![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/162277500/rectangle_large_type_2_6e33297b01c53dc54743d8ffc5bd39a9.jpg?width=1200)
イエスの多い時ほど
「”イエス”が多い時ほど気をつけたほうがいい」
これだけは昔から変わらないことだと神さんは言われます。イエスの多い環境に慣れてしまうと自分や自分たちの間違いに気づけなくなるからです。
自分や自分たちの考えや提案に対して「イエス」と言われることは気持ちいいことではあります。でもそのイエスがこちらの考えや提案に対しちゃんと検討をした「イエス」ならばいいですが、間違いを犯す時は何も考えず無条件にされる「イエス」がほとんどを占めているのできちんと自身で見極めないといけません。
最近、政治や企業の行動関係で「なぜこんなわかりやすい失敗の行動をするのか」と思われることがあると思いますが、これのほとんどが「無条件のイエス」を見極められなかった結果だったりします。
失敗する行動を決断される人のほとんどは周りに提言や諫言を言ってくれる人がいないことが原因で、その原因はいい人が周りにいないのではなく、自らいなくしてしまった人がほとんどだったりします。いなくても自分で律することができる人が失敗をしないことを考えれば、自ら失敗をする人はいい人を排除することで環境を自ら壊しているのと自ら深く考えることをやめていることが原因なんでしょうね。
自身の行動を無条件でイエスと言われている時には、感謝をしつつも「これでいいのか」をしっかり考える癖をつけましょう。間違っても「これだけイエスがあれば間違いない」と安易に考えないようにしてください。