お砂糖の降る街
「これなんてやつ?果物いっぱい」
「ソフトクッキーだって、シュトーレン風って言ってた」
「あぁ、もうすぐクリスマスだもんね」
雪の舞う中、川沿いで黒髪の少女がお菓子を食べながら、少年とお喋りをしている。
少女はコートにブーツを履き、先程購買で買ったクッキーを大事そうに食べている。
対して白髪の少年は、少し汚れた白いニットに、古い赤のマフラーを身につけ、少女が持ってきた本を、指で字を追いながら読んでいた。
「クリスマスも販売するの?」
「するよ。ルナは家でケーキとか食べる?」
「ううん、特に何もない」
クッキーを食べ終えた少女 ルナは、少年に近づき、本を一緒に読み始める。
「ロズも勉強熱心だねぇ」
「こうゆう図鑑孤児院にはないからさ」
しばらくして公園の時計台が鳴り、少年ロズは本を閉じルナに返す。
「そろそろ行くよ、今日もありがと」
「うん、じゃあまた」
2人は別れを言うと、少年は公園へ帰っていく。
「皆ー帰るよー」
公園に戻ると孤児院の院長が子供たちに呼びかけていた。
「ロズー遅いぞ」
「うん」
ロズを待っていたのは、同じ背丈の金髪の少年。
「今日は何読んだの?」
「星の図鑑。シュンも読ませて貰えばいいのに」
「やだよーせっかくの自由時間遊びたい」
「そっか」
彼らの孤児院では、週に数回自分たちで作りラッピングしたお菓子を、公園で販売する。
販売が終わると、時計台の鐘が鳴るまでは自由時間なため、ロズはその時間にルナに本を読ませて貰うのが日課だった。
「俺らの販売も本に載ったりしないかなー。社会貢献してんだからさ」
「どうだろ。社会のためにってよりは、俺らが社会に慣れるためだし」
「うーん、無理か!」
そんな他愛もない会話をしながら、子供たちは自分たちの家へ帰って行った。
「メリークリスマース」
「あぁ、メリークリスマス..?」
クリスマスの日、いつものようにルナは他のものよりも崩れたラッピングしたものを買っていく。
「たまには綺麗なやつ買えばいいのに」
「中身はどれも一緒でしょ」
「まぁ、そうだけど」
「じゃあこれ1つ」
と、ルナはお金を払うと、また川沿いでロズを待つ。
「ルナちゃんも変わってんな、わざわざお前がラッピングしたの買ってくなんて」
「うん、リハビリのお陰で、前よりは上手くなったけどさ」
「怪我の後遺症だっけか?完治出来るといいなっ」
また販売が終わると、ロズは川沿いへ向かっていく。
ルナは川を眺めながら、先程買ったクッキーを食べていた。
「今日は何持ってきたの?」
「えーとね、雪の図鑑」
ロズはまたワクワクしながら図鑑を読む。
ルナはそれを横目で眺めている。
「そういやルナって学校行ってたの?」
「引っ越してくる前はね」
「へー、親の都合か何か?」
「まぁ、そんなところ」
ルナは決まって家の事を聞かれると、目をふせて暗くさせる。
「(やっぱ親と仲悪いのかな)」
ロズは自分の父親が暴力的だったため、ルナの様子に気にしてはいたが、顔や腕に怪我は見当たらないので、暴力の心配はしていなかった。
「ここの雪、大粒でお砂糖みたい」
「砂糖…これっぽくない?」
ロズは読んでいた図鑑を指さす。
「どれ?…ははっ名前まんまだっ」
年も越え寒さも厳しくなってきた頃。
ロズが川へ向かうと
ルナはガラスの破片を鏡代わりにして髪を切っていた。
肩甲骨まであったクセのある黒髪は、既に肩につかないほど短くなっていた。
ロズは思わず固まってしまった。
「あぁ、おつかれ」
「え、うん。散髪屋とか行かないの?」
「嫌だね、人に触られたくないの」
と軽く笑うルナだが、声が低い。
「俺が切ろうか?」
「え?」
「髪の毛以外は触らないから。後ろ切れてないし」ロズが言うと、ルナは少し考えた後
持っていたハサミをロズに託す。
ロズは指が思うように動かないので、ハサミが上手く扱えず、毛先が揃わない。
「お前結構くせ毛だよな」
「いいでしょ。ロズはストレートだもんね」
「てかこれどこまで切る?」
「男の子ぐらい短くして」
「え、」
「頑張れー」
ガラス越しでルナの様子を見てみると、いつも暗い目の彼女が、明るい目でソワソワとしている。
切り進めていくと、うなじが露になるほど短くなっていた。
「そろそろいいかな」と考えていると、ルナの首の小さな痕に気づく。
「なんか、変なとこ虫刺されてんな」
「虫?」
「首のとこ何個か。痛そう」
ルナは最初キョトンとしていたが、急に顔を青くし、首を隠して立ち上がる。
「あっ、ぶないな、どうした?」
「いや、髪ありがと、帰るね」
早口でそう言い走っていった。
不思議に思うロズだが、ルナが手袋を忘れていることに気づき、急いで追いかけた。
ルナは公園から少し離れた富裕層の住宅街に入っていき、ロズも着いていくが、似たような大きな家が並び、道も複雑で、結局ルナを見失ってしまった。
「(次来た時に返せばいいか…)」
そう思い引き返そうと周りを見ると、住人たちから何やら冷たい目を向けられていた。
その目はロズに父親の目を思い出させ、不快になりながらもマフラーで顔を隠し、公園へ戻って行った。
けれど次の日から、ルナが来ることは無かった。
「今日もルナちゃん来なかったな」
「うん…」
あれから2週間。
ロズは販売が終わると、川沿いにルナが来ないかお菓子を持って待っていた。
けれど、そんな日は来なかった。
「シュンあのさ」
「ん?」
「ルナを探しに行こうと思う。手伝って欲しい」
もしかしたらただ怒られて、もう行くな、なんて言われてるだけかもしれないが、ロズは何故だか心がザワついていた。
「え?もちろん。てか、」
「?」
「ロズから何か頼むの、初めてじゃない?」
ロズは昔の環境から、人に頼るという発想が 薄くなってたため、何か困ったことがあっても自力で何とかしようとしていた。
「へへっなんか、嬉しいなぁ」
そんなロズが、今初めて友だちを頼った事にシュンは嬉しそうにニヤけた。
「(ぜんっぜん見つからない…)」
前来た所までは来れたが、ルナがどこの家に住んでるか分からないため、どうにか探すしかなかった。
ルナの苗字は、いつも読ませて貰ってた本に書いてあったため、その名前の家を探せば良いのだが、何せ家が多い。
そのためシュンとは二手に分かれて探すことにした。
「あと見てないのはこっちか」
もうすぐ自由時間も終わりなため、まだ見てない一帯を探しても見つからなかったら、また出直そうと思ったその時。
背の高い、スレンダーな男性が1人家から出てきた。
「(あの人
目が ルナと一緒)」
少しツリ目で、アンバーの目。
でもその目つきは、自分の父親と、同じそれ。
ロズは一気に血の気が引いた。
あの家だ。
その男が車に乗って出ていった瞬間、ロズは急いで玄関に向かいベルを鳴らす。
「ルナっ!」
何度ベルを押しても呼びかけても、反応は無い。
家の中の様子が見えないか、裏に周り窓を探す。
「(あそこ、中が見えそう)」
ベランダに通じる窓が1箇所、白いカーテンが閉められているが、僅かに隙間が出来ている。
ロズは近くにあった踏み台に乗り、カーテンの隙間から、中を覗いた。
中は薄暗い部屋で、床には沢山のワンピースが散らばっている。
ベットの上には、白いキャミソールを1枚着て、白い息を吐くルナの姿。
その体は、いくつもの赤い小さな痣と噛み跡で染まっていた。
『寒い日はこれで冷やさないようにしてね』
『実はもう1つあるんだよ。楽しみにしてて!』
少女がいつも夢で見るのは母との思い出。
その次の日、母は車にひかれた。
母が最期に持っていたのは、可愛く梱包されていたであろう、ボロボロになったマフラーだった。
少女はその後仕事で遠くにいた父親の家で暮らし始めた。
少女の地獄はそこからだった。
周りの目を気にして、体の痕も、腹の痛みも、バレないよう隠した。
けれど髪を切ったあの日、父親は見たことない冷たい目をして、少女の顔を殴った。
その日から、部屋から出してもらえずに、父親に仕事が上手く進まないと、八つ当たりをされる日々。
今日はどんな雪が降っているだろうか。
体も喉も痛くて、ベットから動けず頭もフワフワとしてきた。
ここ数日、薄着で暖房も効いてない部屋にいるため、もう手足の指の感覚はなかった。
『なんでいつもそれ買うの?』
ふと、少年と初めて話した時を思い出す。
最初は、たまたま通りかかっただけで、お腹も空いてたから、ちょうど良いと思っただけだった。
その中で少女の目に止まったのは、他のものよりラッピングが崩れているもの。
きっと不器用ながらに頑張ったのだろうと、無意識にそれに手を伸ばしていた。
『え、それ、図鑑ってやつ?見てみてもいい?』
暇つぶしに持っていた本に興味津々の少年に、どんな反応するのだろうと興味が沸いた。
「(…!…ッ!)」
何か音が聞こえる。
少女は、ゆっくりと体を起こし、後ろを振り返る。
「(あっ…)」
カーテンの隙間から見えるのは、窓を叩き、こちらに呼びかける、ロズの姿。
ルナは体の痛みに耐えながら、フラフラとロズに近き、椅子に乗りロズと目線を合わせる。
ロズは必死な様子で何か言っているが、窓の鍵はテープで固定してあり、開けることが出来ない。
それでも、ロズの顔を見て、ルナは静かに泣き始め、窓に手を添える。
それを見てロズは、心配そうに窓に手を重ねた。
ルナは窓に息を吹きかけ、震える指で文字を書く。
今まで声に出そうともしなかった言葉を。
『HELP』
その瞬間、ロズは静かに頷き、そばにあった雪かき用のシャベルを掴んで大きく振りかぶる。
それを見てルナは、窓から離れ毛布を頭から被る。
ロズは持っていたシャベルを窓に向かって振り下ろした。
大きな音と共に、部屋に風に乗って大粒の雪が降り注ぐ。
肩で白い息を吐きながら、ロズは窓から手を差し出す。その手はガラスで切れてしまって血が流れていた。
ルナは冷えきった小さな手で、その手を迷いなく掴んだ。
____________________________________________
1週間後。
ロズ達はいつも通りお菓子を作っていた。
けれどその日は販売用のお菓子とは別で、
もう1つラッピングをしていた。
「ルナちゃん食べれるといいな」
「どうだろう。お腹痛めてたみたいだし」
「大丈夫っ良くなってるって」
あの日、ルナを連れ出したロズは、シュンと合流した後、公園へ戻り院長の所へ急いだ。
薄着で毛布に身を包み、顔に青紫の痣のあるルナに、院長は急いで病院に連れていこうと手を差し出す。
1度ロズの背中に隠れ怖がるルナだったが、
「この人は優しい人だよ、大丈夫」
ロズがそう言うと、ルナは少しだけ緊張を緩めた。
一緒に病院まで行き、ルナは看護師に連れられるまでロズの手を離さなかった。
それからルナは熱と怪我の治療で入院した。
今日は退院した後に、そのまま親戚の人へ引き取られるため、その前に少しだけ会いに行くことにした。
「そういやルナちゃんの父親って他にも何かしてたんだよな?」
「うん、なんか職場の人にも乱暴?してたみたい」
「うわっクズだな、捕まってよかったよ」
ラッピングを終えたロズたちは、また公園で販売を行なった。ロズは販売が終わるまで落ち着かなかった。
販売が終わり、院長に連れられ病院へ向かったロズは、玄関でルナを待った。シュンは2人を邪魔してた行けないと離れた場所で見ていた。
看護師と、警察の人に連れられたルナが、ロズに気づき駆け寄ってきた。
「体どう?」
「だいぶ良くなったよ、そっちこそ手は?」
「うん、大丈夫」
ルナはコートを来て、いつもの手袋をつけていた。顔には大きなガーゼをつけ、服の隙間からは包帯が見える。
話したいことは沢山あったが、警察の人が不安げに時間を気にしているのを見たロズは、持っていたクッキーをルナに渡した。
「多分最後だから」
「…うん。大事に食べる」
「.…じゃあ、元気で」
そう言って去ろうとするロズを、ルナは腕を掴み止めた。
ルナは、深呼吸をして、ロズの目を見る。
「ありがとうっ…!」
ルナの、ロズに伝えたい精一杯の言葉だった。
ロズは初めて、人にお礼を言われ、どう返せばいいのか分からず黙ってしまった。
誤魔化すように自分のマフラーをとり、ルナの首に巻き付けた。
「えっと、体、冷やさないでね」
「…うん」
ルナは嬉しそうに微笑み、看護師と警察の元へ戻って行った。
数年後、とある孤児院のお菓子販売を手伝っていた白髪の青年の下に、黒髪の女性がお菓子を買いに来たのは、また別の話。
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