ぼっちカフェが大所帯になるまで~カフェ「旅の始まり」で日常の始まりを迎えませんか?~(随時更新中)

第一章

毎日祭りのように朝から夜までにぎわう街。
様々な種族の人が行き来する。エルフ、ドワーフ、ケモミミなどなど、まさしくファンタジーな世界と言えるであろう。
そんな街の片隅にある、早朝からお昼時までしか開店しない隠れた名店のカフェがある。

「おはようございます、いらっしゃいませ」
「お、アイク、今日も元気か? んじゃ、いつもの頼むぜ~」
「はい、少々お待ちください!」

ここのカフェの店主こと俺、アイクはいつものように常連のおっさんに朝食を作って提供する。
このカフェ「旅の始まり」はほぼ毎日朝から昼までしか開店しないようにしている。本当は毎日開店したいんだけどこの前体調崩して休んじゃったんだよな……
そんなことを考えながら今日の朝食、「ベーコンエッグ」を作り終えたので常連のおっさんのところへ持っていく。

「お待たせいたしました、今日の朝食ベーコンエッグです」
「おお! 今日のも美味そうだな! これでこの後のダンジョン攻略頑張れそうだぜ!」
「気に入っていただけたようで何よりです」

美味しそうにベーコンエッグをほおばる人をみる度自然と笑みがこぼれてしまう。
この瞬間が毎回幸せだなと思う。
常連のおっさんが入ってから間もなくぞろぞろとたくさんのお客さんが入ってきた。これが俺のいつもの日常。さあ、ここから忙しくなるぞ~!

「ありがとうございました!またお越しください」

ある程度お客さんの出入りが落ち着いた頃俺は一息つくことができた。ふと視界に「旅の始まり」という文字が入った。
「旅の始まり」という店名は俺の親父が考えた店名だ。誰かの日常の始まりでありたいという願いを込めてつけたらしい。でも親父はカフェを開いてから半年も経たない内に天国に逝っちまった。元々体が強いわけでもなかったから無理をしすぎたんだろうなと思ってる。でも、俺の母に当たる人から生まれて、その人の顔を一度も見たことがない。親父にいつか聞こうと思っていたけれど聞く前に逝っちゃったから聞けずにもやもやしてる。俺がこのカフェを続けてる理由の一つに母に会うためというのも含まれている。
少し物思いに更けているといつもの如く閉店まで残っている常連のおっさんから急に話しかけられた。

「そういやアイク、お前さんは従業員雇わねえのか? 一人じゃ大変だろう」
「うーん……増やしたい気持ちはあるんですけど、こんなカフェで働きたいっていう人はそうそういないと思うんですよね……」
「そうかあ、前にお前さんが休んだときあったけどよ、あれはなんで休んだんだ?」
「実は結構重めの風邪を引いてしまいまして……完治するためにお休みをいただいてた感じですね」
「さすがにその時は猫の手も借りたかっただろうに」
「俺も、もうあんな経験したくないですね」
「そうだよなぁ……ま、そのうち働きたいって言うやつでてくるって!」

バシッ!という大きな音とともに背中を思いっきり叩かれた。

「おーいってえ……だといいんですけど……」

そんな会話をしているところに、栗毛のショートカットにぱっちりした目で俺より少し身長が低い女の子が近づいてきた。

「あ、あのっ……!」
「ん? はい、どうかされましたか?」
「こっ……ここで働かせてください!!」

「……はい?」

早速従業員希望が来ました。

「えっと……本当にうちで働きたいの?」
「は、はい! 私はここでしか働きたくありません!!」
「お、おお、癖が強い娘がきたな……アイク、どうするよ」
「どうするってそりゃ面接するしかないでしょう……とりあえずどうぞこちらへ」
「はい!」
「俺はお暇させてもらうぜ、ここに勘定おいておく。またくるわ~」
「あ、ありがとうございました! またのお越しを!」

俺は従業員希望の女の子を入口から離れた奥の席へ誘導した。
なぜ急にうちなんかで働きたいんだ?なぜ今来たんだ?この子は一体何者なんだ?
考えれば考えるほど疑問点しか浮かばなかった。まあ、面接すればわかることなんだけどさ。

「それじゃあこれから面接を始めるね」
「よ、よろしくお願いしましゅ! あ、あうぅ~……」
「そんなに緊張しなくていいからね?」

両肩上がって、顔もひきつってるしこれすごく緊張してるなぁ……
これは他愛のない質問を投げかけた方がいいのかな……うーん、とりあえずリラックスしてもらおう。

「一旦深呼吸しようか、はい吸って~、吐いて~」
「すーっ……はーっ……」
「吸って~、吐いて~、吸って~、吸って~、吸って~」
「うっ、も、もう吸えないです……どんだけ吸わせるんですか!!」
「ははは、ごめんね、ちょっとからかっちゃった。でも緊張ほぐれたでしょ?」
「あっ、本当だ……ありがとうございます!」
「いえいえ、さてまず初めに名前を聞いてもいいかな?」
「私の名前はマリーと言います」
「マリーさんね、今何歳なの?」
「17です!」
「おお、まさかの俺と5つ違いか、俺22なんだよ」
「お、お若いのにたくましいですね」

年下に褒められたのは初めてだから少しこそばゆいが気にしないで面接を続ける。

「なんでうちで働こうと思ったの?」
「私が小さい頃おかあ……母に連れてきていただいたことがあって、その時に食べたパンケーキが忘れられなくて。ですが、パンケーキを作っていたアイクさんのお父様は亡くなられてしまったと聞きました。なので、私にとって思い出のあのパンケーキを今度は私が提供する側になりたくて働きたいと思いました」

まさかこの子も俺の親父が亡くなったことを知っていたなんて……このことを知っているのは常連のおっさんと他に数名くらいなんだが、いったい誰から聞いたんだろう。
確かにうちは親父が死んでからパンケーキをつくっていない。
作り方も親父しか知らないから俺もわからない。さてどうしたものか……

「? どうかされましたか?」
「ああ、実はあのパンケーキのレシピを知っているのは親父だけなんだよ」
「そ、そうだったのですか……なら私があの味を再現して作ってみせます! 私はあのパンケーキをもっとたくさんの方に食べていただきたいんです!」
「そうか……よし、分かった、これからよろしく頼むよ、マリーさん」
「っ!! はいっ! よろしくお願いいたします! あ、それと私の事は呼び捨てでお願いします」
「わかった、よろしくマリー」
「はい!!」
「っ……!」

不覚にもマリーの笑顔にドキッとしてしまった。いかんいかん、相手は年頃の女の子なんだぞ?もっと気を引き締めなきゃな。

「一応女性の従業員用の服あるんだけど、着てきてもらえる?」
「本当ですか?わかりました!」

無邪気に俺が用意した服を持って更衣室へ入っていくマリー。女性の従業員用の服なんて真っ赤な嘘である。何も確認しないでもっていったけど大丈夫か?あの服、俺が学生時代にコスプレさせられそうになった時に買わされたものだけど結局着ないで終わったんだよな……まあ俺が着るより女性が着たほうが似合うだろ!

「あ、あのー……」
「お、着てみてどうだった?きつかったりしない?」
「きつくはないんですが……」
「どうかした?」
「なんで……なんでメイド服なんですかっ!!!」

顔を真っ赤にしながら俺に怒号を浴びせるメイド服着用型マリー。似合いすぎて控えめに言って最高である。まさかあの時に買わされたあの服が役に立つ日が来るとは……

「よく似合ってるじゃないか、俺が思っていた数倍似合ってるよ」
「うぅ……恥ずかしいです……アイクさんはこういう服を着た人が好みなんですか……?」
「いや、そんなことは無い。ただ目を引くような恰好がいいと思ったからな」

嘘である。心臓の鼓動がマリーに聞こえないか不安になるくらい高鳴っている。はっきり言って好みドストライクである。必死に顔に出ないように平然を保つので精一杯だ。
店内の明かりでより天使の輪っかを作った栗毛を頭の後ろで結いさらりとなびかせている。その上にフリフリがついたカチューシャを被り、フリフリがたくさんついた白いエプロンを身にまとい、清楚感をさらに際立たせるロングスカートを両手できゅっと掴み、頬を熟れた桃のように赤く染め、晴天の空を彷彿とさせる透き通った青い瞳をぱっちりと明け、上目遣いこちらを見つめている。
こんな美少女を前にして平然を保てる男はいないだろう。俺は今全力で舌を噛んでるから何とか耐えられてるがかなりきつい。

「も、もう着替えてきますね……」
「うん、明日から頼むよ」
「か、考えておきます……」

明日から俺の心臓はもつのだろうか。だが逆にそれも楽しみである。久しぶりの複数人での営業にも胸が高鳴る。

次の日の朝――

「おはようございます、よろしくお願いします!」
「うん、よろしく~」

元気よく俺に挨拶をしてくるマリー。……昨日渡したメイド服は着てくれなかった。別に悔しくなんかないやい。
今日はマリーの初めての勤務だから、どれくらい動けるか見るのも含め色々教えていこうと思う。

「まず最初に手をしっかり洗おうか」
「手を洗うのに注意することはありますか?」
「うーん、手首とか爪の間を意識して洗うことかな。あとは30秒しっかりとこの石鹼で洗うことくらいだね。」

なるほど、と言いマリーは30秒を口でカウントしながら手を洗っていた。まあ慣れてくると数も数えずに感覚でやってしまうんだけれど。

「今日の朝メニューはハンバーグだ、さっそく作ってみよう」
「はんばーぐ……? はんばーぐってなんですか?」
「え、あれ? ハンバーグ知らない? お肉をこねて焼いたもので……」
「……? 憎い人間を細かく切り刻んでこねたものですか?」
「なにその非社会的なハンバーグ!? ちゃんと社会的にも食事としても大丈夫なハンバーグだよ!?」
「そ、そうですよね、びっくりした……」

恐ろしい発想が飛び出したマリーにびっくりした……
とりあえず普通のハンバーグを知ってもらおう。少しマリーの育ちに不安を覚えたけれども。

「とりあえずここにレシピあるからざっと目を通してもらえる?」
「わかりました、ふむ……この「フライパン」ってなんですか?」
「……もしかして君、かなりのお嬢様?」
「え、ええ、まあ……財閥の娘ですが……」

マリーの顔が少し曇ったように見えた。もしかしたらあまりこの話はしない方がいいのかもしれない。そもそもお年頃の女の子のプライベートに踏み込むのはあまりよくないな。

「ごめん、家庭のことを散策するようなことを話しちゃって」
「あ、いえ、大丈夫です……」
「とりあえず料理の経験があまり無いように見えたから一つずつ丁寧に教えるよ」
「よ、よろしくお願いします!」
「あまり緊張しないようにね?」

「では早速ハンバーグを作っていこうか」
「やっぱり人間をこねたりしないんですね」
「当たり前だろ!? 人の肉で作ったハンバーグなんて提供できるか!」
「そ、そうですよね! ごめんなさい!」
「まったく……まず玉ねぎを切ってみようか。あ、包丁を使うときは食材を支える方の手を猫の手にしてね」
「猫ちゃんの手……にゃ、にゃーん……こんな感じですか?」
「ゔっ……」
「だ、大丈夫ですか!?」

か、可愛すぎる……軽く心臓止まったぜ……
猫の真似をするマリーの破壊力がとんでもない。やはりこの子はうちのカフェの看板娘にふさわしい気がする。

「ね、猫の真似はしなくてよくて、指を包丁で切らないようにするために猫の手にしてって言っただけなんだ」
「そういうことだったんですね……うぅ、恥ずかしい……」
「ま、まあまあ、とりあえず今からその玉ねぎをみじん切りにしよう、やり方は……」

切り方を教えると呑み込みが早いのかすぐに行動に移してくれた。
しかしまだ若干包丁が怖いのかゆっくり玉ねぎを切っている。だが玉ねぎはゆっくり切ると……

「ふ、ふええ……目が、目が痛いですうう……」

やっぱりこうなった。玉ねぎは素早く切ると目が痛くなる成分があまり出ないから痛くなりにくいのだが、ゆっくり切ってしまうと痛くなる。
というか水に浸した方がよかったか……その方が目を痛める成分は出ないからな。

「あ、こら、包丁を持って暴れない! 危ないから包丁そこに置いていいから、早く目を洗ってきな?」
「は、はい……」

まあ初めは失敗することで成長するからマリーにとって良い経験になったんじゃないかな。
慌てふためいているマリーも可愛かt……目の保養になった。うん。

「とりあえず玉ねぎは切った。次はこのフライパンに油をひいて玉ねぎが飴色になるまで炒めよう」
「はい! ……えっと、火はどうやってつけるんですか?」
「あ、そうか、えっとこのつまみを左に回してみて」
「こ、こわいです……えいっ! あっ、つきました! やった!」
「うんいい感じ、でも火が強いからもう少し右につまみを回してみて?」
「こう、ですか? あ、火が小さくなりました!」
「そう、そんな感じで火の調整をするんだよ」

なんか女の子に料理を教えてるこの感覚……俺がお母さんになったみたいでむず痒い。
はたまたマリーの花嫁修業に付き合ってるおじさん……うっ、おじさん……俺はまだおじさんという年齢ではないはず……

「うぅ……俺はまだ……」
「どうかしました?」
「あ、いや、俺っておじさんっていう年齢なのかなぁ……と思ってな」
「いえ、おじさんというよりかはお兄さんに近いような……」
「……今なんて?」
「お、お兄さん?」
「もう一回」
「お、お兄さん!」
「もっと砕けた感じで」
「お兄ちゃん?」
「ぐっ……ありがとうございます……」
「え、えぇ!?」

妹属性マリーの破壊力が凄まじい……
てか普通に考えたらこれセクハラじゃね?法で裁かれてもおかしくないよな?
まあその時はその時だ。兄と呼ばれただけでもう悔いはない。
その後特にトラブルもなくスムーズに進んだ。
意外とマリーの呑み込みが早く、最初に少しつまずいたがその後はしっかりと調理は進み、そして無事に「ハンバーグ」を完成させることができた。

「や、やりました!! 私にも料理を作ることができました!!」
「よくやったなマリー! これで明日から厨房を任せることができるな!」
「そ、それは困ります、まだまだ自分は未熟者なので……」
「まあすぐに慣れるし、分からないことあったらすぐに俺にでも聞いてよ」
「わかりました、頑張ります!」
「あんまり頑張りすぎるなよー」
「は、はい!」


第二章

マリーがうちで働き始めて数ヶ月が経った。マリーに看板娘として立ってもらうために接客をお願いし、俺が厨房に立つ形態にした。マリーは初め、ミスなどが多く落ち込む様子が見て取れた。そのせいでこの店を辞めてしまうと思っていたが杞憂だったようだ。ミスを活かし初めより遥かに素晴らしい接客をするまでに成長していた。
いつも少数のお客様しか来店しないが、明るい看板娘が誕生したことが辺りに知れ渡り一躍有名となった。……ひっそりとマリーのファンクラブが出来上がっていると耳にしたときは驚いたが。
変わったことはこれだけではなく、なんと週一でマリーがメイド服を着て接客をしてくれるようになったのだ。この日だけは主に男性客が多く来店してきてくださる。まあ、マリー可愛いもんね、わかる。だがなぜ週一でしか着てくれないのだろうか……毎日でもいいじゃん。
まあそんなことはさておき、今日はメイド服の日なのだ。

「はい、モーニングセット二つですね? かしこまりました! あ、お会計ですね! 少々お待ちください! 三名様ですか? ただいま満席となっておりまして、はい、もう少しお待ちいただけたら空くかと……申し訳ございません!!」

ご覧の通り超多忙である。かく言う俺も厨房から離れられない。
表からマリーの元気な声が聞こえてくるのが唯一の救いで、これがなかったらもう俺は力尽きているだろう。やはりマリーは凄い。

「はい、モーニングセット二つ。それとお会計は俺がやっておくよ。マリーはオーダーを取るのと、お客様をさばくのに集中しておいて」
「ありがとうございます!! すごく助かります!!」

そういうとパタパタと効果音が鳴りそうな走りでオーダーを取りに行った。元気だなあと思いつつ、俺は穏やかな雰囲気を纏ったご婦人が待つレジへ向かった。

「お待たせいたしました、お会計は銀貨10枚になります」
「はい、ここのご飯とってもおいしかったよ! また来るよ!」
「ありがとうございます、またいつでもいらしてくださいね」
「それと……マリーちゃん早くものにしちゃいなよ? いつ取られるかわからないんだから」
「なっ!? お、俺はそんなつもりはっ!」
「若いって良いわね~」

俺に手を振りながらご婦人は店を後にした。まさかそんなことを言われるとは……意識してしまうじゃないか……
チラッとマリーを見たが何食わぬ顔で接客をしていた。俺はこんなに心を揺れ動かされたというのに……
さ、早く頼まれたメニュー作ってこなければ。

「あら? マリーちゃん、どうして耳が真っ赤なの?」
「へっ!? い、いえ何でもないです!! 私は大丈夫ですよ!」
「そんなに顔真っ赤にしながら言われてもね~……」
「うぅ~……ほ、ほっといてください! ご注文は!?」
「じゃあブラックコーヒーをいただこうかしら、甘い雰囲気で口の中が甘くなってしまったから」
「もぉ~!!」

「ぶぇっくし!!」

調理中にくしゃみをしてしまうとは。咄嗟に口を袖で抑えてよかった……誰か俺の噂をしているのか?


「ご来店ありがとうございました!! ……はぁ~……」

最後のお客様がお帰りになられた瞬間体から疲れがどっと溢れてきて、近くにあった椅子に座りこんだ。この日が週一で本当に良かった。

「いや~、今日もいっぱい来ましたね~」
「マリーはそんなに疲れていないように見えるな」
「私これでも鍛えていますから!」

ふんっと言いながら右腕に力こぶを作った。若いっていいなあ……

「あの……アイクさん、ですか?」
「え、はい、アイクは俺ですけど……」

突如俺の名前を呼んだのはマリーではなく、マリーよりも一回り身長が小さい幼げな少女だった。……胸のあたりの主張がすさまじいが。

「あ、あたしもここで働きたいのですが……」
「あ、新しく入りたい子か! とりあえず奥の席にどうぞ、マリー、この子にお水をお願い」
「はい、わかりました!」

「さて、まず君の名前は?」
「あたしはリサって言います」
「リサさんね、今いくつ?」
「17です、こんな見た目ですが……」

表情を曇らせながらそう答えた。自分の身体にコンプレックスを抱いているのだろうか、あまりこの話題に触れるのはやめておこう。自分のタブーには触れられたくないよな。

「えっと、今までどこかで働いた経験はある?」
「去年、飲食店で働いていました。ですがこの身長のせいで色んな人に迷惑をかけてしまってクビに……」
「そうか……何か得意なことはある?」
「得意なこと……」

腕を胸の下で組み、うーん……と悩んでいる仕草をするリサ。何故わざと協調するようなポーズをとるのだろうか。自身の身体にコンプレックスを抱いているだろうに……

「前に働いていた所で厨房に立っていたので料理全般が得意ですね」
「おお、料理か! それは凄く助かるな!」
「本当ですか!? あっでも、あたしの身長で届く場所に器具とかありますか?」
「そこは気にしなくて大丈夫。届かない場所にも届く様に位置を変えたりもするし、踏み台も用意するよ」
「で、ですがそんな簡単に動かしていいんですか?」
「大丈夫だよ、だって厨房俺しかいないし」
「あ、え、え? アイクさん一人で……?」
「そうだよ? 知らなかった?」
「す、すみません……私、何も知らずに来てしまって……」

リサは、しゅんとしたように視線を下げた。

「全然! 気にしなくていいよ。入ってから知っていくのだって、全然アリでしょ」

看板娘のマリーが入ってから、店はかつての3倍は忙しくなっている。
お客として来ているだけなら、何人かで料理を作っているのだろうと思われても仕方ない繁盛っぷりだった。

「正直、人手が増えるのは俺としてもめちゃくちゃありがたい。明日からお願いできるかな?」
「ほ、本当ですか?」
「うん、一緒に頑張ろう」

すると、俺の横を人影が素早くよぎり……リサに近づいた。

「やったー!」
「きゃっ! な、なんですか!」

いつの間にやってきたのか、マリーが嬉しそうにリサを抱きしめている。

「後輩ができました!」
「あの……苦しいです〜……!」

マリーのバストに顔をむぎゅむぎゅ押し付けられたリサは抗議の声を上げていたけれど、そのほっぺは微かに緩んでいた。
美少女二人が抱き合いながらワーワー騒いでいるこの光景、人によってはうるさいと言うかもしれないが俺からしたら眼福以外の何物でもない。

「ええのお……若いってええのお……」
「若いって……アイクさん22歳じゃないですか!」
「え、あたしと歳近いんだ……」
「俺と歳近いって、リサいくつなの?」
「18歳です」
「えっ、私より年上……」

おっとマリーさん急におとなしくなりましたな。多分見た目だけで判断して自分より年下だと思い込んでいたのだろう。人を見た目で判断したらダメだよね。
これいつか俺より年上の従業員が入ってくるのだろうか……

「マリーさん、でしたっけ? おいくつなんですか?」
「じゅ、17です……」
「ああ、あまり歳変わらないんですね。ならお互い敬語やめましょう」
「え、いいの?」
「うん、あたしの方が一個上でもマリーのほうが先に入った先輩だから。それに変に堅い会話よりもこっちのほうが楽でしょう?」
「リサ天才!?」

どうやらもう仲良くなったようだ。仲が悪いよりかは全然いいけどね~。やはり女の子同士だから打ち解けるのが早い。
俺もリサと普通に仕事できるようにならなきゃだな。

「それじゃあ、明日から早速頼むよ」
「わかりました。改めてよろしくお願いします、アイクさん、マリー」
「うんっ! よろしくね!」

明日からまた従業員が増え、俺の手が回らない所にも回るようになる。
もうすでに従業員が二人、この前までは俺一人だったのに一気ににぎやかになったな……

「おっとと……なんだ今の」
「? どうしましたアイクさん?」
「……いや、なんでもない」

今少し頭がクラっときて倒れそうになった。前もこんなことがあったような……
ま、寝て起きたら治ってるだろ!

この時はそんな軽い気持ちで考えていた。


声が遠くで聞こえる。意識を失いかけていると本当にこの一言に尽きる。声は聞こえるけれど何を言っているのかわからない。理解ができない。
俺がこうなったのは突然の事だった。

リサがうちのカフェに入ってOJT一日目。仕込みやら、今日のメニューの作り方などを教えようとしているときだった。

「アイクさん、アイクさん? 聞いてますか?」
「え? あ、ああ、ごめん」
「大丈夫ですか? 昨日見た時よりかなり顔が赤くなっているように見えるんですが……」
「大丈夫、心配してくれてありがとう。じゃあこのさつまいもを……」

切って、と言おうとしたら視界が真っ暗になり平衡感覚が無くなったと思ったら体に強い衝撃が走った。

「アイクさん!? アイクさん! どうしたんですか!? マリー! アイクさんが倒れた!」
「えっ!? と、とりあえず休憩室に!」

暗闇のどこか遠くでマリーとリサの声がする。ああ、やっぱりこの二人仲いいな……この二人を雇って正解だった……
そう考えながら俺は意識を手放した。


「ん……あれ、さっきまでキッチンにいたはずなのに……」

気付いたら俺は休憩室にあるベッドに横になっていた。
体を起こそうとしたとき、頭から湿ったタオルが落ちた。誰かが乗せてくれたのだろうか……
ようやく頭が回ってきた。俺はどうやらまた疲労で倒れたらしい。マリーとリサに迷惑をかけてしまった。
店は大丈夫だろうか……
そんなことを考えていると休憩室のドアが開く音がした。

「入りますよー……あ、アイクさん、気が付きました?」
「マリー……おっと……」
「ああ、起き上がろうとしないで下さい! 楽になるまで横になっててくださいね?」
「ごめん……それより、店は?」
「今リサが店頭で臨時休業の看板を出しに行ってます。もうじきこちらに来ると思いますよ」
「そうか……」

この娘らを雇って本当に良かった。こうして俺が体調崩しても最善の選択を取ってくれる。教えてもいないことを自ずとやってくれたことに彼女らの成長を感じる。
何より二人の仲が良いからこそこういう判断や対策がとれたのであろう。
若い子たちの成長が早くて助けられてばっかりだな……
それに引き換え、俺は疲労で倒れるとか……俺なさけn

「あ、今もしかして「俺情けないな」とか思いました?」
「え、なんでわかって……」
「アイクさん、結構顔に出やすいんですよ? なのでこう思ってるんだろうなーって言ってみたら当たっちゃいました」
「なんか恥ずかしいな……」
「そんなことより! アイクさんは情けなくなんかないです! むしろ今まで休んでなかった分、いっぱい休んでください! あと定休日も作りましょう!」

思えば確かに年中無休で働いていて、定休日を設けるなど考えたことはなかった。まさかそのことをバイトの子に教えられるとか……
確かに
定休日を作ったほうがこうやって倒れることもないな。体調がよくなったら検討してみよう。

「ありがとう、マリー」
「ふぇ? 急にどうしたんですか?」
「いつも君に助けられてるなって思ってさ」
「そ、そんなこと!」
「あるよ、ある。実際今日だって君がいなかったらもっと大変なことになってただろうしな」
「い、いえ、私は従業員として当然のことをしたまでで……」
「その当然のことを当然のようにできることが素晴らしいんだよ」
「そ、そうなんですか……」

実際、当たり前のことを当たり前にできる人はそう多くないだろう。
その行動力を持っている彼女は本当に心優しい人なんだと改めて実感した。
もちろんマリーだけでなくリサも。
彼女も自分にできることを最大限できるように頑張っている。
そんな彼女らを讃えるのは店長である俺の仕事。

「マリー、リサにも伝えておいてほしんだけどさ」
「? なんでしょう?」
「これから定休日をしっかりと設ける。さらに、君らには迷惑をかけた上に最善の行いをしたからボーナスを出す」
「わ、わかりましたが、いいんですか? ボーナスもらっても……」
「こうでもしないと俺の気が済まない。看病と君らの働きのお礼として受け取ってくれ」
「は、はい! ありがとうございます!」

定休日やらボーナスの話が一通り終わったころ、休憩室の戸がノックされる音がした。
音の正体は、臨時休業の看板を出したり、おそらく裏で食材の保存などを行っていたであろうリサだった。彼女が入ってきたとき微かにさつまいもの香りがした。

「失礼しまーす、さつまいものスープ作ってきたんですけど……あ、アイクさん! 目が覚めたんですね!」
「うん、マリーが看病してくれたおかげで割と楽になったよ」
「そうですか……えっと、スープつくってきたんですけど食欲ありますか?」
「うん、おなかすいちゃってたから助かるよ、ありがとう」

リサのやさしさもあってか、さつまいもの甘さと温かさが今の疲れた体に染み渡る。
本当に俺は恵まれた従業員に支えられてるんだな、とより実感することが出来た。
今はとりあえず体調を治すことに注力して、一日でも早く厨房に立てるようになろう……


いいなと思ったら応援しよう!