旧田中角栄邸全焼
1/8、旧田中角栄邸が火災というニュースが流れる。
昭和の時代には、「目白御殿」と言われ金と権力の中枢だった。
田中派ができたのが1972年、
田中角栄が病気で倒れたのは1985年。
この期間政治は「目白御殿」中心に動いた。
先日、特捜が二階派事務所に家宅捜査に入ったが、二階派のある「砂防会館」も田中派や田中角栄の個人事務所があった。
「目白御殿」「砂防会館」昭和政治の象徴が、令和の世に注目される。
自民党の終わりを暗示してるのかもしれない。
昭和の政治家は、住んでる地名で呼ばれることが多かった。
吉田茂 「大磯」
鳩山一郎 「音羽」
岸信介 「南平台」引退後「御殿場」
田中角栄 「目白」
三木武夫 「南平台」 などなど。
「日本のことは、全てここ(目白)で決まる。」
田中角栄が昭和50年代を動かしていたと言っても過言ではない。
田中角栄の威光を知っている現役政治家も数えるほどしかいない。
二階俊博
石破茂
小沢一郎
中村喜四郎
船田元
額賀福志郎
山東昭子
こんなところか。
今の時代に田中角栄が生きていたら、今の政治は果たしてどうなっていただろうか。