小説「灰の劇場」について
入院した病院の談話室にカバーもかかっていない、誰が持ってきたのかもわからない本があった。恩田陸さんの「灰の劇場」だ。
私は本が好きで、テレビはほとんど観ない。自分の生活においては皆無だ。Huluやプライムビデオを見るためだけにモニターとしてあるだけで良い。
内科的な入院ではなく肩関節のオペだったので、右手が動かせないだけで、ほかは何の制限もない。4人部屋だけど静かで清潔な環境だし、Wi-Fiも通っている。読書好きにはたまらない環境である。
自宅から持っていった半沢直樹シリーズは全て読んだし、横溝正史も少し。これはちょっと難しかった。談話室には患者さんが置いて行った本がたくさんあって、その中から見つけたのが、「灰の劇場」だ。
初め読んだときは、意味がよくわからなかった。と言うのは語り手が誰なのか、主人公なのか、著者なのか場面もくるくる変わって小説の中で同時進行しているような変な感覚で、物語なのか、フィクションなのか、虚構なのか。
誰からの視点で書かれているのか、語りかけているのは誰なのかわからなかった。
(虚構...本の中で使われていたので使ってみたくなった。)
ある新聞記事を見つけた著者。ずっと引っかかっていた出来事について、考察のようでもあり、自分と重ねているようでもあり、何ともとらえどころのない内容だ。
でも一度読んでもなんとなく引っかかったままでモヤモヤしていた。「棘」として残っているような感じ。
トータルで3回読んでやっと理解できた気がする。
情景が浮かんでくる「ホワイエ」。
白い羽がどんどん降り積もって、それは自分だけにしか見えていない羽。
物語の後半では白い羽が灰色に変わる。毛羽立って埃を帯びて汚れている羽。
著者である語り手が、たまたま目にしたある記事が棘となっていて、舞台化することになる。
これは本当に舞台化されたのか?物語を理解するために見てみたいと思新聞記事の2人が奥多摩の橋から飛び降りたことについて、死について書いているが、一番いいのは「各死」だと。
旅先や出かけた先で不慮の事故で死んでしまう事。私は最近、本当に自分自身が消えてなくなればいいと思った出来事が続き、これだ、と思った。
喧嘩をして散々罵られて出かけた先で事故で死ねたら、罵ったその人をいつまでも後悔の念に晒す事が出来るなぁと本当に思った。
「灰の劇場」についての感想にはなっていないけど色んな考え方ができる小説だった。又吉直樹さんならどんな考察をしてくれるのだろうか。
Xやユーチューブ何かを見てもなかなか感想について語ってくれている人が少なかった。