差?」
七七は、空の周囲に寒病鬼差を出した。ひんやりした空気が、空を包み込む。
「…熱くない?」
コクッ
「! これなら大丈夫だ! ありがとう、七七。」
「………うん。」
こくん
寒病鬼差を出した効果があったのか、再びコーヒーを飲んだ空は飲みやすさに驚いてそれ以上に喜んだ。そして、七七にお礼を言いながら再びコーヒーを飲むのだった。
こうして一行はひと時を過ごした。
-END-
おまけ②
ジン団長のプロフィールから
カフェインの摂取はほどほどに…
西風騎士団の団長室にて。
バサッ
「さて、次はこの書類を…。」
事務仕事をこなすのは、淡いミルキーベージュ色の髪を黒いリボンでポニーテールに結んだ凛々しい雰囲気を纏う騎士然とした麗人、ジンである。代理とはいえ団長を勤める彼女は日々多忙である。
そこへ…
バタン!!
「ジン団長〜〜!!」
だったたー
ぎゅっ
「クレー?! どうしたんだ、急に??」
扉が勢いよく開いて、クレーがジンの元へ飛び込むように抱きついてきた。座っているので、半ばクレーの足が宙ぶらりん状態である。
「ジン団長ぉ…、お腹壊してなぁい??」
ぐすっ
「えっ? どうしたんだ急に…。」
「クレーは我らがジン団長様のことを心配してるのさ。」
驚くジンを他所に、クレーは何やら涙ぐんでいる。状況が理解できずに混乱するジンに、ガイアが声をかけた。ドアの枠によりかかるように佇んでいる。
「ガイア! これはどういうことなんだ??」
「実はな…。」
半泣きのクレーを少しでも落ち着かせようとぎこちなく頭を撫でるジンは尋ねた。それに、ガイアは説明を始めた。
〜回想〜
こくっ
『やっぱり苦いよぉ〜…。』
『クレーもそのうち飲めるようになるさ。』
『そうなの?』
『あぁ。…そういえば、ジンはこれをいつも飲んでるな。』
『えっ?! ジン団長、こんなに苦いの飲んでるの??』
『あぁ、それも毎日な。』
『ま、毎日…!!??』
(こんなに苦いのを飲んでたら、ジン団長、お腹壊しちゃうよぉ…!!!)
『まぁ、でも前より飲む量は少なくなって…。』
すくっ
『クレー、ジン団長のとこに行く!!』
ぴょんっ
だったたー
『って、クレー…。やれやれ、相変わらずそそっかしいやつだな。』
スタスタ
〜回想終了〜
「というわけで、クレーは居ても立っても居られなくなって、ここに来た、というわけだ。」
「そうだったのか…。」
ようやく事情を理解したジンは言葉を紡いだ。
「ジン団長、黒くて苦いのをたくさん飲んでる、ってガイアお兄ちゃんから聞いたの…。」
「クレー…。」
「だからね、クレー、不安になっちゃって…。」
しょんぼりした様子でクレーは人に言葉を紡いだ。
どうやら、初めてコーヒーを飲んだクレーは、あまりの苦さに、コーヒー=よくないもの、と判断したらしい。そこへガイアの話を聞いて、ジンの身に何が起きていないか気が気でなかったようだ。そして、それを確認するためにここへ駆けつけて現在に至るようだ。
ガタッ
スッ
ポン
「私は大丈夫だ。前より飲む量は減っている。心配してくれてありがとう。」
ぱぁぁぁっ
「!! うん!!」
にぱっ
ジンは椅子から立ち上がって、ぶら下がっている状態のクレーを降ろした。そして、クレーの頭に手を置いて言葉を紡げば、先程とは打って変わって、クレーは満面の笑顔を浮かべた。どうやら、ジンの言葉に納得してくれたらしい。
「それよりコーヒーを飲めるようになったのか? 凄いじゃないか。」
「!! そうなの!! す〜〜〜っごく苦かったの!! だけど、栄誉騎士のお兄ちゃんが美味しいデザートに変えてくれたの!!」
「栄誉騎士が?? さすがだな…。」
「あとねあとね! 七七ちゃんは飲めるの!! あ、七七ちゃんはクレーのお友達でね!!」
「そうか。詳しく聞かせてくれないか??」
「うん!!」
嬉しそうに話し出すクレーの話をもっと聞きたいジンは、続きをやんわりと促した。それにますます嬉しそうに話すクレーはノンストップ状態だ。そんな2人の様子を温かい目で見守るガイアであった。
-END-