CO2排出係数(原単位)への傾倒はカーボンニュートラル達成への最適解か否か?

脱炭素への取組みにおいて、CO2削減目標については「○○○○年比△△パーセント削減」といった排出量による目標設定(総量規制)が一般的である。

日本においても、2030年において2013年比46%減という目標を掲げており、電力会社等の多排出企業においては上記目標と整合性を持たせる削減計画がプレスリリースされている。

「グリーンウォッシュ」と批判される石炭火力へのアンモニア混焼についても、多排出企業の自覚を持って技術開発に取り組んでいると想像に難くない。ところが…

上記記事を契機に、所謂"環境正義"側に位置する学者、コメンテーターを中心に日本を「再エネ後進国」「2011年の地点では日本よりも石炭火力比率が高かった英国が脱石炭を達成したのに、日本と来たら…」等と罵るポストがX上で乱立した。

発言者に対して、一部「アジアを中心に石炭火力発電の発電量は伸びている」「エネルギーセキュリティー上、資源小国の日本が脱石炭へ舵を切るのは好ましくない」という反論を述べていたが、彼らが反論を以下論理により上手くかわした。

「CO2排出係数(原単位)で言えば、日本はじきに中国に抜かれる」だから日本はさっさと脱石炭しろ。係数を可及的速やかに下げるにはそれが最適解。いつまでも石炭火力を温存するのはバカ。

世界最大のCO2排出国は中国である事は既知であるが、再エネ・蓄電池のあらゆるサプライチェーンを握っており、特に太陽光発電の開発速度が凄まじく、上記のCO2排出係数(原単位)による比較では、日本を追い越す勢いであるとのこと。

…………はて?

そりゃそうだ。個人的には「はて?」と言わざるを得ない。カーボンニュートラル(以下CN)達成にはCO2の排出量を減らさないと意味がないのでは?
誰もが感じる事であろう。
現に、中国、インド等ではCO2排出量は増え続けているのは言うまでもない。

今回は上記の排出係数が達成の為に本当に適切かどうか、私見を投下する事としたい。


(1) CO2排出係数(原単位)を用いる理由

以下(リンク参照)、GHG排出量のスコープ2において、電力由来のCO2排出量の計算に排出係数(原単位)を用いるためである。

欧州では脱炭素への取組みにおいて、一部製品のGHG排出量に応じた炭素コストを徴収する取組みを進めている。これは、各国家の炭素規制により、規制の緩い国への産業移転(カーボンリケージ、又はカーボンリーケージ)が発生するのを抑止するためである。

汚い言い方をすると、人件費が高く、原材料の調達コストも高く、大量生産による規模の経済を発揮できない欧州が「自国有利」になる為の取組みと言わざるを得ない。排出原単位の高い中国、日本、韓国への牽制にもなるし、自国の産業を守ることが可能である。

(2) 天然ガス(LNG)火力発電が有利?

発電型式別の排出原単位についてはググれば出てくると思うので詳細は割愛するが、最新鋭石炭火力(USC)はLNG火力の大凡2倍程度。
ここでは、分かりやすく計算する為に、以下とする。

石炭火力 : 1.0 kg-CO2 / kWh
LNG火力 : 0.5 kg-CO2 / kWh
再エネ、原子力 : 0 (LCAは未考慮)

ここで電源構成を以下とし、24時間同じ比率で発電を行うとする。

石炭火力 : 30%
LNG火力 : 40%
原子力 : 10%
再エネ : 20%

このとき、排出原単位は0.5 kg-CO2 / kWhである。

ここで再エネ開発、原子力再稼働、新設が進み、以下電源構成となった場合を考える。

石炭火力 : 15%
LNG火力 : 20%
原子力 : 25%
再エネ : 40%

このとき、排出原単位は0.25 kg-CO2 / kWhまで低減される。上記の電源構成は日本において2035年でも達成困難と想定される。(原子力比率25%が非常に困難。再エネ40%も野心的)

しかし、この0.25という数字は以下と同じである。

石炭火力 : 0%
LNG火力 : 50%
原子力 : 25%
再エネ : 25%

再エネの開発がほとんど進まなくても、最初から天然ガスを燃やしていれば(原子力を稼働すれば)簡単に0.25を達成できてしまうのである。

但し、天然ガスは本来気体燃料のため、ガスパイプラインを有しない国家においては、日本発の技術であるLNGとして輸送する必要があり、ガス資源へのアクセスが容易かどうかにより、ガス火力の経済性が大きく異なる。

要するに、日本等の天然ガス資源小国においてはCO2排出原単位を低減させる事は非常に困難なのである。

(3) 省エネの意味がない

徹底した省エネによりCO2の排出量を低減できても、電源構成が従前のままだとCO2排出原単位は小さくならない。

理由としては、石炭火力はLNG火力と比較して起動時間が長い(数十分での起動は出来ない)、最低負荷(%)が大きい等の理由により、軽負荷時の需給停止(計画的な運転停止)を行わない限りは、燃料費の高いLNG火力の稼働率がより低下する。
(カーボンプライジング導入後はこの限りではない。)

せっかく省エネにより火力発電の稼働率を低下させても、LNGばかり減負荷される様だと意味がなく、石炭火力の優先的停止、再エネ拡大は勿論、蓄電池による再エネ出力制御の他コマ供出によって初めて相応に原単位は小さくなる。

つまり、IEAのNZEシナリオのような強力な行動変容前提であっても、削減可能なのはCO2排出量であり、原単位の削減は容易ではない。
再エネ開発の速度には限界があるため、最初からLNG火力(または原子力)の比率が高い国が、原単位由来では有利で、石炭火力の比率が高い国との差が埋まる事は早々無い。

(4) 1.5℃シナリオとの整合性

気候変動問題解決の為には、代表的な温室効果ガスであるCO2の排出量を減らす事が重要であるが、野心的なシナリオの多くは前項の省エネが前提となっているが、省エネでは排出原単位が劇的に下がることは無い点留意が必要である。

(5) 日本がなすべきこと(石炭から再エネへの一足飛びは困難)

先ず、排出原単位を速やかに低減する点については反対である。GHG排出量の低減が求められる外需企業においては、CPPA等で再エネを調達するのが望ましい。

理由は、排出原単位の低減には石炭火力のLNG火力への転換および原発再稼働が効果的であるが、前者は資金の問題、後者は言わずもがなである。

資金の問題について、以下、長くなるが説明する。

脱炭素への取組みは利益追求の企業行動とは基本的には相反しており、CN達成には国の強力な政策誘導が必須であるが、日本は残念ながら脱石炭に係る誘導措置(廃止事業者への支援等)が無く、事業者任せである。唯一の支援策は「長期脱炭素電源オークション」におけるLNG専焼火力の募集である。

先ず、供給力を維持しながら排出原単位を低減させるには、現行の日本においては英国のような脱石炭+再エネ拡大では、両国間の産業構造、電力需要の差異(英国は日本の約3分の1)が大きく、同じ事は出来ない。
※上記について「出来るだろ?」と言っている人間が多く正直目に余るが、英国は天然ガス資源に恵まれる国であり、石炭火力よりもガス火力の方が経済的かつエネルギーセキュリティーに優れる事を先ず認識すべきである。(この点は米国も同様)
※脱炭素は決して慈善事業ではなく、その過程により経済性を著しく毀損させる場合、公共財である電力にアクセスする国民負担の増大に直結するため、政府の強い政策誘導が必須である。

故に、日本国内において排出原単位を低減させるには、ある程度の石炭→ガスへの転換が必要と考えられるが、長期脱炭素では、LNG専焼火力の水素への転換が必須となっており、茨の道である。
石炭から再エネへ一足飛び出来た英国とは異なり、上記では石炭→ガス→水素の段階を踏むことになり、非常に高コストであるのは言うまでもない。

それなら………

いっそのこと、"減価償却の終わった"石炭火力を使いながら、時間をかけて石炭から再エネ蓄電池への転換を目指した方が良いのではないか?
(これは非効率石炭フェードアウト及び2050年カーボンニュートラルを議論した当時の日本政府の方針と程よく合致している筈である)

脱石炭が完了する年がG7目標?から大幅に後ろ倒しとなっても、あくまでゴールは2050年カーボンニュートラルなので、地道にやれば良い。途中の野心的な削減目標へのコンセンサスや、排出原単位による批判なんて気にしなくて良い。

人、モノ、お金は有限。限りあるものを賢く使いつつCNを目指していくべきと考える。

まとめ

・現状の日本の電源構成、再エネの開発速度では石炭→再エネ蓄電池への一足飛びは出来ない。

・CO2排出原単位による規制回避の為、目先の排出係数削減へ向けた石炭→ガスへの転換が想定されるが、資金不足且つ将来の廃止/水素専焼の考慮が必要(ハードランディング)。→電気代にも跳ね返るため反対。

・減価償却の終わった石炭を活用しつつ、再エネ蓄電池へのソフトランディングを期待。

・但し上記の場合は2035年〜に設定されたG7全廃期限までのCO2排出原単位の減少幅が小さい。
(勿論、再エネ拡大につれ石炭利用率は低下)

・それでも排出係数と言うなら、2050年CNや1.5℃シナリオ等、排出量で議論していた内容と合致しない点は徹底抗戦すべき。

以 上



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