黄金の風

 親父の葬儀が終わってすぐのことだった。姐さんからLINEでヨウムの『ブチャラティ』が逃げ出したとの連絡を受け、俺は急いで親父の屋敷へ向かった。
 既に屋敷の広い和室には、大勢の組員が押すな押すなでひしめき合ってその前に、喪服を着た姐さんが悲しみにくれた顔でいるものだから、こっちまで悲しくなってくる。
 姐さんは俺の姿を見ると軽く頭を下げ、
「じゃあ、岸辺も来たことだから……」と言い、「みんなもう知っとると思うけど、あんたらの親父が大切にしとったヨウムのブチャラティが逃げてしまったんよ、あたいがうっかりな、ブチャラティを籠から出してしまったばっかりにな、みんな本当に悪いんやけど、ブチャラティを探しておくれ、あれはあたいと、あの人との唯一といっていい絆やさかい」と涙交じりの声で言うものだから強面の組員もしくしく悲しみ、親父の葬儀のときを思い出したりした。
 で、これからどうするかってことを考えながら屋敷を出ると、肩をぽんと叩かれて振り向くと『逆リス』の兄貴だった。前歯の上下しかないから逆リス、本当の名前は忘れてしまった。人はいいが頭のネジがかなり抜けている奴で、この世界、人がいいということは、それだけで生きていけない理由になるのだが、逆リスの兄貴は恵まれた体格と、頭の悪さを利用されることで長年この世界で生きてきたのだった。
「なあ岸辺、これ見てくれよ」兄貴が差し出したスマホの画面、見るとYouTubeのニュース映像で、神奈川県のS地区に住むヨウムの集団が、昼夜問わず卑猥な言葉を叫ぶため、近隣住民を悩ましている、ということだった。兄貴は免許を持っていないから、俺に運転しろってこと、勿論断る理由もないので、組で使っているクラウンを走らせ俺たちは神奈川某地区へ。
 竹林の傍の住宅地、曇り空に引かれた電線のうえに無数のヨウムが並んで、確かにやかましく卑猥な言葉を叫び散らしてやがる。
『チ○ポマックス! チ○ポマックス!』と男性器が最高なのを叫ぶ奴、
『嫁のパンティー! 嫁のパンティー! 全てはそこにオイテキタァー!』と、カスのゴールド・ロジャーみたいなことを言う奴、リアルな男女の営みの音を出す奴、まぁいろいろいるがブチャラティはいないみたいだ。
 ブチャラティは還暦に入ってジョジョのアニメにハマった親父が飼いはじめたヨウムで、執拗にアニメに出てくるセリフを教えていた。親父は自身の生い立ちも相まって、ジョジョ五部『黄金の風』にハマっていたから、そのセリフがほとんどで、ヨウムのブチャラティが口に出すそのセリフのひとつひとつが座右の銘にしたいくらいなのだ。
 俺も親父に拾われなければもしかしたらいまでも橋の下でシンナーを吸っていたかもしれないから、生い立ちほとんどナランチャなので、ジョジョ五部にドハマりし、親父ともウマがあった。
 ヨウムのブチャラティは親父の声色で、『覚悟はいいか? オレはできてる』とか『スティッキィ・ファインカーズッ!』言ってたなぁと思い出に浸っていると、どこからか飛んできた一羽の真っ白いヨウム、名前を呼ぶと嬉しげに、羽を広げて俺の胸の中に飛び込んでき、懐かしい親父の声で、
『アリーベデルチ(さよならだ)』

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