【短編小説】かくれんぼ
「いーち。にーい。さーん。」
声が公園の壁に反射し、近隣の住宅まで響く。
「どこに隠れた!」
通りすがりの会社員の顔の表情が少しだけオビを弛ませたように柔らかくなっていくのを感じた。
「こうじみいつけた!」
鬼役と推測される少年が、恐らく誰も見つけていない状態で一か八かの言葉を吐いた。少なくともこうじくんという友達がいて、どこかに隠れているのだとわかった。
公園内のベンチで腰をかけている僕を尻目に小手先の技が通用しなかった鬼役の少年は勢いをつけて公園内を激しく駆回り、隠れている友達を探し回っている。
何分か経ったあと、隠れていた全員を見つけることが出来たらしく、鬼を含めて少年たちが4人いるとわかった。
恐らくこうじくんと思われるそのうちの1人の少年が、
「見つけてないのに見つけたとか言うなし」と言葉を発した。
その後、かくれんぼに飽きたのか、彼らは公園の遊具で遊びだした。
そこでふと、僕の頭に1匹の蝶々が止まった。それに気づかずにぼーっとしていると、さっきの鬼役の少年が僕に話しかけてきた。
「お兄さんの頭に青色の蝶々が止まってるよ」
僕は
「本当に?青色なんて珍しいね」
と答えた。
僕は、少年への応答に集中するよりも蝶々から連想されたバタフライ効果というものを思い出していた。
バタフライ効果とは、「非常に小さな出来事が、最終的に予想もしていなかったような大きな出来事につながる」ことを意味する言葉である。 日本のことわざでは、『風が吹けば桶屋が儲かる』といったところだ。
僕は少年に
「バタフライ効果って知ってる?」と尋ねた。
少年は
「しらなーい、なにそれ?」と淡白な声で答えた。
僕は
「君が今日僕と喋ったことで明日交通事故に会うかもしれない。喋らなかったらそんなこと起きなかったかもしれない。そういうことを表す言葉だよ。」
少年は答えた。
「よくわからないよ。青い蝶々は、珍しいんじゃないの?だったらきっといいことがあるはずだよ。それより、動かないで!写真を撮るから!」
僕は
きっとか。きっとって何パーセントなんだろう。と考えた。
少年は僕に近づき親に買ってもらったであろうスマホのカメラを僕に構えた。
今どきの子供はもうスマホを持っているのか、と少し戸惑った。何度も画面上のシャッターに指を押し付け、慣れた手つきでたくさんの写真を撮る。いつまでも撮り続けるので僕は痺れを切らした。
僕が
「もういいかい。」と言うと、
少年が
「まーだだよ。」と陽気に声を発した。
その直後に蝶々はどこか遠くへ飛んで行ってしまった。
少年
「見失った。くそー。」
僕
「飛んでっちゃったね。」
少年
「大丈夫だよ。きっとまた見つかるから。俺、見つけるの得意なんだ!」
少年が隠れんぼの鬼役が得意であることを自慢げに語ってくれた。
僕
「それじゃあ僕のことも見つけられるかい。」
少年
「もちろん!」
僕
「きっと時間がかかるだろうからゆっくり見つけにおいで。」
少年
「?」
「お兄さん。蝶々行っちゃったから僕もう帰るね。また会ったら一緒にかくれんぼしようよ。すぐ見つけてあげるからさ。」とみんなを連れて4人は同じ方向に歩いていった。
家に帰った僕は、今日あった出来事を回想していた。いつも通りの家具の配置、散らかった机上。タバコを吸って一息ついたあと、中腰くらいある椅子とホームセンターで買った縄を準備した。窓の外の夕日を見つめた後、少し間を置いて深呼吸をした。
その直後に僕は雲に隠れるために、首にその縄をかけた。
あとがき
雲隠れは、古典単語で【死ぬこと】を意味するものです。僕が少年に吐いたペシミスティックな言葉や公園で何もしないでいる様子から、僕が何かを抱えていることがわかったでしょうか。バタフライ効果をふと思い出す僕。ほんの少しだけ何かが違えば、(例えば昨日食べたご飯がハンバーグじゃなくて筑前煮だったらとか)こうはならなかったかもしれません。何か一つ違えば今いる友人、見ている景色や認識、住んでいる場所や好物まで何もかも全てが違ったかもしれません。そんなことをずっと考えていたことがあったので、今回この、かくれんぼという小説の虚構に押し込んでみました。