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ドラマから考えるヘリコプターによる 救急搬送~新しい医療の扉を開くには~
1信州人といえば山
実は、私、信州人(長野県出身)でもあるんです。高校を卒業するまで、ずっとアルプスの山々を見ながら暮らしていたので、美しい山並みを見ると心が落ち着きます。でも、山は怖いところでもあり、舐めてはならないという意識は子どものころから備わっています。
だから、偏屈かもしれませんが、私とっての「山」の形とは、アルプスの 山並みであって、
一筆書きで描ける、おにぎりみたいな形をした低い山は、「丘」だと思ってしまいます。(すみません!)今回は、「地方の医療」について書きます。ここから先「である」調の文章になることをお許しください。
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2ドラマ「マウンテンドクター」
テレビ屋にもかかわらず、テレビを見る暇がないという放送関係者は意外と多いのではないだろうか。恥ずかしながら私もその一人だが、毎週、欠かさず録画していたドラマがあった。この夏放送された、関西テレビ放送制作の「マウンテンドクター」だ。
ドラマの舞台は、長野県松本市。
若手の山岳医を主人公に、とある病院の山岳医療チームの日々の活動と人間模様が描かれている。
あまり聞きなれない「山岳医療」という世界。
ドラマでは、「山岳診療科」の日々の外来診療をはじめ、医師と看護師が 防災ヘリに乗り込み、遭難現場での応急処置。医療行為を行いながらの救助者のヘリ搬送。そして病院到着後にチームで救命措置を施すなど。「山岳医療」の現場が次々と登場する。
一方で、山岳医の遭難といったアクシデントを発端に、マイノリティーとされる山岳医療のあり方への懸念や批判がおき、チームは存続の危機に・・・と話は展開していく。
最近の医療ドラマはリアリティーさや派手な演出もあり、視聴者の目を引きやすいとされるが、このドラマはどちらかというと派手さはない。だが、私にはここまで見入ってしまったワケがある。
それは、警察・防災ヘリによる山岳遭難救助、防災ヘリによる新生児の緊急搬送、熊本地震で被災した病院から九州各県の病院へ避難させるための新生児搬送、臓器移植手術のため海外渡航する親子の自衛隊ヘリによる搬送
・・・数々の命を救うヘリ搬送の現場を取材させてもらった経験があるからだ。
ドラマの終盤、窮地に立たされた山岳医療チーム。リーダーを演じる八嶋智人さんのセリフが、そんな経験を持つ私の耳に残った。
「新しい医療の扉を開こうとしているんだ。トライ&エラーを繰り返していくしかないだろう。・・・・救急医療も昔はそうだった。法律も何にもないところから始まって、何度も何度も失敗と成功を繰り返して、少しずつ制度が整って、そこでようやく僕らのような救命救急医が生まれたんだ。次は 山岳医療だろう・・・」
このセリフに似た言葉をかつて取材先で何度も聞いたことを思い出した。
当時の医師たちの顔が目に浮かび、早速、その一人に連絡をとることにした。
3新しい医療への挑戦・・・かつて取材した医師はどう動いた
連絡したのは、岐阜県総合医療センター新生児内科の山本裕医師。
山本医師は、仮死状態で生まれた新生児や、心臓に重い病気を抱えた子どもなどを助ける、NICU・新生児集中治療室の医師だ。こうした高度な医療体制が整った病院は全国的にも数が少なく、新生児医療の「最後の砦」ともいわれている。
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山本医師と出会ったのは、いまから4年ほど前。山本医師自身が、新生児の医療分野で新しい取り組みをまさに始めたばかりの頃だった。その新しい取り組みとは、「空飛ぶ新生児集中治療室」。東海地方では初の試み。
この新たな医療をはじめるにあたって、山本医師は当時の取材で「指針とか全くなくて試行錯誤しながらシステムを作った」と答えてくれた。この言葉と、ドラマの中の八嶋さんの言葉が重なっているように思えた。
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すでにキャリア20年以上のベテラン医師は、それまで、搬送に時間がかかりすぎたために、後遺症をかかえることになったり、心肺蘇生するも看取らざるを得なかった新生児を見てきた苦い経験があった。また、成人や子どもを原則としたドクターヘリでは、医療技術や機材の点から、新生児は搬送対象とされず、取り残されているという厳しい現状を感じていた。
だから、何とか早く患者に接触して初動の処置をし(医療現場で言われる「ファーストタッチ」)、搬送時間も短くすることで、いち早く高度な医療を始められないのかと考え、新しいシステムを一人で立案したのだ。そして作り上げたのが「空飛ぶ新生児集中治療室」というものだった。
このシステムは、専用の医療機材を防災ヘリに載せ、新生児科医も搭乗した上で、治療が必要な新生児を迎えに行き、ヘリの中で医療行為をしながら、センターに戻ってきて、集中治療を行うというもの。
最大のネックは、狭いヘリコプター内に持ち込めるコンパクトな医療機材を作れるかであった。山本医師は、新生児搬送で先行する、米国・スタンフォード大学など国内外の病院を実際に見学。試行錯誤の末、保育器や生体監視モニター・人工呼吸器・点滴を入れる機器などを組み合わせた、コンパクトな特注の医療機材を独自で設計し、完成させ、運用開始にこぎつけた。
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もちろんそれまでには高いハードルがあったのは言うまでもない。
計画段階では、「保育器を含めた機材は大きすぎる」「医師が搭乗し、ヘリの中で医療行為は大きなリスクと負担を伴う」「新生児医療には搬送スタッフにも専門知識が必要」「防災ヘリには、災害や山岳遭難の救助、成人の救急搬送の任務もある」「墜落したらどうする」・・・新システムに否定的な意見も上がった。
4救える命が救えない・・・「やるしかない」という覚悟と決断
しかし、岐阜県内の新生児医療には厳しい現実があった。新生児医療は、成人より医療器具が小さく、専用の機材と熟練した技術が必要なのだ。高度な治療が行えるNICU・新生児集中治療室は、人口が多い愛知県境に近い県南部に集中しているため、南北に長い岐阜県では、飛騨の高山市から要請があった場合、岐阜市のNICUに到着するまで5時間以上もかかってしまう。
出産後、仮死状態で生まれた新生児の場合、低体温(33~34℃)の状態でいち早く治療を始める必要があり、そのタイムリミットは出産してから 6時間以内とされているが、高山市消防の救急車と岐阜のNICUドクターカーが、東海北陸道・ひるがのサービスエリアで合流し、新生児をのせかえ搬送するという、タイムリミットぎりぎりの命のバトンリレーが繰り返されていたのである。
医療の厳しい現実と反対意見・・・。そのはざまで、山本医師は思ったそうだ。「このままでは提供できる医療が何も変わらない。患者を助けるため、少しでもいい状態で救命するのが我々の使命なんだ。タイムリミットの壁を越えたい、やるしかない」リスクは当然と覚悟を決め、関係機関に協力を働き掛け始めた。「攻め」に出たのである。
すると、ヘリ搬送で先行する救命救急センターが支援に乗り出してくれ、県や航空隊など関係機関からも理解を得られることでき、運用のGOサインが出た。過去に新生児搬送の先進県・鹿児島で技術を学び、山本医師が計画を考え始めてから、20年越しの実現であった。
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5命をつなぐ・・・運用開始で飛躍的に短縮された搬送時間
ヘリ搬送の運用開始によって、高山には30分以内で到着。搬送要請の通報から岐阜のNICUの到着までも2時間程度と、これまでの3分の1以下の時間で済むようになり、より早く適切な治療が行えるようになったのである。岐阜から遠く離れた飛騨地域の医師たちからは感謝の声が寄せられてきたという。山本医師が願っていた「体調がもっと良い状態で、しかも負担を減らしたヘリ搬送で、赤ちゃんに苦しい思いをさせないで命を救う」医療が実を結んだのである。
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6あれから4年・・・広がりを見せる理解と関心
その後どうなったか、話を聞いてみると、搬送は日常的に行われるようになり、病院内や周囲の意識もどんどん変わってきているというのだ。
当初は、新生児科医だけだったヘリの搭乗に看護師も加わるようになったほか、名古屋市消防局のヘリでも搬送が可能となり、搬送時の医療体制の充実が図られた。
また、飛騨だけでなく、ほかの地域の病院からも要請がかかるようになり、遠隔地の新生児科医・小児科医との連携がさらに密になった。
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こうした動きに、他県の大学病院からも参考にしたいと声がかかるほどになった。 そして今年、新生児の心肺蘇生などを学ぶ、地元消防向けの講習会が初めて開かれ、さらには、岐阜の新生児科医を希望する医学生や研修医が増えてきたという、うれしい動きも出始めているというのだ。
今後は、ヘリが飛べなくなる日没近くの搬送要請の際、要請をかけてきた病院に新生児科の医師と看護師だけをヘリ搬送させ、NICUのドクターカーを後追いさせる、ドクターデリバリーというシステムを導入できないか、さらに新しい試みを検討しているそうだ。
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7マイノリティーゆえ、攻めの医療で一人でも多くの命を・・・
話はまた、ドラマに戻る・・・。岡崎紗絵さん演じる麻酔科医が訴えたこんな言葉がある。
「ただ受け入れて、待つことだけが医療でしょうか。助けを求めている命を救うために、積極的に山に向かったから、・・・現場で適切な処置をしてくれたから、病院に搬送されるまで命をつなげられたんです。だから私たちが救えた命なんです」
裏を返せば、マイノリティーな医療分野であるがゆえに、十分とはいえない医療体制が救命を拒んでしまっているという現実。それと向き合う医師の苦悩を表した言葉だ。
同じような苦悩がないか、山本医師に聞いてみた。
「新生児もたしかにマイノリティーな医療分野だが、この世に生を受けるかぎり、世の中にとって不可欠な医療であると自負している」という力強い言葉が返ってきた。今回のドラマに出てきた山岳医療と、覚悟を決め、長い間一歩一歩歩み続けた山本医師の新生児医療はつながっているように思えた。
どちらの医療もリスクを伴うのは必至だが、救命率を上げるというプラスの結果をもたらしている。こうした先駆的な動きは、現場の医師たちがリスクを背負いながらも、小さな挑戦を積み重ねることで、一つの医療システムが形作られることにつながっていると言えるのではないか。
あらためて山本医師に、新しい医療を切り開くのにあたり医師に何が求められるのか尋ねると、こう答えてくれた。
「これまでと違ったことを本当にやっていきたいと心から思えるか」だと。
医師たちの攻めの医療とそれに対する関係機関の理解と協力によって、一人でも多くの命が救われることを願いたい。
※写真提供:岐阜県総合医療センター新生児内科
※防災ヘリへの医療従事者の帯同は同じだとしても、山岳遭難救助の搬送と、重度の病気をかかえる患者を運ぶ救命救急搬送とは、似て非なるものであると述べておきたい。