単語帳、あるいは(短編)
僕はスポーツ紙を握りしめ、改札を走り抜けた。もはや手に持つこの紙は、読みためのものか汗を拭くためのものなのか分からなかった。しかし電車に乗り遅れることはなかった。
僕は電車の座席に腰を下ろし、読むことも無くスポーツ紙を開いた。海外で活躍する日本人メジャーリーガーの話や、今週末に走る馬の話が書いていた。
しかし、それらの内容はあまり頭に入ってこなかった。もちろん元より真剣に読み込むつもりなどなかったのだが、たまたま目に入った光景が僕の頭を混乱させた。もんじゃ屋の娘が僕の頭をぐちゃぐちゃにしたみたいだ。
たまたま目の前に座っていた男子高校生が目についた。見た目はいたって普通な高校生である。髪は黒々としていて、肌は不自然なくらい白かった。
僕が気になったのは何も見た目の問題ではない。その高校生が手に持っているものだった。彼は高校生らしく手に英語の単語帳を持っていた。(おそらく受験生か何かだろう)
その単語帳はいたって普通なものだった。しかし、どこか違和感が拭えなかった。よく見ると、貼ってある付箋が異常に大きいことに気が付いた。それを正面から指を使い測ってみたところ、きっかり7インチの長さであった。
17センチでもなく、18センチでもない。7インチなのだ。その付箋は英単語の栄養を吸い取って出てきた雑草のようにも見えた。ないしは近代的なニンジンだ。
彼がページを繰ると、その雑草たちは首を垂れた。あまり活き活きとしたような印象は受けなかった。僕はこの雑草たちを元気にする肥料は何だろうかと思案した。雑草たちに必要な栄養素は実用性だ。
そのようなことを考えているうちに、男子高校生は電車を降りてしまった。彼は近代的なニンジンを近代的な市場へと出荷しに行ったのだろう。